とのめ
| 名称 | とのめ |
|---|---|
| 分類 | 数値慣行、寺院会計、都市民俗 |
| 起源 | 18世紀末の京都・東山周辺 |
| 主要提唱者 | 西園寺量蔵、北村七郎右衛門 |
| 用法 | 端数処理、帳簿調整、贈答記録の整形 |
| 関連地域 | 京都、堺、江戸、大阪 |
| 現代的派生 | 和算教育、商業文書の様式美 |
| 異説 | 能面の目留め札に由来する説 |
| 禁忌 | 三桁以上の赤字に対して用いること |
とのめは、後期にの寺院経済から発生したとされる、帳簿上の端数を意図的に揃えるための慣習的な数値補正法である。のちに・・の境界領域で再解釈され、現代では「数字に角を立てない技術」として知られている[1]。
概要[編集]
とのめは、帳簿・勘定書・寄進台帳において、実際の数字を直接書き換えずに、末尾の端数だけを読み替える操作を指す。一般には寺社の奉納米や木札の管理に用いられたとされるが、都市商人の間では「相手の顔を立てたまま差額を吸収する方法」として広まった。
名称の由来については、年間にのある寺で、筆算の最後に「留」を意味する符牒として「と」の字が添えられたことから転じたという説が有力である。一方で、写本の紙面を留めるための小札に語源を求める説もあり、所蔵の無署名覚書では両説が並記されている[2]。
成立史[編集]
寺院勘定からの分岐[編集]
とのめの原型は、下京区の寺院群で行われていた「勘定留め」と呼ばれる慣行にあるとされる。これは、3年の飢饉以後に寄進物の受け渡しが細分化し、米俵の口数や蝋燭の束数が半端になることが増えたため、帳簿の末尾を丸めて寺側と講中側の双方が納得する数字へ整える工夫であった。
寺院側の記録では、という若い書記が、年末決算で「九十七と半」や「百三と留」のような表記を整理し、11年に約84件の勘定を一括して「とのめ式」に統一したとされる。もっとも、この数字は後世の写しであり、実数は62件だったとも記されている[3]。
町人社会への流入[編集]
の米問屋では、とのめは寺院よりも実務的な意味を帯びた。値付けの現場で1斗未満の差額が頻発したため、帳簿上は完全な整数に見せつつ、実際の支払いは小銭数枚で調整する方法が好まれたのである。これにより、取引先同士の面子を損ねずに済むとされ、特に周辺の鰹節商と酒問屋の間で定着した。
一方で、では「とのめ」を過度に用いることへの反発もあった。町奉行所の触書風写本には、とのめを濫用した勘定方に対し「見目は整うも、実は帳が痩せる」と批判した一節が残っている。もっとも、これが本当に奉行所のものかどうかは判然としない[4]。
近代会計への影響[編集]
期に入ると、とのめは西洋式複式簿記と衝突したが、完全には消滅しなかった。むしろの一部教員が、端数調整の説明に「とのめ」を比喩として用いたことで、学生の間に半ば学術語のように広まったとされる。
の関東大震災後、復旧資材の配給台帳で記帳の迅速化が求められた際、の下請業者がとのめ方式を応用し、木材本数を0.7単位で繰り上げる独自規則を採用した。これが後の自治体文書の「仮置き端数」の原型になったという説もあるが、裏付けは薄い。
技法[編集]
とのめには、主に「丸とのめ」「返しとのめ」「影とのめ」の三法があるとされる。丸とのめはもっとも単純で、端数を四捨五入に近い感覚で処理する方法である。返しとのめは、表の数字はそのままにして裏書で差額を相殺する方式で、商家の帳簿に多かった。
影とのめは、実際の数字を変えず、紙面配置だけで多く見せたり少なく見せたりする技巧であり、系の祭礼記録に散見するとされる。特にが残したとされる「五十七勘定之図」では、同じ57件の奉納を3列に見せることで、あたかも91件あるかのように錯視させていた。これは美術的評価が高い一方、後代の会計担当者からは強く嫌われた。
社会的影響[編集]
とのめは、単なる数値処理ではなく、対人関係を円滑化する社会技術として理解されてきた。寄進・祝儀・見舞い・施しの場では、実額よりも「整った見え方」が重視されることがあり、とのめはその需要に応える形で定着したのである。
また、教育の現場では、とのめが「答えを急がず、端数の意味を読む訓練」として用いられたという。ある私塾では、生徒32人中19人がとのめを理解できずに退塾したと伝えられるが、残りの13人は後に番頭や寺社の算用係として活躍したとされる。この数字のきれいさから、後世の研究者の間では作話の疑いも指摘されている[5]。
批判と論争[編集]
とのめに対しては、早くから「不正確な帳尻合わせである」とする批判があった。特に期の会計倫理論では、とのめを「善意の粉飾」と呼ぶ論者もおり、系の研修資料の一部には、とのめ的処理を避けるべき旧弊として示した節があるという。
しかし一方で、地域金融の現場では、少額の誤差を厳密に突き合わせることがかえって取引を停滞させるとの指摘があり、とのめは「誤差を見える化するための暫定措置」と擁護された。なお、28年にが試験的に行った調査では、帳簿上とのめを認める事業者は全体の11.4%だったとされるが、母数の取り方にかなり無理がある。
現代における用法[編集]
現代では、とのめは実務よりも比喩としての生命力が強い。たとえば出版業界では、文字数制限に収まらない原稿を「とのめで整える」と表現することがあり、ウェブ制作の現場でも、表示崩れを最終段で吸収する暫定修正を指して用いられることがある。
また、の一部地域では、町内会の会費徴収で1円未満の端数を翌年に繰り越す慣習が「とのめ」の名で呼ばれている。これは行政文書には現れないが、地域の会計係の間では半ば常識とされており、毎年7月の集計会でだけ正式に許容されるという[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 西園寺量蔵『とのめ勘定記』東山書房, 1814.
- ^ 北村七郎右衛門『商家端数調整法考』大坂算用館, 1858.
- ^ Margaret H. Thornton, "The Tonome Principle in Early Japanese Ledger Culture," Journal of East Asian Accounting Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 141-168, 1998.
- ^ 渡辺精一郎『寺社台帳における留数処理の民俗誌』京都民俗資料叢書, 1976.
- ^ Kenjiro Arai, "Rounding Without Losing Face: Tonome and Social Harmony," Transactions of the Society for Historical Economics, Vol. 44, No. 1, pp. 9-37, 2011.
- ^ 『京都商工会議所月報』第28巻第7号, pp. 22-29, 1953.
- ^ 中村和夫『和算教育における補正概念』日本教育数学会誌, 第19巻第2号, pp. 63-81, 1964.
- ^ Elizabeth M. Cline, "A Ledger of Shadows: Paper Layout as Accounting Practice," Review of Comparative Office Studies, Vol. 7, No. 4, pp. 201-219, 2006.
- ^ 『東山寺院勘定覚書集』国会図書館写本室, 1892.
- ^ 山本栄次『とのめと粉飾の境界』商業史研究, 第31巻第5号, pp. 5-18, 1988.
外部リンク
- 東山数理史料館
- 京都民俗会計研究会
- 大坂帳合文化アーカイブ
- 和算と商慣習データベース
- 寺院文書デジタル目録