かわいそ笑
かわいそ笑(かわいそしょう)は、の都市伝説の一種[1]。『かわいそ』とだけ言われて、最後に“笑う”姿が目撃談として語られる怪談である[1]。
概要[編集]
は、夜道や通学路などで突然「かわいそ」と呼ばれたあと、相手が“助かったようにも見えるのに悲しそうに見える笑い”を浮かべる、と言われる都市伝説である[1]。
噂の正体としては、妖怪とも、音声信号に紛れた怪奇現象とも、通報が遅れた結果として見せられる“罰の表情”とも語られている[2]。全国に広まったきっかけは、短い目撃談がまとめサイトで連投され、マスメディアが「若者の共感を吸い上げる恐怖」として取り上げたためだと言われている[3]。
なお、伝承では別称として「かわいそ笑い」「哀れみの口角」「謝意笑(しゃいしょう)」とも呼ばれるとされる[4]。とくに学校の場面で、終礼前の廊下や音楽室の裏で出没すると言われている点が、学校の怪談としての性格を強めている[5]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源には諸説があるが、古い言い伝えとしては、昭和末期にの町内会で「子どもが転びかけたのに笑ってごまかす癖」を注意するために使われた“注意の合言葉”が、いつしか怪談へ変質したという話がある[6]。
また別の起源説としては、の通信教育教材に添えられた擬似音声の教材データが、転売ルート経由で出回り、同じ周波数帯で再生すると「かわいそ」と聞こえることがある、という“技術由来の正体”があったとされる[7]。この教材は、架空の報告書上では「第3巻第14号・音声誤聴の実験資料」とされ、実在の学校教材に酷似していたと噂されている[7]。
一方で、起源を妖怪に置く説では、夜に人の表情を奪う「口角だけ残す影」が山間部から現れ、目撃者にだけ“哀れな笑い”を投影したのが始まりだと語られている[8]。
流布の経緯[編集]
流布の経緯は、2000年代前半の携帯掲示板で「目撃された」という短文が増えたことに始まったとされる[9]。最初期の投稿では、出没場所が毎回微妙に違い、「コンビニの駐輪場」「体育館裏の倉庫」「バス停の上屋」と変化していたため、編集者気取りの語り手が“典型化”を試み、決まり文句の「かわいそ」が固定されていったと言われている[10]。
その後、2012年の夏にで、帰宅中の学生が“笑っているのに泣きそう”な光景を見たとする目撃談が、写真付きで拡散されたことでブームになったとされる[11]。さらに2020年ごろには、SNSの短尺動画が「かわいそ笑」を擬似的に再現できるとして広まり、恐怖の再現が疑似体験として流通したとも指摘されている[12]。
ただし、正確な初出時期は資料が錯綜しており、「2011年10月第2週に始まった」とする記録もあれば、「63年の地方紙に“顔の法則”として載っていた」という異説もあるとされる[13]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
伝承におけるは、見た目が明確な恐怖というより、不気味な“表情の転写”として扱われるのが特徴である[2]。目撃談では、まず背後または斜め前から「かわいそ」と呼びかける声が聞こえ、その後に相手の口角だけがゆっくり上がる、と言われている[1]。
目撃談の共通点として、笑いは最初の3秒間が最大で、次の5秒で消えると表現されることが多い[14]。この“時間の細かさ”は、観測者が無意識に時計を見てしまうことに由来するという話があり、「秒針が見えた瞬間に、口角が勝手に完成する」という言い伝えへ繋がったとされる[15]。
また、正体については妖怪説が優勢で、「恐怖」「不気味」「パニック」と結びつけられる一方で、心理学由来の“共感疲労”説も広まった[16]。この説では、目撃者が『見なかったことにしたい』という感情を強く抱くほど、言い伝えの“かわいそ笑”が濃く見えるとされる[16]。
さらに、言葉の意味にも執着がある。単に哀れむ笑いではなく、「相手の罪悪感を借りて生き延びる笑い」と言われている点が、伝承の不気味さを強めている[4]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
委細として、出没の条件が細かく語られる。たとえば「雨の日は出ないが、雨上がりの水たまりの反射があると出る」とされる[17]。また、場所の条件としては“道幅が狭い曲がり角”“薄暗い街灯の真下”“音が反射する壁面”が挙げられ、学校の怪談としては「音楽室の扉を開けた瞬間」「清掃用具入れの鍵が鳴った直後」に結びつく伝承が多い[5]。
派生バリエーションとしては、「かわいそ笑・二度目版」「かわいそ笑・無口版」「かわいそ笑・敬語版」があるとされる[18]。二度目版では、初回の口角が消えたあと、目撃者が振り返ると再び同じ表情が浮かぶと言われる[18]。無口版では声が聞こえず、代わりにスマートフォンの通知音だけが鳴り、画面に『かわいそ』の文字が表示されると噂される[19]。
敬語版はさらに奇妙で、「かわいそ」と言う代わりに「おかわいそにございます」と聞こえる場合があるとされる[20]。この聞こえ方は、地域の方言が混ざると推定され、側の目撃談では頻度が高いと語られている[20]。
なお、一部の伝承では正体を妖怪として固定せず、「言い伝えを信じた人ほど“口角が真面目になる”」と述べる編集が入ったため、同じ事件でも恐怖の質が変わると報告される[2]。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法は、恐怖を増幅させない“表情の交渉”として語られることが多い。代表的には「呼ばれても返事をしない」「目を合わせない」「口元だけを見る」という矛盾に見える作法が挙げられる[21]。
具体的には、目撃者が「かわいそ」と聞こえたら、返事の代わりに自分の舌で上あごを一度だけ軽く叩き、呼吸のリズムを変えるとよい、と言われている[22]。この方法は“心理的な合図”として広まり、実際に一度試すと噂の速度が落ちる(5秒遅延する)と体感談が記録されたとされる[22]。
また、学校の怪談としては「終礼の一斉会釈を真似しないで、黙って前を向く」ことが推奨される[5]。マスメディアが紹介した際には、校内放送で「かわいそ笑」注意喚起が行われたという逸話があり、そこから“見ないふり”が流行したとも言われている[3]。
ただし、対処に関しては異論も多い。「相手が悲しそうに笑うのは共感を要求している証拠であり、助けたい気持ちが生まれるほど悪化する」という説があり、逆に無表情が最適だとも指摘されている[16]。
社会的影響[編集]
社会的影響としては、学校現場での“帰り道の監視”が一部で強まったことがよく挙げられる[5]。噂が広まった地域では、PTAが「薄暗い場所での一人行動を減らす」方針を出し、自治会が見回りの人数を前年の1.4倍にしたという数字が出回ったが、出典は定かでない[23]。
また、ネット文化への波及として、擬似の表情エフェクトが配布され、「かわいそ笑」を模した笑顔を投稿する“軽いノリ”が生まれたとされる[12]。ただし、この軽さが恐怖の消費に繋がるとして批判もあり、「怪談をふざけると出没が増える」という言い伝えにより、コメント欄で論争になったことがあるとされる[24]。
さらに、メンタルヘルス文脈では、恐怖の記憶が残るタイプの都市伝説として扱われ、擬似体験が夜間の不眠と結びつくという指摘も一部にあった[25]。この結果、怪談サイトでは“閲覧注意”ではなく“対処練習”コンテンツが増えたとされる[25]。
一方で、信じる人ほど周囲に影響を与えた可能性も指摘されている。噂の固定フレーズである「かわいそ」が、日常会話に混ざり、相手の気分を測る合図として誤用されたことが、行政の相談窓口に問い合わせとして届いたという話もある[26]。
文化・メディアでの扱い[編集]
文化・メディアでは、テレビのバラエティ番組や夜の特集で「若者の共感を刺す笑い」と表現されることが多かった[3]。番組の構成上、出没の場面を“音”と“口元”に絞って演出した結果、視聴者が自分の周辺音に過敏になるという効果が指摘された[3]。
映画やドラマでは、にある架空の商業高校を舞台に「放課後、告白の練習をしていると“かわいそ笑”が出る」というプロットが組まれたとされる[27]。この作品では、人物が「笑ってしまう」こと自体が禁忌とされ、笑顔を抑えるために手袋を外さない、という演出が細かく記憶されている[27]。
出版分野では、都市伝説ガイドブックの一章として採用され、目撃談が地図と対応づけられる形でまとめられた[28]。その際、「全国に広まった割合」が都道府県別に“概算”として掲載され、たとえばでの遭遇率が年間0.06%と記されていた、と語られることがある[28]。ただし、これは推計モデルの数値であり、実測ではないとされる[28]。
また、インターネットでは絵文字化も進み、口角だけが伸びた「^_^」系の記号が“かわいそ笑の仲間”として使われたという話がある[19]。このように、恐怖の記号が軽量化される一方で、元の“怪談の不気味”はむしろ強調されていったとされる[24]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
佐藤綾子『口角だけ残す夜—日本都市伝説の表情学』ミドリ出版社, 2018.
田中慎吾「かわいそ笑の知覚構造に関する断片的考察」『怪異研究ジャーナル』第12巻第3号, pp. 41-58, 2019.
NHK関連企画班『夜の噂図鑑:恐怖を視聴する』日本放送協会, 2021.
上村礼央『学校の怪談と笑いの民俗』筑紫学術書房, 2016.
文部科学省 心身安全対策室『校内で噂を扱う際の留意事項(平成版)』第2版, pp. 10-27, 2020.
『高山市町内会報(昭和末期縮刷版)』高山郷土資料館, 1996.
工藤明人『音声誤聴と都市伝説:教材データの転用例』第3巻第14号, 音響教育資料センター, 2003.
吉田真琴『妖怪の口角譜:影が投影する表情』銀河図書, 2015.
『携帯掲示板における怪談文体の固定化』メディア社会研究所, Vol. 7, pp. 88-101, 2011.
中西達也「“かわいそ”という語が持つ連投設計」『ネット噂学年報』第4巻第1号, pp. 5-19, 2013.
北海道新聞「帰宅路の目撃談—表情だけが動く」北海道新聞社, 2012.
Dr. Margaret A. Thornton “Short-Form Fear Loops and Expressive Echoes” 『Journal of Digital Folklore』 Vol. 15, No. 2, pp. 201-219, 2020.
『地域紙の片隅に残る顔の法則』風見文庫(書名が少し怪しい)pp. 33-49, 2009.
関連項目[編集]
外部リンク
- 噂の表情アーカイブ
- 怪談地図・試験版
- 学校の怪談ログ倉庫
- 夜の掲示板復元サイト
- 音声誤聴パラメータ室