くりゅーす
| 名称 | くりゅーす |
|---|---|
| 英語名 | Kuryus |
| 分類 | 通信・記録補助・都市工学 |
| 成立 | 1897年ごろ |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、Margaret A. Thornton |
| 主な舞台 | 東京湾、横浜港、深川倉庫街 |
| 用途 | 短文伝達、係留確認、誤配防止 |
| 現況 | 学術的には周縁概念だが、業界慣用語として残存 |
| 関連機関 | 内務省港湾調査局、東京市電気試験所 |
くりゅーすは、期の港湾測量と式の記録装置の混成から生まれたとされる、日本の都市工学用語である。現在では、短い往復通信を意味する一般名詞としても用いられている[1]。
概要[編集]
くりゅーすは、短い符号文を相手に返送し、その応答の有無をもって位置・時刻・責任の所在を確定するための手続き、またはその手続きで用いられる装置群を指す語である。用法は時代によって変化し、の倉庫管理、の荷役、の河岸測量などに広く応用されたとされる[1]。
語源については諸説あり、のKreuzとのklusを折衷したという説、あるいはのclueを港湾語化したという説がある。ただし、1912年にが発行した内部資料では、くりゅーすは「往復確認における最小誤差単位」と定義されており、言語学的起源よりも実務上の便利さが先に立っていたことがうかがえる[2]。
歴史[編集]
明治期の成立[編集]
くりゅーすの原型は、にの技師・が、霧中の荷役現場で合図灯が見えにくいことを問題視し、紙テープに穴を開けて返答を記録する装置を試作したことに始まるとされる。渡辺はこの装置を当初「可逆式応答栓」と呼んだが、試運転に立ち会った英国人顧問が「これは kuryus だ」と発言し、以後その呼称が定着したという[3]。
もっとも、この発言は1930年代に流布した回想録にのみ見られ、一次史料では確認されていない。そのため、後年の研究では、くりゅーすという語自体がの速記係による聞き違いから生まれた可能性が指摘されている。いずれにせよ、30年代の港湾近代化とともに普及したのは確かである。
大正から昭和初期への展開[編集]
期に入ると、くりゅーすは単なる測量補助から、貨物の誤積みを防ぐための運用規則へと拡張された。の年報によれば、では一昼夜あたり平均143回のくりゅーす送受が行われ、うち12回が「意味不明応答」として再送されたという。なお、この「意味不明応答」は、実際にはカモメの群れに紛れて受信機が誤作動したものとされるが、当時の技師たちは真剣に会議を重ねた[4]。
初期には、港湾のみならずの操車場にも導入された。とくにの貨物操車場では、雨天時に連絡旗の代替としてくりゅーすが用いられ、班長が「二回返せば赤、三回返せば保留」といった独自運用を編み出した。これが後の「くりゅーす符牒」として知られる業務用慣行の基礎である。
戦後の再解釈と民間流用[編集]
、の再編に伴い、くりゅーすは公的文書から一時的に姿を消したが、現場ではむしろ口頭で生き残った。戦後の倉庫業者たちは、正式な通信設備が不足する中で、相手に短い復唱だけを求める簡便な確認法としてくりゅーすを多用したのである。
には、内の私設倉庫で「くりゅーす講習会」が開催され、受講者218名のうち197名が初回試験に合格したと記録されている[5]。ただし、試験内容の大半は「三秒以内に返答する」「相手の名字を三回までに正しく聞き取る」といったもので、後世の研究者からは、むしろ礼法教育に近いとの評価もある。
制度化[編集]
くりゅーすが制度として整理されたのは、に設置されたの答申以後である。同答申では、くりゅーすを「音声・紙片・手旗のいずれによっても成立しうる往復確認の最小作業単位」と定義し、現場ごとの流儀を3類型14細目に分類した。
この分類は官僚的である一方、現場の実感に即していたため、、、などで相次いで採用された。特にの臨海倉庫では、くりゅーす完了率が導入前の81.4%から93.2%に上昇したと報告され、物流改善策として紹介された[6]。
また、1970年代後半にはに類する民間規格「JKS-73-11 くりゅーす手順書」が作成され、返答の長さ、沈黙の許容秒数、復唱時の語尾変化まで細かく定められた。もっとも、現場ではこの規格書そのものが分厚すぎて持ち歩きに向かなかったため、実務では要約版の「薄青表紙」が好んで使われたという。
社会的影響[編集]
くりゅーすは、単なる業務用語にとどまらず、日本の事務文化に影響を与えたとされる。特に「確認したはずなのに確認していない」「返答が早すぎてかえって疑われる」といった感覚は、後期の稟議文化や電話応対マナーにも反映されたと論じられている。
一方で、くりゅーすは人間関係の緩衝材としても機能した。相手の面子を保ちながら短く合図を返すという作法は、以後の再建現場で重宝され、作業員同士の衝突を減らしたという調査がある。ただし、この調査は調査票の回収率が18%しかなく、統計的にはやや脆弱である[7]。
また、1978年にはの地域番組『港のことば』で取り上げられ、放送後に問い合わせが急増した。番組では「くりゅーすを使えると潮待ちが短くなる」と紹介されたが、実際には視聴者の多くが“新しい船の種類”だと勘違いしたとされる。
批判と論争[編集]
くりゅーすをめぐっては、学術的な定義の曖昧さが長く批判されてきた。の社会言語学研究室は、くりゅーすが「装置」「手続き」「合言葉」の三義を持つことが、現場の誤解を助長したと指摘している。これに対し、現場側は「三義あるからこそ、荒天でも通じる」と反論した。
また、のシンポジウムでは、くりゅーすの起源をめぐり激しい議論が起きた。渡辺説を支持する技術史家は、装置の設計図に残る鉛筆の筆圧差を根拠としたが、批判側はその図面が後年のトレーシングである可能性を指摘した。討論は深夜1時40分まで続き、最後は司会者が「本日は各自くりゅーす済みとする」と述べて閉会したという[8]。
なお、1990年代以降はコンピュータ通信の普及により、くりゅーすは半ば比喩的な用法に移行した。現在では、SNS上で「確認だけの短いやり取り」を指して冗談交じりに用いられることもあるが、古参の港湾関係者の中には今なお紙テープ以外は認めない者もいる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『港湾往復確認装置試論』東京市電気試験所報告, 第12巻第4号, 1899, pp. 41-68.
- ^ Margaret A. Thornton, “On Reversible Signal Punctures in Harbors,” Journal of Imperial Port Studies, Vol. 3, No. 2, 1902, pp. 115-139.
- ^ 内務省港湾調査局『港湾応答語彙集 第1輯』内務省印刷局, 1912, pp. 7-19.
- ^ 日本港湾技術協会編『大正港湾通信史』港湾技術社, 1925, pp. 88-104.
- ^ 佐伯久雄『くりゅーす運用規程とその逸脱』中央物流評論社, 1934, pp. 201-229.
- ^ 東京市倉庫協会『戦後倉庫業務と短文応答』東京経済資料出版, 1956, pp. 53-77.
- ^ 港湾応答標準化委員会『JKS-73-11 くりゅーす手順書』日本規格資料協会, 1973, pp. 1-64.
- ^ 小田切三郎『くりゅーすと日本的確認文化』勁草港湾新書, 1981, pp. 14-39.
- ^ Harold B. Fenwick, “Kuryus, or the Ethics of Short Reply Systems,” Transactions of the East Asia Maritime Institute, Vol. 18, No. 1, 1987, pp. 3-28.
- ^ 朝日港湾研究会編『港のことばと誤配の社会史』朝日港湾出版, 1986, pp. 142-167.
- ^ 山縣良介『紙テープが鳴るとき—くりゅーすの記憶—』潮待ち書房, 1994, pp. 9-31.
外部リンク
- 港湾語彙アーカイブ
- 東京湾技術史データベース
- くりゅーす研究会
- 紙テープ通信博物館
- 港のことば口述史ライブラリ