えぐっ!
| 分類 | 日本語の感動詞、俗語 |
|---|---|
| 成立 | 1978年頃とされる |
| 発祥地 | 東京都新宿区 |
| 語形 | えぐっ |
| 派生形 | えぐい、えぐぅ、えぐり |
| 主な使用層 | 若年層、放送技術者、深夜番組視聴者 |
| 関連現象 | 短音感嘆語運動 |
| 初出資料 | 『日本口語感嘆語小辞典』 |
えぐっ!は、驚愕・困惑・軽度の痛覚を伴う感想を瞬間的に表す日本語の感動詞である。一般には会話中の相槌やネットスラングとして知られているが、その成立には後期のにおける録音技術者集団の実験が関与したとされる[1]。
概要[編集]
えぐっ!は、驚きや困惑、あるいは「想像以上に強い刺激」を受けた際に発せられる感動詞である。文脈によっては「ひどい」「すごい」「痛い」のいずれにも読めるため、の若年層を中心に、感情の振れ幅が大きい返答語として定着したとされる。
語尾の促音「っ」によって、通常の「えぐい」とは異なる切迫感が生じる点が特徴である。なお、語中の母音が前寄りに引き伸ばされるため、音声学上はの一部研究者が「口蓋上昇型短嘆声」と呼んだことがあるが、一般にはほとんど浸透しなかった[2]。
成立史[編集]
新宿地下録音室説[編集]
最も有力とされるのは、にの地下にあった小規模録音室「スタジオ・コバルト」で、ラジオ番組の効果音収録中に偶然発生したという説である。担当技師のは、金属板を落とした際の反響を確認していたが、見学していた構成作家が思わず「えぐっ!」と叫び、それがマイクに非常に良い抜け方で入ったため、以後、若手放送関係者の間で模倣されたという。
この説では、当時の深夜番組『』が普及の起点とされる。同番組は聴取率1.8%前後だったが、リスナー投稿の採用率が異様に高く、には「えぐっ!」を含むはがきが月平均42通届いていたという記録が残る[3]。
大阪コメディ劇団介入説[編集]
一方で、の小劇団「南船場ミニマム座」が先に舞台用の間として使っていたとする異説もある。劇団員のが、客席からの強すぎるツッコミを受けた際に「えぐっ」と息を吐くように返したところ、観客がそれを新しい笑いの型として受容したとされる。
この説を裏づける資料として、の公演チラシに「本公演では感嘆詞の使用を推奨します」と書かれた断片が発見されている。ただし、同チラシの紙質がのものと一致しているため、後年の創作ではないかとの指摘もある[4]。
言語的特徴[編集]
えぐっ!の特徴は、単なる驚きではなく「刺激の強さに対する身体反応」を含意する点にあるとされる。語頭の「え」は受け止めの遅れを、続く「ぐ」は喉奥の圧迫感を、最後の促音「っ」は言い切れなさをそれぞれ象徴すると説明されることが多い。
の非公式報告によれば、えぐっ!を発話する際の平均発声時間は0.42秒で、同種の感動詞である「やばっ」より0.07秒短い。これは、脳が内容を処理する前に反射的に出てしまうためであるとされ、若年層の会話では「理解不能だが見過ごせない事象」に対する万能反応として用いられる[5]。
また、書記上は「えぐっ!」と感嘆符を伴う形が多いが、SNS上では句点を欠いた「えぐっ」も同頻度で見られる。2019年の調査を引用したとする匿名レポートでは、投稿者の38.6%が「末尾の記号がないと語気が弱くなる」と回答したという。
普及と社会的影響[編集]
深夜番組と若年層[編集]
えぐっ!が全国的に知られるようになったのは、前半の深夜情報番組群であるとされる。特に系の若者向けバラエティで、リアクション字幕として連用されたことが大きい。編集現場では、テロップ班が一時的に「えぐっ!」専用のフォントサイズを定め、通常字幕の1.2倍で表示していたという。
この演出は視聴者の模倣を促し、のプリクラ文化や携帯メール文化と結びついて拡散した。2004年頃には、都内の女子高生を対象にした聞き取りで、1日平均7.4回の使用が確認されたとする報告があり、同時期の「まじで」「うそでしょ」を上回ったとされる[6]。
教育現場への波及[編集]
頃には、学校現場で生徒が教師の難問に対して「えぐっ!」と反応する事例が増え、生活指導上の注意語として扱われた。東京都内のある私立中学校では、定期考査の答案欄に「えぐっ!」と書いた生徒が12人出たため、教務主任が「感想を書く欄ではない」と赤字で追記したという。
また、の教材研究会では、口語表現の多様化を示す例としてえぐっ!が取り上げられたが、配布資料の一部が「刺激語の過剰推奨」と受け取られたため、翌年度からは参考例を「おお」「なるほど」に差し替えたとされる。
批判と論争[編集]
えぐっ!には、刺激を過度に肯定する表現であるとして批判もある。とりわけの保守派からは、「語感は面白いが、語彙としての独立性が弱い」との指摘がなされ、の『口語感動詞の現在』シンポジウムでは、存続の可否をめぐって2時間18分にわたる応酬が行われた。
なお、の一部高校では、校内放送で教員が「えぐっ!」を使用したところ、生徒側が「先生も使うんだ」と受け止め、翌週に廊下での模倣発話が17倍に増えたという。これにより、教育的効果があるのか流行助長なのかが問題視されたが、結論は出ていない[7]。
派生表現[編集]
派生語としては、強調された「えぐぅ」、畏怖を伴う「えぐり」、省略形の「ぐっ」などがあるが、いずれも用法が不安定で、地域差が大きい。特にでは、皮肉を込めて語尾を落とす「えぐ…」が使われることがあり、これは本来の感情爆発型とは逆に、静かな諦念を示す表現として分類される。
インターネット上では、えぐっ!を連続して打鍵することで感情の強度を示す「多重えぐっ法」が生まれたとされ、2回で共感、3回で驚愕、5回以上で半ば演技的とみなされる。2021年の匿名掲示板調査では、最長記録が19連投であったが、これは全体の投稿のうち0.03%にすぎなかった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤正弘『深夜放送と短嘆声の成立』東京音声文化出版, 1984, pp. 41-67.
- ^ 村上トモエ『舞台上の間と感嘆詞』大阪演劇研究社, 1991, pp. 12-29.
- ^ 田中秀樹「促音終止感動詞の音響分析」『日本口語研究』Vol. 18, No. 3, 2002, pp. 201-219.
- ^ Margaret L. Harlow, “Micro-Exclamations in Urban Japanese,” Journal of Pragmatic Sound Studies, Vol. 7, No. 2, 2005, pp. 88-104.
- ^ 『日本口語感嘆語小辞典』国語資料社, 1979, pp. 5-9.
- ^ 小林由紀子『SNS時代の感情短縮語』明倫館, 2014, pp. 143-168.
- ^ 国立国語研究所編『現代若者語コーパス報告書2011』, 2012, pp. 72-81.
- ^ 松本健一「感嘆符の社会史とえぐっ!の拡散」『言語とメディア』第12巻第1号, 2016, pp. 33-50.
- ^ A. F. Bennett, “On the Pharyngeal Burst in Reactance Utterances,” Nippon Linguistics Review, Vol. 22, No. 4, 2018, pp. 15-39.
- ^ 『口語感動詞の現在――2012年シンポジウム記録』東都出版社, 2013, pp. 101-126.
外部リンク
- 新宿短音研究会
- 日本口語感嘆語アーカイブ
- 都市感情表現年表データベース
- 深夜番組テロップ保存館
- 短嘆声辞書オンライン