ごめんね おらもう事件
| 名称 | ごめんね おらもう事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 米沢市連続威力業務妨害・放火未遂事件 |
| 日付 | 1987年11月14日 |
| 時間 | 午前2時頃 - 翌日未明 |
| 場所 | 山形県米沢市 |
| 緯度/経度 | 38.915N / 140.128E |
| 概要 | 方言混じりの文面を伴う脅迫状と、複数地点での未遂的な放火・器物損壊が連続した事件 |
| 標的 | 地元商店街、共同倉庫、自治会館 |
| 手段 | 脅迫状、灯油、短波無線による偽通報 |
| 犯人 | 単独犯とみられる人物(後に自称「おらもう作家」) |
| 容疑 | 威力業務妨害、放火未遂、脅迫、建造物侵入 |
| 動機 | 地域共同体への反発と、自己表現の誇示欲によるものとされた |
| 死亡/損害 | 死者0名、軽傷2名、物的損害約1,480万円 |
ごめんね おらもう事件(ごめんね おらもうじけん)は、(62年)にので発生したである[1]。警察庁による正式名称はとされ、通称では「」と呼ばれる[1]。
概要[編集]
は、方言風の奇妙な文言を残しつつ、の中心部で連続的に脅迫と偽装放火が行われた事件である。事件名は、現場周辺に貼られた紙片の末尾に繰り返し記された「ごめんね おらもう」という一句に由来し、後年は事件そのものより文言の破壊力が独り歩きした[2]。
事件は単純な放火事件として扱われがちであるが、実際にはへの侵入、商店街への予告状、を使った偽の出火通報、さらに灯油缶の放置が連鎖した複合型のであったとされる。なお、現場に残された手書きメモは合計17枚あり、そのうち9枚がなぜか同じ筆圧で「おらもう」とだけ書かれていたという[3]。
背景[編集]
商店街の再編と匿名掲示板的空気[編集]
事件の背景には、1980年代後半の中心市街地における再開発と、旧来の商店街組合の再編があったとされる。当時、沿いの5つの小売組合が統合され、共同配送と夜間警備の費用負担をめぐって対立が生じていた。
この時期、地域の掲示板には「だれが見ても書き手が分からない」投書が増え、自治会ではそれを半ば風物詩のように扱っていたが、後に捜査関係者は、同事件の前兆としてこの匿名性の文化が利用された可能性を指摘した。もっとも、この点は直接の証拠に乏しく、地元紙でも「要出典」と但し書きが付されることがある[4]。
「おらもう」という言い回しの流行[編集]
「おらもう」は、当時の米沢周辺で高齢者の独白や自嘲を強める語として用いられていたとされるが、事件後は全く別の意味を持つ符牒として再解釈された。言語学者のは、これを「終結宣言型の方言フレーズ」と呼び、自己否定と自己誇示が同居する表現だと論じている[5]。
一方で、近隣の側の放送局が同表現を聞き違え、初報で「ごめんね、俺もう」と標準語化して報じたため、事件の印象が妙に切実なものになったともいわれる。この誤報が結果的に模倣的な落書きを誘発し、事件の拡大に一役買ったという見方もある。
経緯[編集]
発生当夜[編集]
午前2時頃、内の共同倉庫で煙が確認され、最初の通報があった。火は大規模燃焼に至らなかったが、現場には灯油を染み込ませた軍手と、達筆とは言いがたい筆跡の紙片が残されていた。
同日未明から朝にかけて、商店街の事務所、自治会館裏手、空き地の資材置場で相次いで「ごめんね おらもう」と書かれた同種の紙片が見つかり、は連続事件としてを開始した。なお、最初の段階では「放火の予告文にしては優しすぎる」と分析されたという。
遺留品と偽装の構造[編集]
遺留品として注目されたのは、着火に使われたライターではなく、むしろ現場の導線だった。犯人は複数地点に古い、乾いた稲わら、レジ袋を置き、いかにも急ぎ足で逃げたように見せかけていたが、実際には移動経路が不自然に方面へ集中していた。
さらに、商店街の受話器からは短い無言電話が3回入り、最後の1回だけ「おらもう」と吐き捨てる声が録音されたとされる。警察はこれを犯人の供述誘導用の演出とみたが、地元の老人会では「単なるど忘れだべ」と受け止められていた。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
は、の鑑識班とともに、現場10か所の紙片を照合した。紙の繊維はの文具店で流通していた安価な帳簿用紙と一致し、さらに消印のない封筒の糊成分から、旧式の郵便区画で扱われていたことが判明した。
捜査本部は当初、組合内部の対立を背景とする複数人の線を追ったが、翌週には「文体が一貫しすぎている」ことから、単独犯説へ傾いた。担当刑事のは後年、「あれは犯行というより、文章の癖が現場を歩いていたような事件だった」と回想している。
遺留品[編集]
押収品の中でも特異だったのは、灯油缶に貼られた古い銭湯の回数券であった。これにはのスタンプが押されており、犯人が下見の際に立ち寄っていた可能性が取りざたされた。ただし、のちにこの回数券は別人のものと判明し、捜査資料の末尾にひっそりと追記されただけに終わった。
また、現場近くの公衆電話ボックスの指紋から、内で印刷業を営んでいた男の関与が浮上したが、最終的にはアパートの入居歴が一致せず、誤認であったとされた。この誤認が報道を過熱させ、当時のテレビ番組では「おらもう男」として半ば怪談のように扱われた。
被害者[編集]
直接の人的被害は限定的であったが、の夜警担当だった(当時67歳)が煙を吸って軽傷を負い、商店街の配送係1名も避難中に転倒して足首をねんざした。いずれも入院は短期間で済んだが、地域の高齢者に与えた心理的影響は大きく、翌月の会合出席率は平年比で約31%低下したとされる。
また、被害者という語は本件では広義に用いられ、実際には「通報に追われた商店主」「深夜巡回を強化させられた警備員」「無意味に謝罪文を読み上げ続けた放送局」も含まれるとする整理が一部で行われた。これにより、事件は物理的損害よりも、地域の言語感覚を傷つけた事件として記憶されている。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
被告人は(63年)にでされ、では「謝りたかったが、謝る順番を間違えた」と供述した。弁護側はの計画性を否認し、精神的混乱と地域社会への誤解が重なった結果であると主張した。
検察側は、複数地点の一致した筆跡、同一の灯油銘柄、そして現場の移動距離を示す地図上の円弧をとして提出した。なお、検察官は最後に「本件は奇妙であるが、奇妙であるから無罪というわけではない」と述べ、傍聴席でわずかな笑いが起きたという。
第一審[編集]
では、被告人が商店街再編への怨恨を抱いていた事実と、深夜に実際の現場付近を何度も目撃されていた点が重視された。裁判所は8年6か月を言い渡し、放火未遂としては比較的重い量刑であると話題になった。
ただし判決文の末尾では、「被告人の残した文言が被害者の記憶に過剰な象徴性を付与したことは否定できない」と補足され、のちに法学部の教材では『言語的残響を伴う威力業務妨害事件』の例として引用された。
最終弁論[編集]
で弁護側は、事件の核心は放火ではなく「孤立の可視化」であると主張し、犯人が社会から切り離された末に奇矯な表現へ逃げたのだと訴えた。しかし裁判所はこれを情状として一定程度考慮しつつも、結果としての不安を地域に残した責任は重いと判断した。
控訴審では量刑に変更はなく、事件は形式上終結したが、米沢市内では10年以上にわたり「ごめんね おらもう」の落書きが模倣的に残り続けたため、判決以上に長い影響を持ったと評される。
影響[編集]
事件後、では夜間の自治会巡回が制度化され、共同倉庫の施錠時刻も30分前倒しされた。また、は方言を含む脅迫文の分析用に、臨時のを設けたとされる[要出典]。
文化面では、「ごめんね おらもう」は謝罪の言葉というより、諦念と暴発が同居したフレーズとして俗語化した。1990年代には学校の学級目標を締める際の冗談として用いられ、2000年代には地元の深夜ラジオで「今週の謝りすぎ賞」として紹介されるなど、事件とは別方向に奇妙な定着をみせた。
評価[編集]
研究者の間では、本件は単なる軽犯罪の連鎖ではなく、地域社会の共同体意識と自己表現の衝突を示した事件として評価されている。社会心理学者のは、犯人の言葉遣いが「罪の否認」ではなく「存在の誇示」として作用した点に注目し、事件を「謝罪の形をした自己演出」とまとめた。
一方で、地元の一部住民からは、事件の解説が妙に文化的すぎるとして反発もあった。もっとも、その反発さえも「結果的に事件を面白くしてしまった」として、事件史の皮肉な一部に組み込まれている。
関連事件・類似事件[編集]
本件の類似事件としては、で起きたとされる「りんご箱無言通報事件」や、の「夜霧の謝罪札事件」が挙げられる。いずれも方言風の文言と軽微な物的被害が結びついた点で共通しているが、いずれも犯人像の輪郭が最後まで曖昧であった。
また、比較法の領域ではの「しばれるね脅迫文事件」と並んで、地域語彙が犯罪報道に与える効果を論じる定番事例とされる。これらの事件群は、警察実務よりもむしろメディア論の側で長く引用されてきた。
関連作品[編集]
事件を題材にした書籍として、『ごめんね おらもうの夜―米沢市連続威力業務妨害事件誌』(、1994年)がある。映像化作品では、制作のドキュメンタリー番組『謝りながら火を点けた男』が1998年に放送された。
また、による舞台『おらもう、まだ言える』は、事件の再現というよりも、謝罪と共同体の関係を寓話化した作品として知られる。映画化企画も一度は立ち上がったが、題名が長すぎるという理由で配給会社が難色を示し、最終的に未制作に終わった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 片桐伸一『米沢市連続威力業務妨害・放火未遂事件捜査記録』山形県警察本部資料室, 1989.
- ^ 佐伯恒夫『ごめんね おらもうの夜―米沢市連続威力業務妨害事件誌』東北事件叢書, 1994.
- ^ 高瀬美香「謝罪表現と犯罪象徴の相互作用」『地域社会心理学研究』Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 1997.
- ^ M. A. Thornton, "Dialect and Arson Narratives in Rural Japan" Journal of East Asian Criminology, Vol. 8, No. 1, pp. 77-103, 2001.
- ^ 斎藤澄子「終結宣言型方言フレーズの機能」『国語文化論集』第23巻第2号, pp. 9-27, 1992.
- ^ 山形県警察本部編『昭和六十二年 米沢署特別捜査報告書』, 1988.
- ^ James H. Ellery, "Anonymous Notes and Community Panic" The Pacific Review of Forensic Semiotics, Vol. 4, No. 2, pp. 115-149, 2000.
- ^ 加藤里奈『地方都市における脅迫文の語用論』北日本出版, 2008.
- ^ 山本千尋「おらもう文の筆跡分析について」『鑑識科学月報』第17巻第5号, pp. 201-219, 1990.
- ^ L. W. Mercer, "A Ridiculously Polite Threat: The Oramou Case" Criminology Letters, Vol. 19, No. 4, pp. 301-318, 2012.
外部リンク
- 米沢事件史アーカイブ
- 山形地方犯罪資料館
- 地方語彙と事件報道研究会
- 東北方言セミオティクス協会
- 昭和事件ジャーナル