しりとり症候群
| 正式名称 | しりとり症候群 |
|---|---|
| 別名 | 語尾連鎖過敏症、音韻連鎖反射 |
| 分類 | 言語行動障害、遊戯起因性症候群 |
| 初報 | 1934年(昭和9年) |
| 提唱者 | 渡会正彦、Eleanor P. Whitcomb |
| 主な発生地 | 東京、名古屋、札幌の児童館 |
| 特徴 | 語尾の一致への強迫的反応、連想の暴走、会話の長文化 |
| 関連現象 | 回文嗜好、早口遊戯、言い換え強迫 |
| 診断基準 | 三回連続で語尾接続を試みること |
| 学会登録 | 日本遊戯神経学会暫定目録 |
しりとり症候群(しりとりしょうこうぐん、英: Shiritori Syndrome)は、会話中に語尾の連鎖が過剰に優位となり、意味内容よりも音韻接続を優先して発話が進行する状態を指す上の症候群である。主にの児童文化研究との周辺で語られてきたが、その起源には初期のにおける集団遊戯実験があるとされる[1]。
概要[編集]
しりとり症候群は、会話の文脈が急速に薄れ、発話者が相手の言葉の末尾に執着して次々と単語を接続してしまう現象である。研究上はの副産物として扱われることが多いが、実際には後の言語復興事業の中で偶発的に確認されたとされる[2]。
この症候群は、単なる遊びの熱中ではなく、一定の条件下での抑制機能よりも韻律処理が優勢になる状態として説明される。また、患者は自覚的には会話をしているつもりであるにもかかわらず、周囲からは「なぜそこから『りんご』へ行くのか」と困惑されることが多い。なお、診断名が定着したのはの年次報告以後とされる[3]。
歴史[編集]
昭和初期の観察例[編集]
最初の記録は、下谷区の私設児童館で行われた「語尾連鎖耐性試験」に遡るとされる。記録担当の渡会正彦は、被験児28名のうち9名が15分以内に通常会話を放棄し、代わりに「さかな→なす→すいか→かまきり」といった連鎖を自発的に継続したことを報告した[4]。このとき、連鎖の終点が「り」に偏る児童が異常に多かったため、渡会は便宜上これを「しりとり型反応」と呼んだという。
同時期、の言語病理学者 Eleanor P. Whitcomb が来日し、の児童公園で観察を行った。Whitcombは、被験児が公園の看板を見ただけで「こうえん→んま」と応じた逸話を残しているが、これは後年「要出典」とされた最初期の怪異な記録として有名である。
戦後の学会化[編集]
戦後になると、の構内に設けられた臨時研究室で、しりとり症候群は「遊戯性言語脱線症候群」の一亜型として整理された。研究班は1951年から1954年までに計412件の会話ログを採取し、そのうち実に37%が「最初は雑談、末尾は果物名の連鎖」で終結していたと報告した[5]。
この時期に提唱された「語尾優位仮説」は、発話の意味ネットワークよりも終末音素の反復が快感をもたらすとするもので、当時の批判者からは「幼稚園の遊びに理論をつけただけ」と揶揄された。しかし、研究班の主任であった山田澄江がラジオの教育番組で実演したところ、放送後2日間で全国から83通の同種報告が寄せられ、議論は一気に加熱した。
制度化と流行[編集]
には、の非公式助言機関である「言語遊戯観測会議」が、しりとり症候群を学校保健上の観察対象に含めるよう示唆したとされる。これにより、全国の小学校で「授業中に『ん』を出した児童を過剰に追い詰めないこと」という緩やかな指導が広まった。
一方で、では症候群を逆手に取った商業利用が始まり、百貨店の屋上遊園地で「しりとり克服講座」が開催された。1回45分、参加費180円、定員24名という妙に細かい設定であったが、実際には講座の半分が景品付き連鎖大会で占められていたため、参加者の再発率がむしろ上昇したとされる[6]。
症状[編集]
典型的な症状は、会話の末尾に過敏となり、相手の語尾を聞いた瞬間に別の単語へ飛びつくことである。初期には笑いを伴うが、進行すると本人が「つぎは『し』だ」と独り言を発しながらメモ帳に単語列を延々と書き込むようになる。
また、重症例では「りんご」「ごま」「まくら」など、生活圏の物品がすべて接続候補として知覚される。ある報告では、のバス運転手が終点アナウンスを聞いた瞬間に「てん→ん」と呟き、約11秒間にわたり無言のままハンドルを握り続けたという[7]。
症状は夕方から夜間にかけて悪化しやすいとされ、特に空腹時と試験前に顕著である。なお、患者の中には「しりとりをしている記憶がないのに、机の引き出しから単語帳が32冊出てきた」と訴える者もおり、臨床家のあいだでは「無自覚型連鎖痕跡」と呼ばれている。
原因[編集]
音韻報酬説[編集]
有力とされるのは、脳が語尾一致を小さな達成報酬として誤認するという音韻報酬説である。これによれば、会話のたびに微小な成功体験が積み重なり、系が過剰に反応することで連鎖欲求が形成されるという。
の仮説班は、被験者19名に対して「ん」で終わる単語を7分間だけ聞かせる実験を行い、その後の自由連想テストで平均2.8倍の連鎖語を産出したと報告した。ただし、再現実験では数値が1.6倍まで低下しており、統計上の揺れが大きいことから、今なお議論が続いている。
社会的感染説[編集]
もう一つの説は、家庭・学校・職場などの小集団で、しりとり症候群が模倣的に感染するというものである。特にの団地生活では、夕食後の暇つぶしとしてしりとりが頻繁に行われ、同居家族のうち誰か1人が発症すると、翌週には近隣の子ども全員が似た症状を示したという。
港北区のある調査では、1棟54戸の集合住宅で、1か月以内に16世帯が「冷蔵庫の前で連鎖を始める」という共通行動を示した。これは日本語の語彙密度よりも、団地内の掲示板文化が症状の維持に寄与したためと説明されている。
診断[編集]
診断は、標準化された「語尾連鎖誘発面接」によって行われる。検査者が15語の刺激語を提示し、被験者がそのうち10語以上を末尾音で連結しようとした場合、臨床的に陽性とされる[8]。
また、補助指標として「会話中の『あ、今のなし』発言回数」「ノートの端に書かれた単語列の長さ」「『ん』回避のために名詞を言い換えた回数」などが用いられる。日本言語遊戯学会では、3分間で末尾連鎖を7回以上中断した者を「境界例」と呼ぶが、実地ではほとんど全員が境界例に見えるため、判定はやや運用的である。
なお、診断室に丸い椅子を置くと連鎖傾向が9%上昇するという報告があり、現在でも一部の研究施設では角張った机しか使用しない。これは被験者が「まる→るすばん」と言い出すことを防ぐためである。
社会的影響[編集]
しりとり症候群は、単なる珍しい症状としてではなく、戦後日本の教育・遊戯・放送文化に広く影響したとされる。小学校の国語教育では、語彙拡張の訓練として半ば公認され、1960年代の学習雑誌には「しりとりが得意な子は作文が伸びる」とする広告が頻出した。
一方で、地方自治体の会議が長引く原因としても知られ、のある町議会では、議員2名が質疑応答の最中に語尾連鎖へ逸脱し、議事録に「以下、約17分間の単語接続あり」とだけ記された例がある。これにより、会議室に時計を3つ置くことで症状を抑える運用が普及した。
また、1970年代には民間企業が「しりとり耐性」を新入社員研修の一項目に取り入れ、営業職候補者に対して20語連鎖を制限時間90秒で行わせる試験が行われた。合格者の成績は必ずしも高くなかったが、採用担当者は「話がそれても戻ってこられる人材」として評価したという。
批判と論争[編集]
しりとり症候群研究には、当初から「遊びを病名化しているだけではないか」という批判が存在した。特にの大会では、症候群の存在そのものが、成人研究者による郷愁の産物だとする発表がなされ、会場が半ばしりとり合戦になったことで有名である。
また、患者団体の一部は、症候群という呼称が過度に病理化を促すとして、「音韻連鎖傾向」との中立的表現への変更を求めた。しかし、新聞見出しとしては後者が地味すぎるため、報道機関はほぼ全て旧称を使用し続けた。なお、厚生省の内部文書には「実害は少ないが、教育現場の秩序をやや揺らす」との一文があり、これが最も冷静な評価として引用されることが多い[9]。
加えて、1986年に内の民間クリニックが「しりとり症候群専門外来」を開設したところ、初月で来院者の4割が冷やかし、3割が地域の小学生、残り3割が研究者であったため、外来は半年で自然消滅した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会正彦『語尾連鎖行動の観察』日本遊戯学会誌 第3巻第2号, 1935, pp. 41-58.
- ^ Eleanor P. Whitcomb, "Shiritori-like Responses in Urban Children," Journal of Play Linguistics, Vol. 2, No. 1, 1936, pp. 11-29.
- ^ 山田澄江『戦後児童会話における末尾接続現象』中京社会言語研究所報 第8号, 1954, pp. 77-103.
- ^ 日本言語遊戯学会 編『しりとり症候群暫定診断指針』学術資料集, 1952, pp. 4-19.
- ^ H. K. Leighton, "Terminal Phoneme Reward and Repetition," Proceedings of the East Asian Neuroplay Conference, Vol. 5, 1961, pp. 201-218.
- ^ 渡辺精一郎『団地生活と遊戯性言語の拡散』都市文化出版社, 1969, pp. 133-151.
- ^ M. A. Thornton, "On the Accidental Therapeutics of Word-Chain Games," The British Review of Recreational Medicine, Vol. 14, No. 3, 1972, pp. 88-97.
- ^ 厚生省言語遊戯観測会議『学校保健における語尾連鎖対応メモ』内部資料, 1968, pp. 1-12.
- ^ 田宮ひとみ『しりとり症候群の社会病理学』遠景書房, 1981, pp. 205-239.
- ^ 鈴木良輔『なぜ「ん」で終わるのか――末尾回避の文化史』ことば社, 1990, pp. 66-74.
外部リンク
- 日本言語遊戯学会アーカイブ
- 国立語尾連鎖資料館
- 東京児童文化研究センター
- しりとり症候群研究会
- 音韻遊戯データベース