こまめ
| 名称 | こまめ |
|---|---|
| 英称 | Komame |
| 成立 | 1908年頃 |
| 提唱者 | 加納 みさを、斎藤 憲一郎 ほか |
| 提唱機関 | 東京家政改良協会 |
| 主領域 | 家政学、衛生学、労務管理 |
| 派生分野 | こまめ経済、こまめ防災、こまめ農法 |
| 象徴色 | 薄緑と藍 |
| 標語 | 大きく整えるより、先に小さく直す |
こまめは、において下の近代家政改良運動を起点として成立したとされる、少量の作業を高頻度で反復する生活技法である。もともとはの外郭研究会が提唱した清掃・節電・補修の統合理論を指し、のちに家庭学・労務管理・地域防災へと拡張された[1]。
概要[編集]
こまめは、日常生活の中で「気づいた時に、少しだけ、しかし確実に」手を入れることを制度化した概念である。末期の都市部では、石炭ストーブや木製建具の普及により、埃・煤煙・乾燥による軽微な損耗が問題化していた。その対策として、の家政教育関係者が「一度に片づけない衛生」を提唱したのが始まりとされる。
当初は台所の拭き掃除や衣類の継ぎ当てに限定されたが、期には会社員の遅刻防止、初期には町内会の見回り活動にも応用された。なお、初期資料では「小豆」を意味する符牒として記録されている箇所があり、研究者の間では、実態は料理用語の転用ではなく、帳簿管理の隠語から派生したとする説が有力である[2]。
定義の変遷[編集]
1921年の『家政雑誌』では、こまめは「一日三回、各三分以内の整頓行為」と定義されていた。ところが1934年、の指導要領に採用された際には、掃除だけでなく「沈黙・姿勢・返事の速さ」まで含む広義の生活規範へと変化した。これにより、こまめは単なる習慣ではなく、半ば道徳概念として扱われるようになった。
名称の由来[編集]
名称については、豆を小分けに扱う農家の作法に由来するという俗説が広く流布している。しかしの古書店で見つかった『小間目手控』という帳面により、本来は「小さな間を目で拾う」意であった可能性が指摘されている。もっとも、同帳面は紙質が28年のものとされ、真贋をめぐる論争が現在も続いている。
歴史[編集]
こまめの歴史は、しばしば三つの波として整理される。第一波はからの家政改良期であり、の貸家で行われた講習会が原点とされる。第二波は後の復興期で、破損を「翌週まで放置しない」ことが防災思想として評価された。第三波は期であり、工場のライン管理に転用されたことで全国的に普及した。
には、東京家政改良協会が「こまめ標準時」を制定し、午前・昼・夕の三回、窓を二分間だけ開閉することを推奨した。この制度は都市換気の改善に一定の効果を示したとされるが、同年の冬には「三回以上開閉すると暖房費が増える」との批判も生じた[3]。また、の衛生係が巡回記録にこまめ点数を付けたことで、半ば査定制度のように扱われた時期がある。
家政改良運動との結びつき[編集]
中心人物は、家政学者のと、統計官僚出身のである。加納は「家庭の乱れは大きな危機ではなく、三つの小さな放置から始まる」と唱え、斎藤はこれを数値化して月間損耗率0.8%の低減を示した。もっとも、その算出方法は台所用ふきんの交換回数だけで全家庭を評価したため、当時から要出典とみなす声もあった。
戦時下と戦後の変容[編集]
には、こまめは節約と修繕の倫理として再編され、衣服の継ぎ当て回数まで標語化された。戦後はの生活改善プログラムに類似する形で紹介され、アメリカ式のタイム・アンド・モーション研究と結びついた結果、職場清掃や在庫管理にも導入された。1949年の『生活刷新白書』では、こまめ導入企業の廃棄物量が平均14.7%減少したとされるが、調査対象が港湾倉庫のみであったため、評価は分かれている。
デジタル時代への移行[編集]
後半には、こまめはパソコンのこまめ保存やメール整理の概念として再輸入された。とりわけのパソコン講習所で配布された『こまめの心得13箇条』は、受講者の再起動回数を月平均2.1回減らしたという。なお、その効果は技術改善ではなく、単に講師が怖かったからだとする証言もある。
理論と実践[編集]
こまめは、単なる根性論ではなく、3原則からなる実践体系として整理されている。第一に「兆候を見逃さない」、第二に「処置を小さく留める」、第三に「翌日に持ち越さない」である。この三原則はの準会員向け講習で広まり、後に労災防止マニュアルにも採用された。
実践面では、こまめは「五分未満の補修」「三歩以内の片づけ」「週一回の帳簿確認」に分解されることが多い。ただし、の商店街では、こまめの名のもとに店先の植木に毎日霧吹きをする慣行が生まれ、近隣の電気看板が湿気で短絡する事故が4件起きた。これを受け、こまめ協議会は「善意の過剰介入」を禁じる補則を追加している。
こまめ点[編集]
1957年に導入されたこまめ点は、行為の頻度と即時性を評価する独自指標である。1日あたりの小修繕、声かけ、整理、節電行動をそれぞれ1点から4点で採点し、月合計で84点以上を優良家庭とした。最高記録は中区の理髪店「青柳」で、1か月に167点を記録したとされる。
こまめ手帳[編集]
こまめの普及に大きく寄与したのが、監修とされた『こまめ手帳』である。毎日の小さな作業を罫線1本に1項目ずつ記入する方式で、全国で推定43万冊が配布された。なお、配布先の半数以上が学校だったため、実際には児童が連絡帳の裏に落書きするための冊子として再利用された例が多い。
社会的影響[編集]
こまめは、家庭内衛生の改善だけでなく、企業統治と地域防災にも影響を与えたとされる。特に沿線の自治会では、月一回の大掃除より毎朝二分の見回りの方が排水溝の詰まりを減らしたとして、1998年に「こまめ型町内会」のモデル地区に指定された[4]。
一方で、こまめは過度な自己管理を助長する概念として批判も受けた。1996年の『家事の社会学』では、こまめが「休息を予定外の瑕疵として扱う文化」を生んだと指摘されている。また、の一部企業では、机上の付箋を毎時更新することまで評価対象となり、実務より記録が重視される逆転現象が起きた。
防災との接続[編集]
以後、こまめは「日常点検は防災の前倒しである」という理念のもと再評価された。避難経路の確保、懐中電灯の電池確認、水タンクの分割備蓄などがこまめ実践に組み込まれ、2004年にはの地域防災資料に準拠した形式で紹介された。
企業文化への波及[編集]
1990年代のオフィス改善運動では、こまめは「会議を短くし、しかし毎日やる」方式として応用された。これにより会議室の使用率は改善したが、議事録が週に31枚発生するなど副作用も大きかった。ある調査では、こまめ導入部署のコピー用紙消費量が18%増加したとされるが、これは印刷文化そのものの拡大に起因するとみる向きもある。
批判と論争[編集]
こまめをめぐる最大の論争は、そもそも生活改善か規律装置かという点にある。賛成派は「小さな手入れが大きな損失を防ぐ」と主張したが、批判派は「小さな義務を無限に増殖させる」性格を問題視した。とりわけの『週刊生活批評』は、こまめを「穏やかな顔をした統制技術」と呼び、編集部に問い合わせが殺到した。
また、起源資料の多くがの内部印刷物に依存しているため、史料批判の面でも疑義がある。1991年にはの研究会が「こまめの原典とされる文書の紙綴じが、実は戦後のホチキス規格である」と発表し、会場が一時騒然となった。それでも、生活実践としての有効性は否定しにくく、現在も地方自治体の講習会で生き残っている。
教育現場での扱い[編集]
学校教育では、こまめは「自立・協働・持続可能性」の実践例として扱われる一方、宿題の提出締切を細分化しすぎる問題も生んだ。ある中学校では、提出物を毎日1枚ずつ出させた結果、生徒の家庭でプリンター故障が相次ぎ、保護者会で議題になった。
ジェンダー論との接点[編集]
1990年代以降、こまめは家庭内労働を女性に偏らせる概念として再批判された。これに対し、こまめ再定義派は「誰がやるかではなく、誰もがやるべき最小単位の責務」と応答したが、実際には町内会長の座布団の整え方まで議論されるなど、論点が拡散した。
主要な提唱者[編集]
こまめの成立には、複数の実務家と学者が関わったとされる。中核人物のは、で衛生教育を受けた後、下町の寄宿舎で掃除の標準化を試みた人物である。一方のは、元は鉄道省の経理係であり、帳簿の誤差を減らすために「毎日少しずつの確認」を導入したと伝えられる。
ほかに、の港湾労働者向け講話を行った、配給制度下で保存食の小分け管理を提唱したなどが知られている。いずれも本来は異なる分野の人物であるが、後年の編集により「こまめ四聖人」と総称されるようになった。なお、この呼称は1970年代の文房具広告が初出であるとの指摘がある。
東京家政改良協会[編集]
1908年設立とされる民間団体で、会員数は最盛期で約1,240名であった。会合はの貸会議室で開かれ、参加者は小さな雑巾を胸ポケットに入れて出席したという。実際には資金難で年に3回しか開けなかったともされ、年次報告書の数と整合しない点が多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 加納みさを『近代家政におけるこまめ概念の成立』東京家政改良協会、1912年。
- ^ 斎藤憲一郎『生活改善と小口管理』農商務省調査局、1924年。
- ^ 田代とし『港湾衛生講話集 第三輯』横浜港務出版部、1931年。
- ^ Eleanor P. Whitcomb, "Micro-Rectitude and Household Reform in East Asia", Journal of Domestic Systems, Vol. 18, No. 2, 1958, pp. 41-67.
- ^ 『こまめ手帳解説書』厚生省生活指導課、1959年。
- ^ 村井静雄『こまめ点の社会史』日本生活学会出版、1976年。
- ^ Harold J. Keene, "The Small-Task Doctrine and Urban Hygiene", Public Order Review, Vol. 7, Issue 4, 1984, pp. 203-219.
- ^ 早川みどり『日常の統制と自由――こまめ論再考』青山社会研究所、1992年。
- ^ 北沢良介『こまめと防災の接点』内閣府地域安全資料室、2005年。
- ^ Margaret L. Sloane, "Why the Little Chores Matter More Than the Big Ones", The Quarterly Ledger of Practical Folklore, Vol. 11, No. 1, 2011, pp. 9-28.
- ^ 『こまめ史研究の現在』東京家政文化叢書、2018年。
- ^ 岡村栄『保存食の小分け管理とその誤差』日本流通史研究 第9巻第3号、2021年、pp. 112-130.
外部リンク
- 東京家政改良協会アーカイブ
- こまめ史料室
- 生活改善研究フォーラム
- 小口管理文化データベース
- 地域防災とこまめ研究所