そせいふ
| 分野 | 会計慣行・地方制度運用 |
|---|---|
| 主な対象 | 小規模公共事業・共同体運営 |
| 成立時期(推定) | 江戸後期〜明治初期にかけて |
| 別名 | 草種会計(そうしゅかいけい) |
| 特徴 | 現金よりも「作業日誌」を基礎にする |
| 関連領域 | 監査実務・帳簿統一運動 |
| 現代での扱い | 用語としては散発的に残るとされる |
そせいふ(英: Soseifu)は、体裁上は「草種(そうしゅ)」に由来すると説明される民間の会計慣行である。特にの地方自治体の周辺で、収支の記録方法そのものとして知られてきた[1]。
概要[編集]
は、数字の正確さではなく「数えるための順番」を重視する会計慣行として語られている。表面上は“作業の種(草種)を育て、収支に反映させる”という説明が付されるが、実態としては帳簿の読み替え作法(監査耐性)として機能してきたとされる。
成立の経緯は、地方の共同体が増えたのに対し、専門の会計人が不足したことに求められると説明される。そこで、を先に確定し、その日誌から支出項目を「後付け」する流儀が広がった。この方式は、記録の痕跡を分散させることで、後年の検査においても説明が立つよう設計されたとも指摘されている[2]。
その後、系の地方事務に接続される形で呼称が整えられたとされるが、同時期の記録様式が統一されたわけではない。むしろ地域差が固定化し、結果として「そせいふ流」「そせいふ改」などの派生が生まれたとされる。なお、語源は「総成費(そうせいひ)」の変形だという説もあるが、確証は乏しいとされる[3]。
成立と起源[編集]
草種会計の“数学以前”の誕生[編集]
そせいふが最初にまとまったのは、の小領域で「用水普請の配分」をめぐる揉め事が連発したことが契機とされる。伝承では、用水を引く作業の一部が季節により遅れ、その遅れが“誰がサボったか”の争点になったとされる。
そこで、作業を「開始」「維持」「終結」の3段階に切り分け、さらに各段階を「種まき→芽→収穫」の比喩で記録する方式が採られたとされる。ここで肝とされたのが、金額の合計を最後に出すことである。帳簿上、支出の数値は原則として“先に確定できない”ものとして扱われ、代わりにとの記号が先行して固定されたという[4]。
この段階で、数値の整合よりも「説明の筋」が優先されたとされ、後の監査ではそれが“強み”になったといわれる。なお、最初期の帳面は内の古文書館で一部が複製公開されたとされるが、実物の所在は複数説に割れている。やけに細かい点として、記録では作業日誌の見出し欄に「天候印(虹・霧・風)」を合計で10種類まで記すとされていたという[5]。
内務省文書と“監査耐性”の作法[編集]
明治初期、会計担当者が巡回する度に記録の解釈が変わることが問題になったとされる。そこで周辺の地方官向け通達を“便利に読む”ためのマニュアルとして、そせいふは整理されたと説明される。
その整理で採用されたのが「検査者が迷う箇所を、先に仕様化する」という方針である。具体的には、現金出納の行に相当する部分を「日誌採番(にっしさいばん)」とし、日誌番号(例: 第17号〜第29号)の連続性を監査の入口にする。つまり金額の矛盾は、番号の整合の手前に押し込められる設計だとされる。
この作法はに対して“耐える”と言い回され、巡回監査で最初に聞かれる質問(いつ・誰が・どの天候で)に対して、日誌側が先に答えを用意しているためだと説明された。さらに、帳簿の余白に「疑義は記載せず、日誌に返す」旨の定型文が書き足され、後の改訂でも踏襲されたという[6]。
ただし、当時の地方官の多くはこの定型文を公式の様式だと勘違いしたとされる。その誤解が普及の速度を上げたとも指摘され、結果として「そせいふ=一種の公定様式」という誤認が生じた。なお、誤認を招いた最大の理由は、通達の別紙に印字ミスで「総成費」と「草種会計」が混在していたためだという説がある[7]。
社会的影響[編集]
そせいふは、会計の透明性を高めたのではなく、説明可能性を高めたことで注目されたとされる。つまり、数字が説明できない場面でも、作業日誌の連鎖として“筋”を作れる点が評価された。
地方の共同体においては、出資者が少額でも参加しやすくなったと語られる。出資は金額よりも「どの段階(開始・維持・終結)に寄与したか」で評価されるためである。たとえばの小規模な河川修繕では、参加者の貢献を「芽の週」「収穫の週」と呼び、帳簿上はそれが記号に変換されたという。しかも記号は3種類だけではなく、霧が多い月に限って“芽の上書き”を許す例外があったとされ、例外扱いの割合が「年間のうち17.3%」という妙に具体的な記録が残っているとされる[8]。
一方で、そせいふは新しい利権の温床にもなった。日誌番号と天候印が先に確定されるため、記録を操作できる人間が“鍵”を握るからである。実務では、帳簿係と日誌係が別人である場合、口頭の指示が増え、結果として不正が起きる余地が広がったという指摘がある。
さらに、都市部の監査官が地方の慣行に慣れていないと、そせいふの意味が伝わらず誤解が生じた。誤解を減らすために、の研修所で“そせいふ読解講座”が開催されたとする証言もあるが、公式記録が確認できていないとされる。講座では、日誌の天候印を読み取る練習として、虹を示す印が「右上がり」「右下がり」の2種類に分岐する、と教えたという[9]。
批判と論争[編集]
そせいふには、透明性が低いという批判が繰り返し投げられた。形式的に整っているように見える一方で、数字の確定タイミングが後ろ倒しになりやすく、結果として債務や未払いの所在が曖昧になるからだとされる。
特に論争の中心は「作業日誌の完全性」であった。日誌が存在するかどうかは、紙の保管状況に依存する。災害や保管移管の混乱があると、そせいふは“説明の道具”として強く働いてしまい、会計監査が追認せざるを得ない局面が出たと指摘されている[10]。
また、そせいふを導入した自治体では、出納担当が責任回避できるという観点から批判されたとされる。鍵は、日誌側に疑義が吸収される設計である。疑義があるなら数字ではなく日誌を見よ、という構造が、結果として説明の負担を監査側に転嫁したと語られた。
この批判に対し、擁護派は「監査は現場の筋を読むべきであり、合計だけを見るのは誤りだ」と反論した。ここから、そせいふの評価は二分されたとされ、最終的に“慣行としての価値”と“制度としての危うさ”が並立する状態になったという[11]。
用語・具体運用例[編集]
帳簿の読み替え:第17号から始まる世界[編集]
そせいふ実務では、帳簿は原則として第17号の記帳から開始するとされる。理由は「第1号〜第16号は、存在していたとしても監査の対象外にされやすい」ためだという。もちろん公式には否定されるが、当事者の証言として残るという[12]。
読み替えの手順は、(1)作業日誌の採番を確定、(2)天候印の分類を転記、(3)出来高記号を“後から”数値に換算する、という順序で説明される。ここで、出来高記号は3分類(芽・維持・収穫)だが、保守的な運用ではさらに「芽の遅延」欄が別枠になるとされる。
さらに、換算表には例外条件が細かく書かれるとされる。たとえば“霧が多い場合は維持の週を0.8倍扱いにする”などである。ある地方資料では、この倍率が「0.800 ± 0.003」と書かれていたとされるが、これは誤植なのか運用のゆらぎなのか、解釈が分かれている[13]。
組織間の接続:自治体・農協・倉庫係の三角形[編集]
そせいふは単独の会計ではなく、周辺組織との接続で成立したとする見方がある。具体的には、自治体の出納係、の記録係、そして物資の保管を担当する倉庫係の三者が“日誌を基準に”合意することで、会計の整合が保たれたとされる。
この三角形は、責任の所在を曖昧にするというより、逆に責任を“連鎖化”する発想だと説明される。たとえば倉庫係の署名が揃わない場合、出納係は数値を確定しない。しかし確定しないままでも、日誌の採番が揃うことで事後の追認を可能にしたとされる。
なお、倉庫係の署名欄には、よく似た二人の担当者の混同を避けるために「印章の向き」を指定した例があるという。報告では「印章は北向きで押す」とされ、方位がずれると監査官が“整合不良”として扱う、という運用上の暗黙ルールがあったとされる[14]。
このルールがいつ導入されたかは不明だが、の倉庫台帳の写しに残る手書きの注記が根拠だとされている。とはいえ、その台帳がそせいふの“公式”の根拠なのか、単なる内部メモなのかは争点である。要出典になりそうな点として、注記には「北向きは磁北ではなく真北」とも書かれていたという[15]。
関連項目[編集]
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『草種会計と地方運用の記録学』早川文庫, 1912.
- ^ Margaret A. Thornton『Accounting as Narrative: The Soseifu Pattern in Local Audits』Harbor University Press, 1934.
- ^ 佐久間良輔『監査官が迷う欄の作り方(増補版)』東京府書院, 1908.
- ^ 伊藤克巳『天候印と出来高:日誌基準会計の実態』明治学院紀要, 第3巻第2号, pp.41-63, 1921.
- ^ R. H. Delacroix『Field Journals and Post-hoc Figures』Journal of Municipal Records, Vol.12 No.4, pp.201-229, 1951.
- ^ 中村貞次『総成費と呼ばれた帳簿』地方制度研究会, 1919.
- ^ 小林すみ『そせいふ流・採番の論理』監査実務研究, 第7巻第1号, pp.10-38, 1932.
- ^ 鈴木一郎『倉庫係署名の向き問題』倉庫学会報, 第2巻第6号, pp.77-89, 1938.
- ^ William H. Carter『The Myth of Transparency in Prewar Local Accounting』New Chronicle of Auditing, Vol.9 No.1, pp.3-29, 1960.
- ^ 田中伸介『内務省通達の読み替え術』官庁史料叢書, pp.118-147, 1915.
外部リンク
- 地方帳簿アーカイブ
- 監査読解サロン
- 草種会計資料庫
- 日誌採番研究会
- 倉庫台帳の森