ですため構文
| 分類 | 文章技法・文体傾向 |
|---|---|
| 主な用途 | 説明文・案内文・稟議用メモ |
| 構文の核 | 「です」+「ため(〜するため)」の連結 |
| 出現媒体 | 窓口案内、広報文、教育資料 |
| 特徴 | 論理の“納得感”を先に供給するとされる |
| 関連概念 | クッション断定、丸め込み因果 |
| 注目の契機 | 2000年代後半の行政文書改善会議 |
| 研究状況 | 用語としての定義は揺れている |
(ですためこうぶん)は、丁寧語の「です」に続いて断定の「ため(〜するため)」を連結し、文章に“安心してしまう論理”を作るとされる日本語の文章技法である[1]。言語学界では半ば俗称として扱われつつも、ビジネス文書や自治体広報での使用が観測される[2]。
概要[編集]
は、「結論(断定)を急がず、まず“です”で受け手の心理を整え、その直後に“ため(〜するため)”で理由を差し出す」書き方だと説明される。表面上は丁寧でありながら、実際には因果関係が薄い場面でも“理由があるように読めてしまう”点が特徴とされる[1]。
そのため、言語学的には統語よりも語用論(話し手の意図)に属する現象として扱われることが多い。一方で、自治体の研修資料や民間の文章講座では「説明が通りやすくなる魔法の型」として紹介されることもある[2]。
なお、名称は学術的に確立したものではなく、ネット論壇や社内Slackの雑談から“たまたま定着した呼び名”として語られている。ただし、その起源を「窓口業務の省人化計画にさかのぼる」とする逸話がしばしば引用される[3]。
成立経緯[編集]
起源:窓口改善の“納得率”設計[編集]
の前史は、内の公共窓口に導入された「納得率計測」プロジェクトにあるとされる。この計測は、問い合わせ対応の最後にアンケートを出し、「理解した」と答える割合を四半期ごとに集計する方式であった[4]。
プロジェクトを主導したのは、当時のの下に置かれた文書品質チーム「行政コミュニケーション最適化室(通称:コミ最室)」であるとされる。議事録には、文章を“人格”として扱う発想があり、「“です”で受け手を椅子に座らせ、“ため”で背もたれに寄りかからせる」表現が採用されたという[5]。この“背もたれ比喩”が、のちに構文名の元になったと語られる。
さらに当時の資料では、納得率を上げる要因を11項目に分解し、そのうち「丁寧語の接続位置」「理由語(ため/ので/ために等)の先出し」の2点が最も効率的だったと報告されたとされる。特に、文の先頭から12〜18字目に理由を置くと効果が最大化したという、妙に具体的な数字が残っている[6]。
普及:教育教材と“丸め込み因果”の量産[編集]
1990年代末、の文書担当官向け研修が再編された際に、「説明の型」教材が統一された。教材の副題が『丁寧にして、通したい:です・ため・納得の三段設計』であったとされ、受講者の手元には“手引きカード”が配られたという[7]。
そのカードは、申請要件の説明において、最初に「申請される方は、所定の書類をお持ちくださいです」と“です”で着地させ、その直後に「期限内に提出するため、混雑を避けられます」と“ため”で理由を貼る順番を推奨した。ここでの“です”は丁寧さではなく、読み手の注意を一度回収する合図として設計されたと解釈されることが多い[8]。
一部の研究者からは、この型が因果の実態より先に“筋の良さ”を提示してしまう点が批判された。にもかかわらず、行政現場では「誤解が減った」という現象記録が優先され、結果としては“失敗しにくいテンプレ”として広まったとされる。
構造と用例[編集]
は、典型的には「〜ですため、〜です」のように見えることがあるが、実際には「〜です。〜するため、〜です」と読点や句点で区切られることが多いとされる。たとえば案内文で「当日は本人確認が必要です。本人確認を徹底するため、代理人の手続きは不可です」といった並びが観測された例が紹介されることがある[9]。
この技法は、理由語そのもの(ため/ので/理由は)を“論理の証拠”として機能させるというより、“受け入れる気分”を先に作ることで成立すると説明される。読者側は「なるほど」と思ってから、後で因果関係を点検するため、結果として説明が通ったように感じやすいとされる[10]。
また、企業文書では“です”の反復が頻出し、監査資料では「ですため」を合言葉のように運用する部署もあったという。たとえば監査部が指導文を配布する際、文末を「〜であるため、〜です」と統一したことで、読者のフィードバックが一時的に改善したという報告がある[11]。ただし同報告は、改善理由が文章そのものか、担当者の説明態度かを切り分けていないとして、後に検証が求められたとされる[12]。
社会的影響[編集]
は、情報発信のテンプレ化と相性がよかったため、行政だけでなく民間のカスタマーサポートでも浸透したとされる。特にのコールセンター再設計で採用された「丁寧理由先行フロー(TRPF)」が話題になり、応答の平均時間が「1件あたり0.7分短縮」したという数字が広まったとされる[13]。
一方で、過剰な使用は“理由があるようで、理由がない”文章を量産する温床にもなった。批判では、読み手が理解した気分になるが、判断に必要な条件(例:例外規定、必要書類の範囲)が後段で見落とされやすいという指摘がある[14]。
この結果、文章監査の現場では「ですため」の検出アルゴリズムが導入されるようになったとされる。具体的には、ある期間内に「です」に続く一定語群(ため/ために/ため、ので等)が出現した割合を計算し、上位部署を“過剰丁寧ゾーン”として注意する運用が行われたという[15]。ただし、そのアルゴリズムが実際に再現性を持つかについては、研究者の間で評価が割れている。
批判と論争[編集]
に対しては、言語の透明性を損ねるという批判が繰り返し出ている。論点の中心は、理由語「ため」が論理的な証拠として働いていない場合でも、文章全体の説得感が上がってしまう点である[16]。
一部の論者は、構文を「因果の装飾」と呼び、説明責任を曖昧にする技法だと主張した。また別の論者は、そもそも文章は読者の心理設計でもあり、丁寧に理由を提示すること自体が悪いわけではないと反論した[17]。両者の論争は、どの情報が“先に座らせるべきもの”で、どの情報が“座った後に提示すべきもの”か、という設計思想の違いとして整理されている。
なお、論争の最中には“ですため構文撲滅キャンペーン”が行われたこともある。そこでは、文章から「ため」を一律削除するのではなく、「ため」を含む文は必ず根拠データ(届出番号、統計出典、根拠条文)を伴うこと、といったルールが定められたとされる[18]。しかし現場では、根拠データの提示形式が統一されておらず、結果として“別の型の長文化”が起こったという皮肉な結末も伝わっている[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯里緒『行政文書における語用論設計:です・ための三段理論』文政社, 2009.
- ^ Mark E. Halloway『Politeness as Proof-Substitute in Japanese Administrative Writing』Journal of Applied Linguo-Policy, Vol. 12 No. 3, pp. 41-63, 2013.
- ^ 伊藤圭介『納得率の測定と文章品質:四半期データの読み方』日本文章工学会, 第7巻第1号, pp. 10-28, 2011.
- ^ 行政コミュニケーション最適化室『窓口改善のための背もたれ比喩報告書』【内閣府】, 2006.
- ^ 高橋美咲『理由語の配置と説得感:ですため型の疑似因果』言語技術研究, Vol. 19 No. 2, pp. 88-105, 2018.
- ^ Osaka City Call Center Reform Office『TRPF導入による応答時間短縮効果の検証』大阪市, 第3報, pp. 1-17, 2020.
- ^ 田中啓太『丁寧語テンプレの監査運用:ですため検出率の試算』情報公開と文書監査, Vol. 5 No. 4, pp. 201-219, 2017.
- ^ Nakamura, Y. & Thornton, M. A.『When “because” is not a Cause: A corpus study』Proceedings of the Symposium on Practical Semantics, pp. 77-92, 2016.
- ^ 総務省文書教材編集委員会『丁寧にして、通したい:です・ため・納得の三段設計』ぎょうせい, 2001.
- ^ 杉本真理『誤解を減らす文章、増やす文章:透明性の観点から』言語社会学叢書, pp. 55-73, 2014.
外部リンク
- 日本文書技法アーカイブ
- ですため解析ラボ
- 行政コミュニケーション会議議事録倉庫
- TRPFユーザー事例集
- 語用論ドキュメント検索ポータル