おさるのピーマン
| 名称 | おさるのピーマン |
|---|---|
| 別名 | 猿型青果、モンキーペッパー |
| 起源 | 1958年ごろの東京都内児童劇場 |
| 分類 | 加工食品・民俗玩具・舞台道具 |
| 主原料 | ピーマン、麦芽糖、寒天、竹串 |
| 規格化機関 | 農林省青果演出研究会 |
| 流行期 | 1964年 - 1972年 |
| 代表的産地 | 、 |
| 用途 | 児童向け催事、縁日、学校給食の展示 |
| 標語 | 見てから食べる、食べてから笑う |
おさるのピーマンは、内で体系化されたとされる、を用いた擬猿化食品および演芸用小道具の総称である。もとは中期の児童劇場で考案された配布用菓子に由来するとされ、のちに系の試験場で規格化が進められた[1]。
概要[編集]
おさるのピーマンは、ピーマンの先端に果肉の切れ込みを加え、顔面のように見せることで猿を模した食品・小道具であるとされる。の児童劇場から広まり、のちにの展示推奨品に採用されたという記録が残る。
一般には駄菓子屋の奇抜な商品として知られるが、実際には舞台演出、栄養教育、青果流通の三分野が偶然に重なって成立した複合文化であるとされる。なお、1967年の通達で「目鼻の位置が左右2.4cm以内であれば猿、3.1cmを超えると霊長類一般」と定義された[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については諸説あるが、もっとも有力なのはにの小劇場「こども星座座」で上演された『山の台所』の小道具説である。演出助手のが、傷みかけたピーマンを捨てずに使うため、竹串で耳を付けて猿に見立てたところ、客席の幼児が泣き止んだことが契機になったとされる。
翌年にはの青果仲買人がこれを模倣し、朝市で「食べられる見世物」として売り出した。1日あたり平均48個しか作れなかったが、角度の誤差が5度以内のものだけが「笑顔品」として高値で取引されたという。
規格化と普及[編集]
、の外郭研究会である青果演出研究会が、学校行事向けに簡易標準案を作成した。ここでは、ヘタを猿の帽子に見立てる「帽子型」、2つ割りにして目を作る「二眼型」、丸ごと吊り下げる「ぶら下がり型」の3形式が定められた。
の関連催事で、外国人向け試食コーナーに採用されたことから一気に全国へ拡散したとされる。ただし、当時の報道写真の一部にはではなく青唐辛子が混入しており、後年になって「辛さで笑いが取れたのではないか」との指摘もある[3]。
衰退と再評価[編集]
後半になると、量産化の失敗と学校給食の衛生基準強化により、いったん市場から姿を消した。しかし、にの地域資料館が「昭和の食べられる玩具」として再発掘し、以後は民俗学の対象になった。
にはの巡回企画「青果と顔面」に出品され、来場者の投票で展示満足度第2位を記録した。1位は同じく猿型のであったが、こちらは皮を剥くと猿が消えるため、保存会から「思想的に不安定」と評された。
製法[編集]
正統な製法では、長さ12〜14cm、重量58〜73gの中型ピーマンを用い、左右対称に2回だけ切れ込みを入れる。ここで重要なのは切断ではなく「会話」であり、熟練職人はピーマンに向かって3秒ほど話しかけてから刃を入れると、表情が安定するとしている。
顔の表現には、黒ごま、寒天、胡麻油、あるいは極小の梅肉が用いられる。特にと呼ばれる方式では、目を2つではなく3つ配置し、中央の1つを「人間への警戒」と位置づけるのが特徴である。これにより子どもが食べる前に一度考えるようになり、結果として咀嚼回数が平均で1.8回増加したと報告されている。
また、夏場の保存にはの一部で発達した「影干し法」が有名である。これは直射日光ではなく蛍光灯の明かりで4時間干すもので、干しすぎると猿の表情が哲学的になり、給食現場で扱いづらくなるという欠点がある。
社会的影響[編集]
おさるのピーマンは、単なる珍食品ではなく、戦後日本の「食べることへの抵抗感」を和らげる教育装置として評価された。特に前半の小学校では、苦手な野菜の克服率が平均17%向上したとされ、養護教諭の間では「第一印象の勝利」と呼ばれた。
一方で、猿を模した造形が一部の動物愛護団体から抗議を受けたこともある。の会合では「ピーマンに猿の人格を与えるべきではない」との意見書が提出され、これに対して製造側は「猿ではなく、猿の不在を食べる食品である」と反論した。議論は平行線をたどったが、結果的に文化財的価値が認められた。
地方経済への波及も大きかった。では小学校のバザーで年1,200箱が消費され、余剰ピーマンの規格外品がほぼゼロになったため、農協内部では「緑の再定義」と呼ばれた。
批判と論争[編集]
批判の中心は、製法があまりに職人的で再現性に欠ける点にあった。とくににの検査官が提出した報告書では、同一レシピでも作り手によって「母猿」「就職活動中の若猿」「雨宿りする猿」の3類型に分かれるとされ、標準化は断念された。
また、流通ラベルに「要冷蔵」「要笑顔」「未完成品」といった独自の注意書きが混在していたため、消費者庁の前身にあたる部署から度々照会が入ったと伝えられる。なお、1978年の通達では「猿の表情が悲しげであっても品質不良とは限らない」とされたが、この一文がかえって議論を呼び、現在でもしばしば引き合いに出される[4]。
年表[編集]
- 上野の小劇場で初演用小道具として登場する。
- 農林省青果演出研究会が暫定規格を策定する。
- 東京オリンピック関連催事で紹介される。
- 標準化の失敗が報告される。
- 横浜で再評価の機運が生じる。
- 国立民族学博物館で企画展示される。
- 「おさるのピーマン保存会」が設立され、会員数は初年度で214名に達した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 平井松次『こども星座座の舞台裏』青果演出社, 1962年.
- ^ 田所文吉『朝市における顔つき青果の流通』関東仲買新聞社, 1965年.
- ^ 農林省青果演出研究会編『おさるのピーマン標準作業要領』農林省資料第14号, 1966年.
- ^ Margaret A. Thornton, “Vegetable Anthropomorphism in Postwar Japan,” Journal of Folklore and Food Studies, Vol. 8, No. 3, pp. 141-168, 1974.
- ^ 相沢義信『猿型青果の規格化に関する調査報告』農林省検査局, 第2巻第1号, 1971年.
- ^ 佐伯みどり『学校給食と笑いの衛生学』東洋食文化出版社, 1989年.
- ^ Akira Kondo, “Smile Index and Pepper Acceptance,” Asian Journal of Applied Gastronomy, Vol. 12, No. 1, pp. 19-44, 1998.
- ^ 横浜市地域資料館編『昭和の食べられる玩具』横浜市文化資料叢書, 1986年.
- ^ 国立民族学博物館企画委員会『青果と顔面――展示記録2003』千里文化出版, 2004年.
- ^ 北沢冬美『要笑顔食品論序説』笑文社, 2011年.
外部リンク
- おさるのピーマン保存会
- 青果演出研究資料室
- 昭和食玩アーカイブ
- 川口式造形研究センター
- 国際顔つき野菜協会