こむぎこす
| 別名 | 粒面撹拌法(りゅうめんかくはんほう) |
|---|---|
| 分類 | 製粉化学/表面反応プロセス |
| 主な原料 | 小麦粉(品種指定あり) |
| 成立地域 | との一部 |
| 関連領域 | 食品加工、民間療法、粉塵工学 |
| 実施形態 | 樽・銅板・低温乾燥の組合せ |
| 普及時期 | 末期から中葉 |
| 論文上の初出 | 1920年代の製粉誌(とされる) |
こむぎこす(英: Komugikos)は、を微粒子化し、粒子表面に付着した成分だけを選択的に反応させるとされる、旧来の手法である。主にの地方製粉所で口伝的に運用され、のちに民間療法系の言説とも結び付いたとされる[1]。
概要[編集]
は、乾燥粉体の微粒化に加えて、「反応に使う成分だけを粉粒表面に残す」ことを重視する技法として説明される。とくに“吸湿してから戻す”工程が核であり、出来上がりの粉を「香りは残し、変質は抑える」と表現する文献がある。
一方で、同名の語が別分野にも転用された経緯が指摘されている。具体的には、民間の健康法で「こむぎこす粉」を“胃の働きを助ける粉”として扱う流れが生じ、の観点からは根拠が薄いとされる。にもかかわらず、製粉所の現場知として再生産され続けたことが、語の定着に寄与したとされる[1]。
歴史[編集]
用語の成立と、想定された“発見者”[編集]
用語の成立には複数の説があるが、最も流通した説明では、の港町で長期出荷に耐えない粉の品質問題が発端とされる。当時の製粉所では、夏場に粉が“香りだけ飛び、胃に合わない”と評される不評があり、原因が粉そのものではなく「保管中の微量成分の挙動」にあるのではないかと推定された。
そこで、(製粉所の帳場兼試験係とされる)が「粒面に残るもの」を見極めるため、粉を樽で叩き、銅板に薄く延ばし、夜間は霧状の冷気で戻すという手順を組んだとされる。記録としては“温度は19.6度、戻し時間は64分、撹拌回数は1分あたり73回”のような細かい数字が残っているとされるが、後年に作られた民間手引書からの引用である可能性も指摘される[2]。
さらに、発見者の人物像が拡張される。後続の語りでは、渡辺がの古い醸造蔵で銅板の材質違いを試したともされるが、当時その蔵に関する公的資料の存在は確認されにくいとされる。この“曖昧さ”こそが、用語を神話化する材料になったと考えられている。
工程の標準化と、想定外の波及[編集]
初期に入ると、製粉所の間で交換された手順が「粒面撹拌」として整理され、こむぎこすの作法は、(1)粉の粒度帯をそろえる篩操作、(2)撹拌による付着成分の再配置、(3)低温乾燥と“戻し”の反復、の三段として記述されるようになった。
ただし、標準化の過程で別の数値文化が生まれた。たとえばの石炭港近郊の製粉所では、戻し工程の湿度を「飽和蒸気圧の83%相当」と計算して示したとされる。もっとも、その計算がどの機器で行われたかは説明が乏しく、“温湿度記録紙が継ぎ足しされていた”という内部証言が後年に出たという[3]。
社会的影響としては、粉の品質が安定したことにより、地方の菓子職人のレシピが“こむぎこす対応”に書き換えられた点が挙げられる。たとえば周辺で広まったとされる甘い焼き菓子は、従来の小麦粉よりも“表面が馴染む”として評され、供給業者が「こむぎこす粉のみ対応」と札を掲げた例がある。結果として、粉は単なる原料ではなく“品質保証の記号”へと変質していったとされる。
批判と論争[編集]
側からは、こむぎこすが健康効果をうたう説明は過剰であるとされる。民間療法では、こむぎこす粉を一日三回・食前十七分に摂るといった指示が見られるが、その根拠は出典が示されないことが多いと批判された。
また、粉塵工学の観点からは、粉体の表面操作が必ずしも安全側に働くとは限らないとの指摘もある。粒径を細かくするほど吸入リスクが上がるため、現場では「こむぎこすは換気が命」とされ、系の指導文書に似せた張り紙が出回った時期があるとされる。ただし、当該張り紙の原本性は不明であり、“誰かがそれっぽい書式を真似た”とも言われている[4]。
一方で肯定的な立場としては、化学的な厳密さは欠けるにせよ、現場では品質が再現された点を評価する声が残っている。実験の再現性を巡っては、同名の工程が複数系統に分岐していた可能性があり、統一した定義が存在しないことが論争を長引かせたとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 中村鶴雄『粉体表面の回収操作と官能評価』製粉技術会報, 1927.
- ^ Lydia S. Wetherby『Surface Re-Arrangements in Dry Milling』Journal of Powder Chemistry, Vol. 11第2号, 1932, pp. 41-58.
- ^ 渡辺精一郎『粒面撹拌覚書(写本)』長岡製粉組合, 昭和5年.
- ^ 高橋三和『戻し工程の温湿度条件と再現性』日本食品製造学会誌, 第7巻第1号, 1940, pp. 12-27.
- ^ 佐伯冬馬『銅板材質と香気保持に関する小実験』製粉研究, 第3巻第4号, 1951, pp. 93-101.
- ^ 田村清司『地方菓子の粉選定慣行と品質保証の記号化』新潟民俗食研究, 第2巻第3号, 1968, pp. 55-73.
- ^ Eiji Kuroda『Dust-Laden Airflow and Informal Ventilation in Flour Mills』Proceedings of the International Symposium on Grain Safety, Vol. 5, 1979, pp. 210-226.
- ^ M. A. Thornton『The Myth-Making of Industrial Processes』Theoretical Folklore Studies, Vol. 18第1号, 1988, pp. 1-19.
- ^ (誤植が多いとされる)山名和也『こむぎこすの起源とその周辺(第訂版)』製粉史叢書, 1997.
- ^ 鈴木玲子『現場知の記録媒体—継ぎ足し湿度紙の検討—』食品工学レビュー, 第24巻第2号, 2006, pp. 77-96.
外部リンク
- 製粉史アーカイブ
- 地方菓子職人組合データベース
- 粉体安全の市民講座
- 民間療法用語集(一次資料風)
- 新潟製粉組合・写本目録