かわちゃーちゃ
| 名称 | かわちゃーちゃ |
|---|---|
| 種類 | 発酵飲料 |
| 発祥 | 紀伊山地周辺 |
| 主原料 | 茶葉、湧水、籾殻灰 |
| 考案者 | 川内 茶三郎(伝承) |
| 誕生年 | 1878年頃 |
| 主な用途 | 祝儀、山仕事後の回復飲料、儀礼用 |
| 保存法 | 木桶熟成、紙包み封印 |
| 別名 | 紙寝かせ茶、山鳴り茶 |
かわちゃーちゃ(英: Kawachaa-cha)は、を低温で揉みほぐしつつの表面で熟成させるの発酵飲料である。主に北部から南部にかけての山間部で伝承されたとされる[1]。
概要[編集]
かわちゃーちゃは、の寒冷な谷間で生まれたとされる半発酵性の茶飲料である。茶葉を揉んだのち、で包んで数日から数週間寝かせることで、青臭さを抑えつつ、独特の「紙香」と呼ばれる香気を生じさせるとされる。
今日ではごく一部の保存会と個人農家により再現されているにすぎないが、末期にはの一部集落で「祝いの茶」として広く用いられたという。なお、飲用前に湯を注ぐと表面に微細な泡が立つことから、近代初期の文献では「泡の立つ山茶」とも記されている[2]。
歴史[編集]
成立と伝承[編集]
成立の起源については、にという桶職人兼茶商が、湿気で劣化しかけた茶葉を和紙で包んで蔵に置いたところ、数日後に芳香が生じたのが始まりとする説が有力である。茶三郎はこれを偶然ではなく「紙が茶の息を整える」現象と解釈し、以後、周辺の宿場で試験的に売り歩いたとされる。
一方で、の口碑では、かわちゃーちゃは山伏が携行食の茶を腐敗から守るために編み出したもので、紙包みを護符代わりに使ったことから儀礼化したという。いずれの説も、の衛生行政に抵触しない程度にだけ記録が残されており、初期資料は断片的である。
普及と商業化[編集]
にはの前身とされる民間組織が、かわちゃーちゃを「山村の滋養飲料」として展示した記録がある。会場で配布された試飲用の小盃は約2,400杯に及び、うち3分の1が「紙の香りが強すぎる」として返却されたという奇妙な統計が残る[3]。
期に入ると、の茶問屋が瓶詰め商品として再商品化し、ラベルに「熟成十日」とだけ大書したことで都市部の好事家に流行した。ただし実際の熟成は平均4.7日であったとされ、販促用の表記が先に独り歩きしたことが批判の的となった。
戦後の再発見[編集]
後は、山間部の人口流出により一時ほぼ途絶したが、にの民俗調査班が谷筋の民家で製法を採録したことで再注目された。この調査では、木桶の内側に貼られた和紙が、微生物層の安定に寄与している可能性が示唆されたが、実験条件が毎回違いすぎるため結論は曖昧である。
にはで「山の紙と茶」展が開催され、来場者数は11日間で12,860人に達した。もっとも、会場の一角で再現された発酵室に湿度計が7台も設置されていたことから、来場者の多くは「茶というより装置を見に来ている」と評したという。
製法[編集]
標準的な製法は、春摘みの茶葉を軽く蒸した後、籾殻灰を混ぜた湧水で短時間だけ揉み、和紙を二重に巻いて木箱に収めるというものである。ここで重要なのは、紙を密封しすぎないことであり、古い職人はこれを「息継ぎ」と呼んだ。
その後、の土蔵で3日から12日ほど置き、紙面に微かな艶が出た時点で取り出す。熟成に成功したかわちゃーちゃは、抽出液が淡い琥珀色を帯び、舌先に塩気に似た感覚を残すとされるが、塩分はほぼ検出されないという。このため、味の説明にはしばしば「記憶が先にしょっぱくなる」といった詩的表現が用いられる[4]。
特徴[編集]
かわちゃーちゃの最大の特徴は、飲用時の香りが茶葉由来の青さよりも、紙・木材・微発酵由来の乾いた甘みに寄る点である。専門家の一部は、これをとの中間にある香気と表現するが、実際には試飲者の心理状態に左右されやすいと指摘されている。
また、湯に落とした瞬間に茶片が「ほどける」のではなく「紙から解放される」ように見えることから、茶器愛好家の間では儀礼性の高い飲み物として扱われた。戦前の記録には、婚礼の席で新郎側が先に一口飲み、紙包みを畳んで懐に入れると縁起が良いとされた例がある。
社会的影響[編集]
山村経済への寄与[編集]
かわちゃーちゃの流通は、北部の紙漉き集落に小規模ながら継続的な現金収入をもたらしたとされる。特にからにかけては、1戸あたり年間平均83包が出荷され、うち17包は祭礼用として返品不可の「献上包」だったという。
この仕組みは、茶農家・紙漉き職人・桶屋の三者をつないだため、地域経済の「三角発酵」と俗称された。もっとも、地元商工会はこの呼称を好まず、文書では一貫して「複合物産連携」としていた。
都市文化への波及[編集]
30年代には、の喫茶店が「山の古茶」として提供を始め、学生や文化人の間で流行した。ある日、注文票に「かわちゃーちゃ一杯、紙少なめで」と書かれたことがきっかけで、軽薄な都市消費を批判するエッセイが3本同時に発表されたという。
では、1970年代に一部の編集者が「和紙で熟成させた茶は、読むための飲み物である」と宣伝したため、文学サロンでのみ通用する飲料として珍重された。なお、当時の文芸誌の座談会では、2時間で5杯飲むと集中力が高まるとの証言があるが、再現実験は一度も成功していない。
規格化と論争[編集]
にはの外郭団体とされるが、かわちゃーちゃの暫定規格案を作成した。そこでは「紙香指数」「泡立ち残存時間」「返し香の厚み」など、一般には理解しづらい項目が並び、業界内でも「測れるが役に立たない」と評された。
同案をめぐっては、保存会が「手仕事の揺らぎこそ本質である」と主張したのに対し、量産を試みた企業側は「揺らぎを数値化してこそ伝統である」と反論した。結果として規格は見送られたが、この論争は後年のクラフト茶ブームの先駆けとみなされている。
批判と論争[編集]
かわちゃーちゃに対する批判は、主として「本当に発酵しているのか」「紙の香りを茶の個性と呼んでよいのか」という点に集中している。特にの『近畿飲料衛生年報』は、サンプル27点のうち19点で微生物相が毎回異なり、再現性に乏しいと報告した[5]。
また、観光資源化が進んだ代以降は、実際には購入用でない見本茶を提供する「香り演出」が問題となった。これに対し保存会は「かわちゃーちゃは味覚より先に場所を飲む飲料である」と反論したが、この説明はかえって論争を拡大させたとされる。
一部の民俗研究者は、かわちゃーちゃの歴史のかなりの部分が戦後に再構成された可能性を指摘している。ただし、茶三郎家の土蔵から見つかったとされる墨書きの帳面には、なぜかの日付とともに「紙が先、茶は後」という一文があり、真偽の判断は今なお分かれている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯 恒一『紀伊山地の紙熟成茶研究』和泉書院, 1998.
- ^ Margaret A. Thornton, “Papery Fermentation in Rural Japan,” Journal of Ethnographic Beverages, Vol. 14, No. 2, 2007, pp. 41-68.
- ^ 宮前 史郎『山の飲みもの民俗誌』平凡社, 2011.
- ^ 渡辺 精一郎『発酵と紙質の相互作用』農山漁村文化協会, 1976.
- ^ 『近畿飲料衛生年報 第12巻第3号』近畿衛生研究会, 1987, pp. 112-119.
- ^ Elena R. Moss, “The Aroma of Wrapped Tea,” Asian Foodways Review, Vol. 9, No. 1, 2015, pp. 5-23.
- ^ 和歌山県立博物館編『山の紙と茶 展覧会図録』和歌山県立博物館, 1994.
- ^ 高見沢 玲『かわちゃーちゃ復元実験報告』日本茶業学会誌, 第22巻第4号, 2004, pp. 201-217.
- ^ 『紙寝かせ茶の保存と流通』山間飲料保存協議会報告書, 2003.
- ^ 村瀬 由里『飲める紙、読める茶』彩流社, 2018.
外部リンク
- 山間飲料保存協議会
- 紀伊発酵文化研究所
- 和歌山県民俗資料アーカイブ
- 茶と紙の博物誌データベース
- 近畿飲料衛生年報オンライン索引