おせチーズ
| 名称 | おせチーズ |
|---|---|
| 別名 | 屠蘇チーズ(とそちーず)/御節発酵塊 |
| 発祥国 | 日本 |
| 地域 | 金沢藩の伝統加工圏(とされる) |
| 種類 | 発酵保存型チーズ菓子 |
| 主な材料 | 発酵乳、刻みおせちだし、海藻塩、米麹 |
| 派生料理 | おせチーズ餅、雪解けおせチーズ和え |
おせチーズ(おせちーず)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
おせチーズは、発酵乳に刻んだおせち由来のだし調味液を加え、一定期間の圧搾発酵を経て製造される保存食兼菓子として知られている。
外観は半透明の白褐色で、表面には微細な結晶(塩の“皮”)が生じるとされる。一般に、酒席の前菜として供されるほか、携行食としても重宝されたという記録がある[2]。
なお、おせチーズが“おせち”と呼ばれるのは、年始の食卓文化に紐づけて販売されるようになったからだとする説が有力である一方、語源そのものが別由来であるとも指摘されている。
語源/名称[編集]
「おせチーズ」という呼称は、当初は家庭内での実用品名として使われていたとされる。すなわち、年末に仕込んだおせちだし(と呼ばれる簡易調味液)を発酵乳に“押し込む”工程が多かったことに由来すると説明されることが多い[3]。
別名として「屠蘇チーズ」が挙げられる。屠蘇(とそ)はもともと年始の香味酒文化に関わる語として知られるが、おせチーズでは“香味酒の香”を移すためにだし液へ陳皮と昆布を追加した点が強調されていたとされる[4]。
ただし、現在では「おせ」が御節の略であると理解される場合が多い。もっとも、当時の記録では実際には“御節”ではなく“保存の節(ふし)”という加工工程の周期を指していた可能性もあるとされ、名称の揺れは古い文献ほど濃い。
歴史(時代別)[編集]
藩政期:金沢での“圧搾乳塊”の試行(17〜18世紀)[編集]
おせチーズの前身とされる加工は、の城下町で乳の保存性を高めるために試行された。藩の倉庫管理官であった系の役人・が、乳製品を“搾り出して空気を抜く”と腐敗が減ることを記したとされる文書がある[5]。
この時期、だし液には鰹ではなく、年始の煮物屑から得た濾し汁が用いられたとされる。さらに“圧搾は4日ごとに一度”というルールが作られ、これが後世で「御節の節」と言い換えられた可能性があると推定されている[6]。
明治〜大正:年始商業化と「屠蘇チーズ」の看板(19〜20世紀前半)[編集]
明治期には、内の乾物問屋が、保存性を売りにした年始菓子として商品名を整えたとされる。特に米問屋系のが、1891年から「屠蘇チーズ」の小分け袋を配布したという逸話が残る[7]。
販売面では、切り分けた塊の角が欠けにくいように、発酵乳を“角度90度”で型に流し込む方法が工夫されたとされる。これは実際の工程としては極めて細かいが、当時の職工手帳に「搾り圧を3段階、毎段60回回す」といった記述があるため、真偽はともかく具体性が売り文句として機能したと考えられている[8]。
戦後〜平成:学校給食の“発酵再教育”と全国化(20世紀後半)[編集]
戦後、栄養教育の一環として発酵食品が見直され、おせチーズは“年始の味を通じた発酵学習”という文脈で取り上げられた。特に系の教材改訂に近い動きとして、地方の調理実習で導入されたケースが報告されている[9]。
また、家庭で作る場合の失敗を減らすために、麹の温度を「33.2〜33.8℃」に保つ推奨が広まり、結果として口当たりが安定したとされる[10]。この範囲の数字は“温度計の誤差”込みの現場知として語り継がれており、現在でも一部の愛好家が再現を試みている。
種類・分類[編集]
おせチーズは、使用する刻みおせちだしの性格によって大きく三系統に分類されるとされる。
第一に「昆布香型」で、昆布の旨味成分を強調する。第二に「甘辛煮型」で、正月煮物の甘味成分が残るため、切断面が淡い琥珀色に寄るという特徴をもつ。第三に「柑橘残香型」で、屠蘇チーズとして流通した経緯を色濃く反映し、香りが先行するタイプだとされる[11]。
さらに、食感で分ける分類もある。すなわち、圧搾を強めた「硬塊種」と、圧搾を控えめにした「緩塊種」であり、緩塊種は和え物への応用が多い。現在では、硬塊種が土産物向けに、緩塊種が家庭調理向けに整理される傾向がある。
材料[編集]
おせチーズの基本材料は、発酵乳(主にヨーグルト状のもの)、刻みおせちだし風調味液、海藻塩、米麹であるとされる。
刻みおせちだし風調味液は、鰹節相当の“魚粉香成分”を用いることもあるが、必須ではない。一般に、年始の煮物屑を煮出した濾し汁に、糖分を調整するための“黒糖の影”を少量混ぜる流派があるとされる[12]。
麹は、乾燥麹を用いる場合と、生麹を用いる場合で発酵の立ち上がりが変わる。現在では、立ち上がりを安定させるために「粒を揃えて投入する」ことが推奨され、1バッチあたり投入粒数を“だいたい2万粒”とする職人もいるとされるが、これは換算の遊びと見るべきだという指摘もある。
食べ方[編集]
おせチーズは、薄く切ってそのまま供されるほか、焼く・和える・溶かすといった食べ方があるとされる。
薄切りの場合は、塩の皮が舌に触れるタイミングを重視し、食べる直前に常温へ戻すのが一般的だとされる。焼く場合は、表面が“2分で薄茶になる”まで加熱する目安が語られ、過度に焦がすと香りが抜けるとされる[13]。
和える食べ方では、おせチーズを軽く崩し、の千切りや刻み葱に合わせると、だしの余韻が引き立つとされる。また、甘辛煮型は味噌だれに相性がよいとして“年明け味噌前菜”の一部に組み込まれた例がある。
文化[編集]
おせチーズは、年始の食卓での“保存と祝祭の中間”を象徴する食べ物として語られることが多い。前菜として出すことで、食べ残しの管理観念と、祝いの華やかさを両立できるという思想が背後にあったとされる[14]。
また、学童期の行事とも結びつけられた。たとえば、の一部の学校では、冬休み明けに「発酵の経過観察」を行い、おせチーズの熟成塊をタイムラインで記録させたという話がある。教育現場では、匂いの評価項目として「甘いのか、旨いのか、びっくりするのか」を子どもに言語化させたとされ、これが後の食文化教材のテンプレになったとも噂される[15]。
一方で、料理人の間では「発酵が強すぎるとチーズの皮が割れて食感が崩れる」といった経験則が共有されており、工程の細かさが属人的技能として守られてきた経緯がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 加藤美咲『年始保存食の民俗調理学:圧搾乳塊の系譜』金文社, 2012.
- ^ 渡辺清右衛門『倉庫役人の食味記録(抄)』金沢藩倉庫監査局, 1719, pp.33-57.
- ^ 小川源太郎『屠蘇チーズの普及に関する商慣習覚書』小川源太郎商店出版部, 1893, pp.12-19.
- ^ H. Thompson『Fermented Lactate Conserves in Early Winter Japan』Journal of Applied Gastronomy, Vol.14, No.2, 1988, pp.101-126.
- ^ 佐伯里香『だし調味液の“押し込み”工程—おせち由来の微細化研究』食品加工学会誌, 第26巻第4号, 2004, pp.220-241.
- ^ 鈴木正弘『味噌前菜の香気設計:発酵塊との相互作用』味覚工房叢書, 1999, pp.45-63.
- ^ 石川県立食文化資料館『失敗例に学ぶ発酵温度管理—33℃台の再現実験』石川県立食文化資料館紀要, 第7号, 2016, pp.1-29.
- ^ 村上直人『学校行事としての発酵学習:記録様式の統一』学習調理研究, Vol.3, No.1, 2009, pp.77-98.
- ^ 田中はるか『“昆布香型”と“柑橘残香型”の官能評価』日本官能科学雑誌, 第12巻第1号, 2018, pp.9-30.
- ^ Mori & Caldwell『Citrus Afternotes in Fermented Dairy Desserts』International Journal of Niche Gastronomy, Vol.21, No.3, 2021, pp.301-318.
外部リンク
- おせチーズ愛好会の記録庫
- 屠蘇チーズ製法アーカイブ
- 金沢年始調理史・デジタル展示
- 発酵温度33.2℃談話室
- 保存食タイムライン研究会