どれいしょう
| 分野 | 法慣習学・行政史・書式工学 |
|---|---|
| 別名 | 身分照合札(しんぶんしょうごうふだ) |
| 成立時期 | 17世紀末〜18世紀初頭(とされる) |
| 運用主体 | 地方裁き場・領内代書人 |
| 中心文書 | 照合台帳(しょうごうだいちょう) |
| 影響領域 | 就労許可・婚姻許可・移住手続 |
| 特徴 | 読み上げ時の『合図句』が記録に紐づけられる |
どれいしょう(どれいしょう)は、旧来の裁判実務で用いられたとされるの一種である。書類上は「誤記訂正」「身上照会」として運用されたが、実際には社会運用の道具として広まったとされる[1]。なお、用語の出所は複数の系統説があり、者の間では確定していない[2]。
概要[編集]
は、表向きには「身分の記載を照合する手順」を指す語として説明される。具体的には、戸籍簿・拝借帳・年貢納付控など複数の台帳を突き合わせ、書き手の誤りを訂正するための「照合札」とされてきた。
一方で、実務上の運用では、訂正の入口がそのまま「判定」へ接続されたとする指摘もある。つまり、誤記訂正という善意の形式を経由しつつ、結果として特定の人々の移動・就労・婚姻が制限されていった、という見方である。こうした二重性は、たちが「言葉の形」を職能として磨いた過程と関連づけられて論じられている[3]。
名称と定義の揺れ[編集]
語源については、代書人の徒弟が筆先の震えを「鈍い揺れ」と呼び、その音が転訛してになったとする俗説がある。また、別系統の説では「命令(ドレイ)+正(しょう)」の漢字当てが先行し、発音だけが独り歩きしたと推定されている。
ただし、同時代の文書では必ずしも一定の表記がされなかったとされる。たとえば、の写しには「どれいしやう」「どれいしょう」「ドレイ・ショウ」の3系統が混在しており、編集者が意図的に表記ゆれを残したのではないかという批評もある。なお、初期の運用書式では「どれいしょう」を単独で書かず、「合図句(あいずく)」とセットで記すことが多かったとされる[4]。
そのため、厳密には「儀礼的な読み上げ(口上)を含む書式手続き」の総称として理解されることが多い。読者がイメージするほどの『魔術』ではなく、むしろ書類運用の癖として社会に定着した、という説明がしばしば採用される。とはいえ、後述するように、手続の一部はまさに呪文のように定型句化していたと記録される。
歴史[編集]
起源:天秤ではなく『口上の誤差』[編集]
の起源として最も語られやすいのは、17世紀末の大規模検地における「口上の誤差」問題である。検地班はの帳場から送られた書式に従い、申告者に同じ文章を繰り返し読み上げさせたとされる。
しかし記録の照合に失敗が続き、領内の代書人である(仮名とされる)が「誤差は筆より声に潜む」と主張したことで、声の合図を台帳に刻む仕組みが考案されたとされる。合図句は、音の高低や語尾の長さまで含めて記録される必要があったため、結果として定型の『呪文調』が生まれた、と説明される[5]。
その後、地方裁き場で「読み上げの合図句が一致しない場合、訂正ではなく不一致として扱う」運用が広まったとされる。ここが、後に“訂正”が“判定”へ滑り込む契機になった、という筋書きである。なお、合図句の一致判定には「3拍目の息継ぎが半拍より短いか否か」を基準にしたという、異様に具体的な記録が残っているとされる(ただし出典には揺れがある)[6]。
拡大:行政が『便利』と呼んだ連鎖[編集]
18世紀に入ると、手続は移住手続と結びつけられたとされる。たとえば域の一部では、移住願の受理条件として「どれいしょうの一致」が運用上の実質要件になったという。このとき参照されたのが、移住者の「過去の申告口上」を写したである。
さらに、婚姻許可の審査でも同様の流れが採用されたとされる。婚姻の「釣り合い」は本来、生活実態を見た上で判断されるべきだったが、いつしか“合図句が一致する書面”が優先されていった、という批判が後世で語られた。実際、に属する事務係が「口上が通れば実態も通ったことになる」と書き残したとされる記録が引用される[7]。
この拡大の過程には、印刷の発達が関わったともされる。合図句を書面に印字する際、句読点を含む細部まで規格化したことで、代書人の裁量が減り、その代わり機械的に処理される範囲が増えたとする分析もある。皮肉にも、それが効率化として称賛され、最終的に“照合が速いほど審査は公平”というスローガンが掲げられたとされる。
制度化:『合図句の規格表』と秘密の照合係[編集]
19世紀前半、期の前段階にあたる改革文書の中で、「どれいしょう」を標準手続へ組み込む試みがなされたとされる。改革案の中心は、合図句を音韻の観点で分解し、規格表として配布することだった。
その規格表は、A〜Fの6カテゴリに分けられ、カテゴリごとに「合図句の末尾が『う』で終わるか否か」を示す欄があったとされる。さらに欄外には、「不一致のときは訂正申請ではなく再口上を命ずる」と書かれていたという。こうした運用は、の手続簡略の名目で導入され、各地に「照合係」が設置されたと説明される[8]。
なお、照合係の内部記録には、照合作業の目標件数が細かく定められていたとされる。たとえば“午前は72件、午後は81件まで”とし、昼休憩の前後で句読点の位置がずれやすいことを理由に配分した、という数字が引用される。ただし、この数字は後の写本で整えられた可能性がある、と一部で指摘されている。とはいえ、リアリティを感じさせる資料としてしばしば登場する。
社会的影響[編集]
は、単なる書類技術ではなく、生活の前提に影響したと考えられている。特に、就労許可において「合図句の一致」が審査の短縮手段になったことで、許可の可否が“文章の一致”に寄りやすくなったとされる。
この結果として、同じ人物が別の場面で書類を作り直した場合、不一致が発生することがあったという。人の生活は季節や体調、移動で揺れるが、合図句の規格は揺れを許さなかった。そのギャップが、制度の運用現場に摩擦を生んだとされる。
また、の一部の町では、写しを作る職人が“口上の癖”まで売り物にしたとされる。代書人が「この合図句なら通りやすい」と助言し、その助言が実際の許可率に影響したという伝承がある。もっとも、統計は“後年にまとめ直したとされる”ため、信頼性は注意して読む必要があるとされるが、それでも「許可までの平均日数が12日短縮された」という話は定番になっている[9]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、「誤記訂正を口実に、声と記憶に基づく排除が行われたのではないか」という点である。特に、再口上の命令が実質的に不利な条件を課す形になったという指摘がある。再口上は“納得のため”とされつつ、実際には準備の時間と費用がかかるため、当事者の負担が増えたと語られる。
一方で擁護側は、「口上の規格化は公平性のためだった」と主張したとされる。擁護者の論稿では、筆記の丁寧さよりも声の定型の方がばらつきが少ないとされ、結果として審査の恣意性が減ったと書かれていたという。ただしこの主張は、規格表のカテゴリ分けがどれほど普遍的だったかに対する疑問を残している。
さらに、“呪文式”という表現自体が誇張である可能性も論じられた。実際には読み上げの確認であり、魔術ではないとする反論があった。ところが、反論文の最後に「合図句は神への敬意として無害である」と唐突に結ばれていたため、かえって読者の間で「やはり呪文だったのでは」という皮肉が広がったとされる[10]。
このように、は制度のための合理化と、社会の選別が同じ書式で繋がった例として語られることが多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『口上の誤差と帳場実務』帳簿社, 1887.
- ^ Margaret A. Thornton『Verification by Voice: An Administrative Myth』Oxford Historical Formats, Vol.3 No.2, pp.41-69, 1931.
- ^ 【偽】柴田与一『照合台帳の写本伝承(第七版)』文書工房, 1912.
- ^ 山崎貞人『身上照会の技術史(合図句編)』東京法政叢書, 第1巻第4号, pp.112-156, 1974.
- ^ Klaus Reinhardt『Standard Phrases and Social Sorting in Early Modern Japan』Journal of Formularies, Vol.18 No.1, pp.1-33, 2002.
- ^ 中島里緒『婚姻許可と照合作法』法慣習研究会, pp.201-247, 1989.
- ^ Ruth Nakamura『The Secret Indexers of Local Courts』Archivum Administrativeum, Vol.9 No.3, pp.77-105, 1966.
- ^ 佐伯亮介『江東の写し屋と通る口上』都市史資料館, 第2版, pp.58-93, 2008.
- ^ 田村宗作『呪文式手続の誕生:合図句規格表の復元』叢林出版社, 1954.
- ^ 伊藤春海『口上は神に向かう:誤解されるどれいしょう(改題版)』勁草文庫, 1999.
外部リンク
- 合図句アーカイブ
- 照合台帳研究所
- 地方裁き場写本データベース
- 行政書式博物館
- 口上規格化資料館