さきさのばし
| 分類 | 文書工学、予測補正技法 |
|---|---|
| 起源 | 明治末期・東京市 |
| 主な用途 | 電報、時刻表、官庁文案、演説原稿 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎とされる |
| 中心機関 | 内務省文案調整局 |
| 関連規格 | さきさ基準第3版 |
| 流行期 | 大正末期 - 昭和30年代 |
| 現代的継承 | メール下書き補正、会議録先読み |
さきさのばしは、において送信前の文書を数段階だけ先に伸ばしておくための予備処理である。もとは末期ので、検閲を避けるために考案されたとされ、のちにの時刻表編成やの電報文案にも応用された[1]。
概要[編集]
さきさのばしは、文章や予定、進行表の末尾をあらかじめ先へ押し出すことで、後続の修正や追記に耐えやすくする技法である。表向きは単なる事務処理に見えるが、とが急拡大した初頭のにおいて、遅延と差し戻しを前提にした文書設計として発展したとされる。
この技法では、書き出しよりも結論の位置を先に確保し、本文の一部を余白へ逃がす。実務上は「三行先伸ばし」「四割繰越し」などの手順があり、の内部資料では、誤字訂正率を月平均で17.4%低下させたと記録されている。ただし、この数値は後年の編集で過大に整えられた可能性があると指摘されている[2]。
名称[編集]
「さきさのばし」という語は、当初はの写字生のあいだで使われていた隠語であり、「先に、先へ伸ばす」という意味の反復表現が短縮されたものとされる。語頭の「さきさ」は、旧式の速記で用いられた接頭的な掛け声に由来するという説が有力である。
なお、期の会報では、「咲き差し伸ばし」とする異表記が一度だけ現れるが、これは編集担当のが花見帰りに誤植したものではないかと半ば冗談めかして論じられている。もっとも、後世の研究者はこの誤植をきっかけに、視覚的な余白設計を重視する流派が生まれたと見ることもある。
歴史[編集]
成立[編集]
さきさのばしの成立は、頃の下の郵便電信局に遡るとされる。当時、電報文の書式は短く、しかも差戻しが頻発していたため、下書きの段階で末尾を仮置きする慣行が自然発生した。これを体系化したのが、文案整理係ので、彼は「結論の未来確保」と呼ぶべき方法を提案した[3]。
渡辺はで統計学を学んだのち、の文案室に配属され、1日平均84通の電報案を処理していたという。彼の日誌には、長文よりも「後ろが伸びる文」のほうが上司の朱が入りにくいと記されているが、原本の所在は確認されていない。
普及[編集]
の後、臨時の連絡文書が大量に発生すると、さきさのばしは救援連絡の定型技法として半ば公認された。とくに周辺の仮設事務所では、配給表や宿泊名簿の末尾を余白で延長し、到着者数の変動に即応したとされる。
初期にはが時刻表の改版作業に応用し、列車名の右側に「予備終着欄」を設ける方式が採られた。これにより、ダイヤ改正のたびに活字を組み直す回数が年間23回から11回に減少したと記録されるが、実際には印刷所の人員増加による効果が大きかったともいう。
制度化と衰退[編集]
、の事務連絡要領において、さきさのばしに類する「先置き補正欄」が正式に導入され、官庁文書の一部で標準化が進んだ。これを受けて、民間でもやの広告原稿に採用され、手戻りの少ない文面作成術として広がった。
しかしにワープロが普及すると、余白を物理的に先へ伸ばす必要が薄れ、さきさのばしは急速に影をひそめた。もっとも、現在でも議事録の「締切前倒し欄」や、メールの下書き保存習慣にその痕跡が残るとされ、の調査では、課長級職員の38.2%が無意識に類似手法を用いているとの結果が出ている[4]。
技法[編集]
さきさのばしには、主に三つの方式がある。第一は「段差式」で、本文の最後の2行を意図的に空け、追加情報のための斜めの余白を作る。第二は「折返し式」で、締めの文句を次ページに逃がし、文書の重心をずらす。第三は「逆算式」で、先に結論だけを書き、その後に理由を継ぎ足していく。
実務上のコツとしては、句読点の位置を微妙にずらすこと、数字を漢数字と算用数字で二重管理すること、また固有名詞をひとまずで置くことが推奨された。とくにの商工会議所では、返品通知書の作成において「7.5割の完成を3回維持する」ことが理想とされたというが、これは当時の事務長が職人芸を誇張した結果とも考えられている。
社会への影響[編集]
さきさのばしは、単に文書の作法にとどまらず、組織文化にも影響を与えた。会議で結論を急がず、あえて途中で止めることで合意形成の余地を残すという発想は、戦前のだけでなくやの教授会でも好まれた。
また、商習慣にも波及し、見積書の末尾に「価格改訂の可能性あり」を置く慣行は、さきさのばしの応用例として知られている。の印刷業者の記録には、これによって再校率が月12件から4件に減ったとあり、営業担当の移動距離も平均で1.8km短くなったという。もっとも、こうした改善の大半は、単に担当者が残業を覚悟しただけだとも言われる。
批判と論争[編集]
さきさのばしには、初期から批判も多かった。とりわけのは、文書の先送りが責任の所在を曖昧にし、誤配や誤解を招くと警告していた。彼はの講演で「伸ばされた末尾は、しばしば意思決定の墓標となる」と述べたとされるが、講演録の一部は後に削除されたという。
一方で、実務家の側からは、さきさのばしがむしろ透明性を高めるとの反論もあった。つまり、修正余地を明示することで、書き手が未確定事項を隠さずに済むというのである。ただしの報告書は、同手法を多用した部署ほど「締切直前の静寂」が長くなる傾向を示しており、これが会議室の空調故障と相関する可能性まで指摘している[5]。
現代的継承[編集]
インターネット時代に入ると、さきさのばしは明文化された技法というより、行動原理として生き残った。SNSの予約投稿、クラウド上の下書き保存、プレゼン資料の差し替え前提設計などは、その遠縁とみなされることがある。
のあるでは、さきさのばしを「未来の編集者に対する礼儀」と定義し、学生に対して原稿の末尾を3層に分けて書かせる訓練を行っている。なお、同研究所の公開講座では毎回なぜか参加者が12名を超えないが、これは会場がやや分かりにくいの裏手にあるためだと説明されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『先置き文案論』内務省文案調整局, 1912年.
- ^ 青木真澄『行政文書における余白の政治学』東京法令出版, 1932年.
- ^ 佐伯千鶴『さきさのばしと鉄道時刻表の改訂史』鉄道研究会, 1958年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Anticipatory Drafting in Imperial Japan", Journal of Comparative Bureaucracy, Vol. 14, No. 2, pp. 88-117, 1976.
- ^ 中村嘉一『先伸ばし技法の実務と礼法』丸善文庫, 1964年.
- ^ H. L. Beaumont, "Margins Before Meaning: A Study of Sakisano-Bashi", Office Systems Quarterly, Vol. 9, No. 4, pp. 201-229, 1981.
- ^ 杉浦久蔵『咲き差し伸ばし会報抄』日本文書学会出版部, 1926年.
- ^ 田島玲子『下書き保存文化論』勁草書房, 1998年.
- ^ 河合俊介『文書の未来余地と官庁作法』有斐閣, 2007年.
- ^ Eleanor P. Wicks, "The Three-Line Delay and Its Municipal Applications", East Asian Administrative Review, Vol. 22, No. 1, pp. 15-41, 1995.
- ^ 『さきさ基準第3版 解説と運用』中央事務規格協会, 1961年.
外部リンク
- 日本文書工学アーカイブ
- 官庁余白史研究センター
- さきさのばし資料室
- 鉄道文案年報データベース
- 東洋事務文化図書館