にしたく
| 分類 | 言語的慣用句(方言的とされる) |
|---|---|
| 主な使用地域 | の一部、特に旧商人街とされる範囲 |
| 関連する実践 | 共同扶養・相互労働・身内外の助け合い |
| 初出とされる文書 | 大正期の台帳写本(後年の採録で確認されたとされる) |
| 研究分野 | 社会言語学、労働史、文化人類学 |
| 論点 | 他者搾取を美化しているのではないかという批判 |
にしたく(英: Nishitaku)は、の一部で用いられるとされる「二人のために働く」の言い換え語であり、近年は研究の周辺概念として扱われている。用法は地域的で、語源は複数の説があるとされる[1]。
概要[編集]
にしたくは、「(本来は自分だけの利益を目的にしがちな行為を)二人、あるいは二系統の生活を支えるために差し出す」という意味合いで説明されることが多い[1]。文脈としては家内労働、近所の共同作業、季節労務の手配などに結びつくとされ、標準語の「〜しておきたい」と同じ軽さで語られる点が特徴である。
一方で、にしたくという語が指す範囲は一枚岩ではなく、(1)血縁を超える「二人」、(2)契約上の「二人」、(3)家計と共同体の「二人」といった三系統の解釈が並行しているとされる[2]。このため、語の使用者は「言葉の定義」ではなく「状況の一致」を根拠にして運用すると言われている。
ただし、学術的にはこの言い換えが、労働の倫理を柔らかく包む一方で、責任の所在を曖昧にする危険がある点が指摘されている[3]。その後の研究は、語の肯定的側面ばかりが先行した時期と、労働搾取への接続が疑われた時期を交互に持つという、比較的珍しい編集史を持つことでも知られる。
歴史[編集]
起源の仮説:『二宅』台帳からの増殖[編集]
にしたくの起源は「二宅(にたく/ふたや)」という台帳語に求められるとする説が有力である[4]。同説では、の旧町役場で作成されたとされる「二宅損益記録」(後年の写本で断片確認)が語の母体になったとされる。記録上の二宅とは、同一敷地内にありながら用途が分けられた「居」と「作業場」の二区画を指し、作業者の分担を“二人分の手当”に換算していた、と説明される。
もっとも、この説の決め手とされるのが、台帳が残したとされる奇妙な数値である。写本に現れる換算率が「年額を 7,200日換算し、うち 2,144日を“にしたく”用に別枠計上する」という形で記されていた、と報告されている[5]。この数字は、実務としては過剰に精密であり、研究者のあいだでは「帳簿上の儀礼的精度」だったのではないかとも言われる。なお、この数字がどの年の集計かについては、採録者が後で「明治の改税調整期ではないか」と注記したとされ、裏取りの難しさが研究の余白を作ったとされる。
ただし、当該写本が実在したかどうかは、少なくとも一次資料を閲覧できたという証拠が限定的である。そのため、編集者の間では「二宅→にしたく」の語形変化が“自然な音便”として受け入れられるかが論点として残っている。
発展:商人街の相互労働組織と会話の短縮[編集]
語の普及は、の旧繊維問屋の会話帳(“口帳”と呼ばれた)により説明されることが多い[6]。口帳は、仕入れと納品の往復に時間がかかったため、口頭連絡の短縮を目的にしたとされる。そこで「自分が働く」ではなく「二人の生活のために働く」ことを示す言い回しとして、にしたくが頻出した、とされる。
特に注目されるのは、周辺で使われたとされる「両番(りょうばん)」制度との結びつきである。両番は、同じ仕事場を二班で回し、どちらかが遅れた場合はもう一方が肩代わりする方式だった。にしたくは、その肩代わりを“気合い”ではなく“説明可能な倫理”として語るために使われたと説明されている[7]。結果として、にしたくは命令語ではなく、依頼語にも慰撫語にも転用され、共同体の摩擦を低減させる機能を持ったとされる。
一方で、この普及は社会に二つの影響を残した。第一に、相互扶助が形式化され、誰が何を免除されたかが曖昧になった。第二に、免除された側の負担感が表に出にくくなり、労働争議の時期には逆に「言葉の都合が悪い」という批判が噴出した、と記されることがある[3]。
社会実装:行政文書への混入と“優しさの規格化”[編集]
昭和期、地域福祉の文書様式が統一される過程で、にしたくが行政の口語資料に紛れ込んだ、とされる[8]。具体例として、の一部自治体で配布された「季節労務説明カード」に、にしたくが“支援の受け方”を説明する欄として掲載されていたという。カードの現物は「表面に 14 個、裏面に 6 個の短文チェック欄があり、にしたくが中央の2番目に配置されていた」と報告されている[9]。
この配置は、当時の担当官が「誤解を招きやすい強い言葉を避ける」ために、否定的ニュアンスを持つ語(とされる)を言い換えた結果だと説明された。しかし研究者の一部は、言い換えによって制度の責任が個人へ戻されやすくなった点を問題視している[2]。
なお、この時期の“規格化”は、にしたくが単なる方言ではなく、行為規範として流通する契機になったとされる。ただし、どの自治体が先行したかは複数候補が挙げられ、採録者の記憶に依存した記述が含まれるとの指摘がある。そのため、後の解説書では「要出典」と同等の慎重さが求められる場面として扱われることもある[10]。
批判と論争[編集]
にしたくは“優しさ”を語る言葉として称賛されてきたが、その優しさが道徳的圧力に変わるのではないかという論争が繰り返されている。批判側は、にしたくが「二人のため」という体裁で、結局は片方が長時間働く構造を固定しうると指摘する[3]。特に、争議の記録では、当事者が「にしたくって言われると断れない」と述べたとされるが、当該発言の出典は回覧メモの写しであり、厳密な検証が難しいとされる[11]。
一方で擁護側は、にしたくは搾取の正当化ではなく、相互労働の“合意形成”を促すための言語技術だと主張する[7]。彼らは、にしたくが命令形を避け、相手の立場を「もう一人の生活」として見える化する点に価値を置いている。また、言葉の運用が地域によって異なるため、画一的に悪用されたとは言えないともされる。
結果として、学界では「にしたくは倫理か、潤滑油か」という問いが定型化し、研究会の議事録には、会費のうち 300 円を“にしたく基金”として積み立てるという遊びが恒例になった時期もあった[12]。この逸話は真偽が揺れるものの、語が制度と結びつく時の“温度”を象徴するものとしてしばしば引用されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山岸篤史『口語慣用の会計史:二宅からにしたくへ』青嵐書房, 2012.
- ^ Margaret A. Thornton『Ethics of Mutual Labor in Regional Japan』University of Northbridge Press, 2016.
- ^ 坂本清和「季節労務説明カードにおける言語配置の研究」『日本言語政策年報』第22巻第1号, pp. 31-58, 2018.
- ^ 林和泉『商人街の口帳と短縮表現』新海堂, 2009.
- ^ 佐久間礼子「“2,144日”という帳簿儀礼:精密さの社会的機能」『労働史評論』第41巻第3号, pp. 201-229, 2021.
- ^ 渡辺精一郎『近代自治体における語の規格化』中央官庁叢書, 1937.
- ^ Hiroshi Nakamura「From Dialect to Norm: Nishitaku and the Politics of Soft Instructions」『Journal of Folkloric Pragmatics』Vol. 9, No. 2, pp. 77-104, 2015.
- ^ 小林雲太『にしたくと行政のあいだ:短文チェック欄の系譜』桜鱗出版, 2020.
- ^ Ruthie K. Brannigan『Complying with Care: Linguistic Cushioning in Welfare Forms』Cambridge Lantern Books, 2019.
- ^ 編集部『労働文化用語集(改訂第三版)』官製民間調査局, 1954.
外部リンク
- 方言台帳研究室
- 両番アーカイブ
- にしたく用語シミュレータ
- 季節労務カード博物館
- 相互扶養ラング研究会