おしゅし
| 分類 | 食文化合図(擬音語的用法) |
|---|---|
| 主な使用場面 | 初対面・謝意・依頼時の和らげ |
| 伝承の中心地域 | 周辺 |
| 成立時期(通説) | 末期〜初期 |
| 関連概念 | |
| 象徴対象 | 寿司(ただし比喩としても機能) |
| 波及媒体 | 門前町の小噺、印刷チラシ、業界寄合 |
| 論争点 | 言葉の起源と本来の意味の食い違い |
おしゅし(おしゅし)は、の地域集会で発達したとされる「会話を柔らかくする食文化合図」である。言語学的にはに近い性格を持ち、社会実装は周辺の小規模業界ネットワークから進んだとされる[1]。
概要[編集]
は、寿司そのものを指すというより、会話の角を丸めるための合図として運用される語である。とくに「お願いがある」「すみません」「ありがとうございます」といった語を言いにくい場面で、代替フレーズとして用いられたとされる。
語形の「しゅ」は擬音語のように聞こえるため、相手の緊張を解く効果があると説明されてきた。また、実際の寿司の提供とは無関係に使用されることも多く、そのため地域社会では比喩的な語彙として定着したとされる[2]。なお、寿司職人側では「客が気まずい時にだけ、寿司の話題へ着地させる安全装置だった」とする回想が見られる[3]。
語の成立経緯をめぐっては諸説がある。たとえば「回転寿司以前の屋台網が“しゅ”という湯気の擬音を合言葉にしていた」とする説がある一方で、「江戸期の遊芸で使われた間(ま)の言語技法が、食卓に流入した」との指摘もある。どちらも証拠は乏しいが、結果として“言葉の用途”だけが先行して広まった点が特徴とされる。
歴史[編集]
語の生まれ方:寿司職人組合の「音量規定」[編集]
通説では、末期、の小規模寿司職人が集まる共益団体「亀戸回向鮨講(きわんずしこう)」に端を発するとされる。講では、会合中の発声が衝突を招くとして、申し送りを音量表で管理していたと説明される。
当時の規定は驚くほど細かく、たとえば「依頼」には“舌打ちの半分の強さ”であること、謝意には“湯気が立つ程度の息”を意識すること、そして決まり文句の語尾には必ず「しゅ」を含めることが定められていたとされる[4]。このうち「しゅ」が噂として先に独り歩きし、のちに寿司職人以外へも転用されたとする見解がある。
さらに、講の記録係として雇われていたとされる速記者(わたなべ せいいちろう)は、会合の議事録を“熱量”で分類していたと伝えられる。渡辺は、会話を「水(冷静)」「米(安定)」「海苔(締め)」の三層に見立て、締めの層にだけが使用されたと記していた、と回覧文書が語られている。ただし、その文書は現存が確認できないとされるため、後世の編集による混入の可能性も指摘されている[5]。
普及:印刷チラシと「おしゅし礼」[編集]
初期、江東区の商店街で配布された印刷チラシ「門前角味(かどまえ かくあじ)号」が、を一般の挨拶に近い形で紹介したとされる。チラシには「おしゅしは、気持ちを先に椀へ落とす言葉である」といった比喩が載っており、文字で読んだ者が実際に会話へ持ち込んだことで広まったと説明される[6]。
また、(架空団体ではなく実在したとする記述が後年に補われた)との合同イベントでは、「おしゅし礼」と呼ばれる儀礼が取り入れられた。礼の手順は、(1)相手の目線を“箸置きの高さ”へ合わせ、(2)一拍だけ息を吸い、(3)語尾を“しゅ”で閉じる、という三段階であるとされる。イベント報告では、参加者1,248人のうち「会話の衝突が減った」と回答したのが613人(率にして49.1%)だったという数字が残っている[7]。
ただし、この49.1%という値は、当時のアンケート様式の欠陥で生じた丸めの可能性があるとも言われている。いずれにせよ、は寿司の話を超えて、交渉や謝意の場面に滑り込む“言葉の技能”として扱われるようになったとされる。
派生語:おすし / しゅし / しゅっと会釈[編集]
普及の過程で、語形にはいくつかの派生が生まれた。まず同音のが「実物の寿司」を指す語として残り、一方では「会話の緩衝材」へと意味が分化したとする説明がある。さらに「しゅし」は、単独で使われたときに“今は言い淀みます”のサインになる、とされている。
また、地域の若者文化の中では「しゅっと会釈」と呼ばれるミニ儀礼が流行した。会釈角度は“提灯が揺れる角度に相当する”と口伝され、教育者側は「折れ曲がらない程度に」と注意したとされる。ここで、角度を物差しに換算する試みがあり、提灯の揺れを平均角度に直したところ、平均は3.7度と算出されたという記録がある[8]。もっとも、その測定は写真の歪み補正を含まないため、数値の妥当性には疑義が出ている。
このように、は“寿司”から始まったのに、最後には身振りと言語の境界を行き来する語になったと整理されることが多い。
社会的影響[編集]
の登場により、商談や地域活動のやり取りで「強い言い方」を回避する慣行が形成されたとされる。とくに、謝意を直接口にしづらい文化圏において、語の柔らかさが緊張を緩和すると説明された。
影響は飲食業だけにとどまらなかったとされる。たとえば区の行政相談窓口では、投書の受理連絡に「本日はおしゅしで失礼します」と添える慣行が一時期だけ広がったとされる。窓口職員の回顧録には、添え文があることでクレーム電話の件数が月あたり42件から31件へ減った(減少率26.2%)という記述がある[9]。
ただし、この統計は“電話が鳴った数”を件数としている可能性があるため、実質的な満足度を示すものではないとも指摘されている。とはいえ、言葉の運用が人間関係の摩擦に影響するという経験則は、後年の地域言語研究へも波及したとされる[10]。
具体例:おしゅしが使われた「やたらリアル」な場面[編集]
最もよく語られる事例は、夏祭りの出店交渉である。ある屋台主が電源の借用を頼む際、通常の文面だと相手が警戒するため、代わりに「おしゅしを一椀分だけもらえますか」と言ったところ、相手は笑いながら延長コードを貸したという。聞き手の後年の証言では、その場にいた人数が17人で、笑いが起きたのは“秒針が9時を通過する直前”だったとされる[11]。
また、雨天の配達トラブルでは、配達員が謝罪の言葉の代わりに「おしゅししました」と報告したとされる。この表現により相手は謝罪の事実関係よりも“気持ちの方向性”を受け取り、結果として再配達の段取りが速くなったとされる。ただし当時の営業記録には「おしゅし」の用語は残っておらず、後世の脚色ではないかという疑念もある。
さらに学校の部活動では、保護者への連絡メールの件名に「本日の練習について」が一時期採用された。教師側は件名変更によって返信率が18.4%から24.9%へ上がったとするが、調査期間が2週間と短く、季節要因の影響が大きいとも見られている[12]。それでも“言葉が返信を呼び込む”という体験談は、地域内での再現性のある伝承として扱われてきた。
批判と論争[編集]
一方で、には批判も存在する。言語の婉曲(えんきょく)として機能するため、結果的に謝罪や責任の所在が曖昧になる、とする指摘がある。たとえば「事故説明でおしゅしを多用すると、“責任の量”が見えなくなる」とする論文が出されたとされる。ただし、その論文自体の引用元は不明確であり、編集段階で整えられた可能性がある[13]。
また、語源をめぐる論争もある。前述の亀戸回向鮨講由来説に対して、別の説では「船着場で使われた潮の擬音“しゅう”が短縮された」と主張される。さらに、語形だけ見るとに分類されうるが、実際の運用は社会儀礼に寄っているため、言語学の側からは“擬音語とは言い切れない”とする慎重な見解がある。
このほか、江東区外へ広がるにつれ、同じ語が別の意味で使われ始めた点も問題視された。江東区では「角を丸める言葉」として理解されていたのに、他地域では「寿司の催促」と誤解され、会話が逆に硬くなる事例が報告されたという。なお、その誤解を境界事例として扱う統計(報告件数月あたり9件)は、調査者が“体感”を換算したものとされ、出典の明確さに欠けるとされる[14]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中皓司『江東の会話はなぜ柔らかいのか:おしゅし礼と地域語彙』砂州書房, 1987.
- ^ Martha E. Kensington『Phonetic Softeners in Japanese Market Speech』Journal of Everyday Pragmatics, Vol. 12, No. 3, pp. 141-166, 1996.
- ^ 渡辺精一郎『亀戸回向鮨講議事録(抄)』亀戸速記会, 1932.
- ^ 山根光彦『擬音語の社会運用:しゅ・しゅっと会釈・笑いの分岐』東京言語文化研究会, 第7巻第2号, pp. 55-78, 2001.
- ^ 佐藤紗希『寿司を超える挨拶:会話合図のメカニズム』思文論叢, pp. 201-233, 2010.
- ^ Kwon Jae-min『Vicarious Apologies and Indirect Speech in Urban Japan』Asian Studies Review, Vol. 29, No. 1, pp. 9-34, 2015.
- ^ 江東区教育委員会『門前角味号復刻版(資料篇)』江東公文館, 1979.
- ^ 深川青果協会『夏祭り調達交渉の記録:おしゅしの導入と効果』深川実務報告書, 第3巻第4号, pp. 77-102, 1941.
- ^ 林ゆりか『言語技能としての婉曲:おしゅしが呼ぶ返信率』メール文化研究, 第11巻第1号, pp. 1-19, 2018.
- ^ 柳瀬政勝『責任の可視性と婉曲語の濫用』日本社会言語学会紀要, Vol. 41, No. 2, pp. 300-318, 2022.
外部リンク
- おしゅし民俗資料館(江東分館)
- 擬音語データベース「シュ音」編
- 地域言語儀礼アーカイブ
- 門前角味号デジタル復刻
- 実務報告書リポジトリ(深川)