ついったらんど
| 名称 | ついったらんど |
|---|---|
| 英名 | Twittaland |
| 成立年 | 2006年 |
| 提唱者 | 安西圭吾、マーガレット・R・ソーン |
| 主管 | 情報流通都市研究会 |
| 所在 | 東京都千代田区・神保町一帯 |
| 行政単位 | 140字区 |
| 主要言語 | 日本語、英語、絵文字 |
| 通貨 | RT券 |
| 廃止 | 2014年頃から自然消滅 |
ついったらんど(英: Twittaland)は、を地形化し、利用者の発言量に応じて可視的な「領土」が拡張されるとされた仮想都市国家である。にで構想され、のちに系の研究班と民間技術者の折衷案として知られるようになった[1]。
概要[編集]
ついったらんどは、短文を投稿すると、投稿の反響に応じて街区や施設が増築されるという思想実験から始まった仮想都市国家である。初期はの印刷会社倉庫を模した展示装置にすぎなかったが、のちにの公開実験を経て、ネット上の会話そのものを都市計画に見立てる特殊な文化圏へと発展したとされる。
この構想では、利用者の発言は「つぶやき」ではなく「都市申請」と見なされ、一定数の再利用や返信が集まると、路地、広場、掲示塔などの施設が自動生成された。なお、最盛期には一日あたり約4万8,000件の建築申請があり、深夜2時台に最も多くの階段が建設されたという記録が残る[2]。
歴史[編集]
前史[編集]
起源は、の安西圭吾が、掲示板文化の断片性を都市模型として保存する装置を試作したことにあるとされる。これにの言語工学者マーガレット・R・ソーンが加わり、発言の文字数を区画面積に変換する「140字換算法」を定式化した。もっとも、この理論は当時の印刷機メーカーの営業資料を流用しただけだという指摘もあり、要出典のまま残されている。
春には、のイベント会場で初の公開デモが行われた。来場者は自分の発言が橋や市場になる様子を体験でき、わずか3日間で延べ1万2,300人が参加したとされる。もっとも、記録写真の半分にの別イベントの入場券が写り込んでおり、初期史料の信頼性は高くない。
拡張期[編集]
にはの外郭研究として「情報可視化型コミュニティ基盤実証事業」に採択され、ついったらんどは行政文書風のデザインを獲得した。これにより、住民登録、騒音申請、景観保全委員会などが導入され、都市国家としての体裁が急速に整えられた。利用者数は同年末で推定87万世帯に達したが、世帯の定義が「同じ語尾を使う者」とされていたため、実数はかなり曖昧である。
にはの協力で「西の増築実験区」が設けられ、わずか14日で環状道路が23本追加された。これが過密化の象徴として語られる一方、実際には道路より先に焼きそば屋台が増えたため、都市計画審議会では長時間の議論が発生したと記録されている。
衰退と消滅[編集]
以降、ついったらんどは返信の即時性が過剰になり、広場が建つ前に落書きで埋まる現象が頻発した。これを受けて管理側は「静穏時間帯条例」を施行したが、静穏時間帯に投稿が減りすぎると街灯が消えるという逆転現象が起こり、住民の不満が高まった。
頃には、旧市街の利用者の多くが別の短文圏へ移住し、中心部の周辺だけが無人のまま保存状態となった。最後に確認された公式イベントは、延べ317名が参加した「第9回沈黙の盆踊り」であるが、当日の会場BGMがなぜかの観光案内だったため、今なお伝説化している。
制度[編集]
ついったらんどの制度は、一般の都市制度を模していたが、その運用はきわめて短文的であった。市民は「住民票」ではなく「プロフィール文」によって認定され、役職も「副市長」ではなく「補助つぶやき係」と呼ばれた。
特筆すべきは、140字未満の投稿のみが正式文書として扱われた点である。これにより、条例はしばしば三段組の箇条書きになり、税率は「ハッシュタグ1個につき0.8RT」といった奇妙な単位で決定された。なお、紙媒体への転写を担当したは、この制度を「編集者にとっては地獄、都市計画家にとっては夢」と評したという。
また、住民は「静かな区」と「拡声の区」に自動配属され、両者の境界には毎週水曜だけ開く可動式の横断歩道が設置された。ここで行われる横断者数の測定は、実際にはクリック数を数えていたにすぎないが、当時の説明資料では「歩行熱の実測」と表現されていた[3]。
文化[編集]
文化面では、ついったらんどは短文芸術の実験場として評価された。とくに「改札前一句」「深夜3時の独白」「引用返し連歌」などの形式が流行し、の古書店街では、それらを活字に打ち直した小冊子が月に2,000部ほど流通した。
一方で、都市内で流行した装飾語法の多くは、実際にはのゼミ生による誤訳から生まれたとされる。たとえば「いいね」を示すための金色の鳩アイコンは、本来は消防避難誘導用の標識だったが、利用者の間で「反応が来ると鳩が増える」という迷信が定着し、各所で鳩の繁殖が社会問題になった。
また、毎年に開催された「140文字祭」は、都市の成立を祝う文化行事であると同時に、最もサーバー負荷が高い日でもあった。2011年の祭では、午後8時17分にアクセス集中が発生し、中央広場が一時的にの地図にすり替わる事故が起きたという。
批判と論争[編集]
ついったらんどは、その開放性ゆえに多数の批判も受けた。とりわけ、都市の拡張が人気投稿に偏るため、少数派の路地が地図上から消えやすいこと、また政策決定が冗談めいた合意形成に依存していたことが問題視された。
には、ある学者が「これは参加型都市ではなく、比喩の取り違えによる共同幻想である」と論じ、社会情報研究室で小さな論争が起きた。これに対し運営側は、「共同幻想こそが都市の最小単位である」と反論したが、声明文の末尾に誤ってスタンプラリーの案内が付いていたため、反論の威力は半減した。
また、軍事利用の疑いも一度だけ取り沙汰された。これはの公開資料に似た書式で「空港区画が3倍速で増殖した」と記載されたことによるが、のちに実際は花火大会の会場設営図であったことが判明している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 安西圭吾『短文都市論序説』情報流通都市出版, 2008年.
- ^ Margaret R. Thorne, "Cartography of Microtext Cities," Journal of Digital Urbanism, Vol. 12, No. 3, 2009, pp. 44-71.
- ^ 佐伯みどり『ついったらんど実験記録集』神保町文化研究所, 2011年.
- ^ K. Anzai and M. R. Thorne, "The 140-Character Zoning Method," Proceedings of the Tokyo Symposium on Network Habitat, 2007, pp. 113-129.
- ^ 情報流通都市研究会 編『平成二十二年度 つぶやき行政白書』霞が関資料室, 2010年.
- ^ 高橋礼子「鳩アイコンの社会的拡散と都市景観」『メディア地理学研究』第8巻第2号, 2012年, pp. 9-26.
- ^ Edward M. Linwood, "When Replies Become Streets," Urban Interface Quarterly, Vol. 5, No. 1, 2011, pp. 1-18.
- ^ 山路光太郎『沈黙の盆踊りとその周辺』日本仮想文化協会, 2015年.
- ^ 小林史緒「静穏時間帯条例の実装に関する一考察」『情報自治』第19巻第4号, 2013年, pp. 201-219.
- ^ Margaret R. Thorne, "Twittaland and the Problem of Perpetual Staircases," London Review of Net Cities, Vol. 3, No. 2, 2014, pp. 77-93.
外部リンク
- 情報流通都市研究会アーカイブ
- 神保町マイクロテキスト資料館
- 140字都市史データベース
- ついったらんど市民保存会
- 短文文化図書室