おでんのテンプレ
| 分野 | 日本の家庭料理・屋台運用 |
|---|---|
| 成立の背景 | 厨房の属人性を減らすための手順化 |
| 主な構成要素 | 投入順・下処理・出汁配分 |
| 中心概念 | 煮卵/牛すじ灰汁抜き/しらたき同時投入回避 |
| 代表的な地域要素 | 北海道のメークイン絶対正義 |
| 媒体 | 紙の「テンプレ」掲示、家庭内メモ、SNSの要約 |
| 関連用語 | 出汁レシオ、灰汁タイミング、煮込み段差 |
は、家庭や屋台でを再現性高く仕上げるための手順・配合・投入順をまとめた指針である。とくにの仕込み手順、の灰汁抜き、の投入タイミングなどの要点を「型」として記述する文化として知られている[1]。なお近年では、地域差としての推奨が強調されることが多い[2]。
概要[編集]
は、味のブレを抑える目的で作られた“手順書”として説明されることが多い。煮込み時間や投入順のほか、下処理としてを仕込むタイミング、をどれほどの温度と分数で灰汁抜きするか、さらにをと同時に入れない理由などが、要点として反復的に語られる。
発端は、戦後の高度成長期に「厨房の回転」を上げるために、屋台・小料理屋へ“監査用のレシピ”が持ち込まれたことだとする説がある。ここでいう監査とは、味の再現を品質として扱う発想であり、のちにという呼称で家庭へ流通したとされる。もっとも、テンプレが必ずしも全員に同じ効果をもたらすわけではなく、地域性や具材の銘柄に左右される点も指摘されている[3]。
歴史[編集]
監査厨房の誕生とテンプレ化[編集]
の原型は、の一部の屋台協同運営が始めた「段取り点検票」にあると説明される。点検票は具材ごとの投入時刻を分単位で記録する形式で、特には「割る日」ではなく「仕込む日」に品質が決まるという考え方が徹底された。
資料として言及されるのは、協同運営が周辺で配布したという“裏面に箇条書きだけの紙”である。そこでは牛すじの灰汁抜きについて、鍋の温度を一定に保つための目安が細かく定められたとされる。たとえば「沸騰直前で止める」「灰汁は白い泡が“3回だけ”立つまで待つ」「鍋底を見て、焦げの薄膜が“視認できる手前”で引き上げる」といった、料理というより計測工学のような指示が並んだとされる[4]。なおこの“3回”は、実際の泡の回数と気分で揺れるため、後年の批判の種にもなった。
また、については「肉類と同時に入れると“香りの分配係数”が崩れる」といった比喩が独り歩きしたとされる。比喩の背景には、汁がいったん肉の旨味成分を吸い上げ、そこにしらたきが追従してしまうことで、食感が“粉っぽい方向へドリフトする”という解釈があったとされる。実際にドリフトしたかどうかは別として、テンプレ内ではこのルールが最重要級として残った[5]。
北海道のメークイン「絶対正義」化[編集]
テンプレは全国へ広がる途中で、地域差を“正しさ”へ変換する競争が起きたとされる。とくにの潮汐協議会の料理部門が、各地の芋を比較し「最適な溶け方」を基準に採点したという逸話が残っている。
その採点では、が“出汁を抱く時間”に優れていたため最上位に置かれたとされる。細かい採点条件として「出汁の色が飴色に変わるまでの分数」「スプーン圧で崩れるまでのミリ単位」「煮込み30分後の表面の艶の係数(便宜上C値)」などが挙げられている。C値の計算は、実際には誰も再現できないほど曖昧だが、それでも結果だけは共有されたという[6]。
このことが、テンプレの中で“メークインは絶対正義”という形の標語を生み、以降テンプレの掲示文は地域の誇りと結びつくようになった。たとえばのある掲示板では、メークインの表記が赤字で印刷され、注記として「じゃがいもは主役、主役は逃がさない」と書かれていたとも伝えられる[7]。
構成要素(テンプレの型)[編集]
は大きく「下処理」「投入順」「出汁配分」「仕上げ」の要素で語られる。ここでの“型”は、料理人の技術を奪うためではなく、同じ結果を再現できるようにするための“共通言語”として機能することが多い。
下処理の核として、は“長時間煮る”より“仕込みの段階で味を作る”方向で語られることが多い。たとえば「殻は事前に触れて微細なヒビを入れる」「仕込み液は醤油を基準に、甘味は控えめにして香りを残す」など、家庭での運用に即した説明が付く。一方では、灰汁抜きのやり方がテンプレの信仰対象になりやすい。テンプレでは、灰汁が残ったまま入れると後味が“鉄のように乾く”とされ、だからこそ投入前にを丁寧に扱うべきだとされる。
投入順については、をと同時に投入しないことが中核として挙げられることが多い。テンプレでは「同時投入は味の競合を起こし、しらたきが“肉汁の借金”で膨らむ」といった、なぜか経済用語じみた比喩が添えられることがある。加えて根菜は“出汁を取りに来る”性質として語られ、の出汁活用が、全体の香りの設計図になると説明される。
最後に魚介類の出汁配分は「ほどほど」が合言葉になりやすい。過剰にすると角が立つ、少なすぎると主張が消えるという二律背反があり、テンプレでは“調味の主役は出汁の比率にある”として、魚介の影を必ず残す方向へ誘導される[8]。
典型的なテンプレ例(掲示板の再現)[編集]
以下は“掲示板に貼られた”とされることが多い典型例であり、家庭での運用に即して要約される。なお地域や店によって順序が入れ替わることがあるため、ここでは「最もよく引用される並び」を優先する。
まずは鍋の段階として「沸騰→弱火→香り保持」を段差として扱う。煮卵は別鍋で仕込んでから投入され、は灰汁抜き後に、肉の旨味が暴れる前のタイミングで入れるとされる。続いてを先行させ、出汁を抱えさせることで全体の骨格を作る。ここで魚介の出汁は“入れすぎない”という注意が添えられ、テンプレ文では「魚介は湧きすぎるな」といった簡潔な戒めで締められることがある。
は肉類と同時投入しないルールに従い、別タイミングで追加される。最後に香味として薬味や練り物を“まとめて”入れると、味の層が揃うと説明される。なおテンプレは、計測可能な要素だけでなく気配を扱うため、実行した人の“目の慣れ”が結果を左右するともされる[9]。
批判と論争[編集]
は実用的である一方、過度な固定化に対する批判も存在する。とくに「しらたきを肉類と同時に入れない」というルールは、実際には味の好みが分かれるにもかかわらず、テンプレでは絶対視される傾向がある。批判としては「テンプレが“失敗の責任”を具材側へ押し付ける」といったものが挙げられる[10]。
また、の絶対正義については、じゃがいも一般の比較研究が十分にされていないとする指摘がある。さらに、C値やミリ単位の“艶係数”のような細かい指標が、料理の実測としては再現性に乏しい点が問題とされる。とはいえテンプレの支持者は、再現性よりも“納得の手順”が重要だと反論することがある[11]。
一方で、テンプレ運用が広がることで屋台側の仕込みが規格化され、価格交渉や人員配置が単純化したという見方もある。結果として、繁忙期の提供速度が改善したとする報告があるが、これはテンプレの効用を過大評価するものだとする反証も並立している。要するに、テンプレは味だけでなく組織の運用にも影響した概念として扱われることが多い[12]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 鈴木啓太『屋台の段取り点検票—味を標準化する試み—』港町出版, 2012.
- ^ Margaret A. Thornton『Standardized Home Kitchens in Postwar Japan』Journal of Culinary Systems, Vol. 18 No. 2, pp. 41-67, 2009.
- ^ 佐々木文也『出汁レシオの社会学:おでんから始まる微調整』中央調理工学会, 第3巻第1号, pp. 12-29, 2017.
- ^ 田中静香『煮卵の“仕込む日”理論』味覚監査研究所紀要, Vol. 5 No. 4, pp. 88-103, 2015.
- ^ 北海道潮汐協議会『根菜は出汁を抱く:C値による検討』札幌技術報告, pp. 1-22, 2010.
- ^ 江崎隆『灰汁抜きの温度管理:白泡3回仮説の検証』厨房温度学会誌, 第2巻第7号, pp. 55-73, 2016.
- ^ 山内怜『しらたき投入順の味覚競合モデル(簡易版)』家庭調理モデル研究会, 2020.
- ^ Kobayashi, Haruto『Oden as a Logistics Problem: Template Adoption in Street Food』Asian Journal of Food Operations, Vol. 11 No. 3, pp. 201-226, 2018.
- ^ 森川一馬『魚介出汁はほどほどでよい:過剰投入の角の研究』出汁文化レビュー, Vol. 7 No. 1, pp. 9-24, 2013.
- ^ “おでんのテンプレ”編集委員会『掲示板に貼られた手順の系譜』小鍋叢書, 1999.
外部リンク
- 味覚監査アーカイブ
- 厨房温度学会 収録テンプレ集
- 出汁レシオ計算ノート
- 札幌C値倶楽部
- 屋台段取り点検票データベース