なんで図書室なんかに行ったんすかね?
| 分類 | 日本語の口語疑問表現 |
|---|---|
| 成立 | 1987年頃と推定 |
| 起源地 | 東京都文京区・千葉県習志野市の学校図書室 |
| 用法 | 動機の不明な行動への軽い追及 |
| 特徴 | 語尾の「んすかね」が婉曲性を高める |
| 関連分野 | 社会言語学、校内文化、録音文化 |
| 初期媒体 | 学級通信、館内放送、部室ノート |
| 俗称 | 図書室問い詰め句 |
| 派生 | 「なんで保健室なんかに」「なんで職員室なんかに」など |
なんで図書室なんかに行ったんすかね?は、末期の校内会話から派生したとされる、日本の準口語的な問いかけ表現である。内のを中心に広まり、のちに会話分析や校内ドラマの定番句として定着したとされる[1]。
概要[編集]
「なんで図書室なんかに行ったんすかね?」は、相手の行動理由を直接断定せず、半ば独り言のように尋ねる日本語の定型句である。文法上はを含む疑問文であるが、実際には情報収集よりも、場の空気をやや和らげつつ圧をかけるために用いられる傾向がある。
この表現は、学校施設のうちという比較的静的な空間を対象にする点で特徴的である。単なる「図書室に行った理由」ではなく、「なんか」「なんかに」「なんすかね」という複数の曖昧化要素が重なることで、責任追及と照れ隠しが同時に成立すると分析されている[2]。
成立の経緯[編集]
校内放送事故説[編集]
もっとも広く知られているのは、にの区立中学校で起きた校内放送の混線事故を起源とする説である。昼休み、放送室のマイクが入ったままになっており、当時の放送委員が級友に向けて発した「なんで図書室なんかに行ったんすかね」という私語が全館に流れたという。この発言は翌週の学級新聞で大きく引用され、以後、理由を詰問する際の半ば定型句として生徒間に定着したとされる[3]。
ただし、この説には異論も多い。放送設備の型番や配線系統が当時の学校仕様と合わないという指摘があり、実際には後年の回想談が混入した可能性がある。にもかかわらず、校内文化史の文脈では最も「それっぽい」起源として扱われている。
図書委員会メモ起源説[編集]
別の説では、の高校図書委員会が作成した点検メモに由来するとされる。棚卸し中、貸出記録に不自然な空白が見つかり、当番の生徒が備考欄へ「なんで図書室なんかに行ったんすかね」と書き込んだところ、監督教諭がそれを「問いではなく観察として優秀だ」と評価し、以後の館内掲示で模倣されたという。
この説の面白い点は、表現が口語であるにもかかわらず、最初期の用例が手書き文書だったとされることである。実際、の旧資料室では、似た筆跡のメモ用紙が3枚だけ確認されており、うち1枚は紙端がコーヒーで茶色く変色していた。
部室文化への波及[編集]
後半になると、この句は図書室に限定されず、、、など「入る理由を説明しづらい場所」へも転用されるようになった。特にの映画研究会や吹奏楽部では、遅刻した新入生を茶化すための決め台詞として多用され、部室ノートの余白に繰り返し書かれたという。
にで行われた学生向け口語調査では、回答者の17.4%がこの表現を「実際に言ったことがある」とし、31.2%が「聞いたことはあるが、どこで流行ったかは知らない」と答えた。なお、調査票の自由記述欄には「なんで図書室なんかに行ったんすかね? って、結局自分も行く」と書いた者がおり、研究者の間でしばらく引用された[4]。
言語的特徴[編集]
本表現は、標準語の疑問文に見られる「なぜ」「どうして」に比べ、語頭の「なんで」が口語的で、さらに「なんか」によって対象を軽く貶めつつ距離を取る構造を持つ。また、語尾の「んすかね」は、断定を避ける柔らかい婉曲表現でありながら、実際には相手を逃がしにくい圧力を生む。
国立国語研究所の非公開調査資料では、この句は「質問」ではなく「納得できない気分の仮置き」として分類されていたとされる。もっとも、資料番号がやけに新しいため、後年の編集で付け足された可能性も指摘されている[5]。
社会的影響[編集]
この表現は、学校現場における「怒鳴らない注意」の一形式として受け入れられた。教師が生徒を直接叱責する代わりに、「なんで図書室なんかに行ったんすかね?」と半笑いで言うことで、場を荒らさずに規範意識を示せると考えられたのである。
一方で、頃には、図書室を「監視される空間」へ変質させるとの批判も出た。とくにの一部高校では、実際には読書目的で入室した生徒に対しても冗談めかして用いられ、図書委員の離職率が一時的に上昇したという。ただし、これは図書委員会連絡協議会の内部報告にしか見えず、信頼性には議論がある。
批判と論争[編集]
批判の中心は、この表現が「なぜ」を問う形を取りながら、実際には理由を聞く気があまりない点にある。社会言語学者のは、「相手が答える前から、こちらの想像で物語が完成している」と指摘し、会話の閉鎖性を強める表現として位置づけた[6]。
また、にはの若手委員が、館内でこの句を使うと「図書室にいること自体が少し悪いことのように響く」として注意喚起を行った。しかし同協会の会報では、翌号で「とはいえ、若者の語感を把握する上では有用」とも記されており、組織内でも評価が割れていたことがうかがえる。
派生表現と使用例[編集]
派生表現としては、「なんで保健室なんかに行ったんすかね?」「なんで職員室なんかに入ったんすかね?」などがあり、いずれも「本来そこにいる理由が説明を要する場所」に対して用いられる。中でも「なんで理科準備室なんかに」は、実験好きの生徒を半ば称賛する意味合いを帯びることがある。
興味深いのは、では語尾が「んすかね」ではなく「んやろか」に置き換わる傾向が見られる点である。これにより、同じ問いでも圧迫感が約12%ほど低下するという調査結果があるが、測定方法が主観的すぎるとして再現実験は行われていない[7]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田島瑞穂『校内会話の終止形研究』東都出版, 2009, pp. 41-67.
- ^ 佐伯康雄『図書室における疑問文の伝播』日本言語文化学会誌 Vol. 18, 第2号, 2012, pp. 88-104.
- ^ M. Thornton, "Soft Interrogatives in Late-Showa School Corridors," Journal of Urban Pragmatics, Vol. 7, No. 1, 2015, pp. 12-29.
- ^ 関口ひろし『放送事故と学級語彙』みなと社, 1997, pp. 5-39.
- ^ 高橋レイ『なんで図書室なんかに行ったんすかね?の成立史』文景館, 2018, pp. 201-228.
- ^ Kazuo Endo, "Library as a Social Pressure Space," Proceedings of the Tokyo Colloquium on Speech Acts, Vol. 3, 2011, pp. 77-93.
- ^ 林田真由美『婉曲と圧力のあいだ』北辰書房, 2004, pp. 119-140.
- ^ 国立国語研究所編『学校口語表現資料集 第4巻』くろしお出版, 2002, 第4巻第3号, pp. 15-58.
- ^ 渡辺精一郎『図書委員会メモの社会史』校風研究社, 2010, pp. 66-89.
- ^ S. Miller, "Why Library, Though? The Rise of Pseudo-Concern in Student Talk," Comparative Classroom Studies, Vol. 11, No. 4, 2020, pp. 301-318.
- ^ 青山さとる『なんで理科準備室なんかにの謎』新潮社教育部, 2021, pp. 9-26.
外部リンク
- 日本校内会話学会
- 図書室語彙アーカイブ
- 口語疑問文データベース
- 昭和学校文化研究センター
- 部室ノート蒐集室