ぬまたりく
| 分野 | 民間暦・地域行政文書学 |
|---|---|
| 成立とされる時期 | 18世紀後半(口伝化) |
| 主な伝播圏 | ・の北部縁辺 |
| 中心概念 | 地名の音節を「摂取」して判断すること |
| 記録媒体 | 和紙の折帖(ぬまた札) |
| 関連組織 | 旧町村役場の文書係(通称) |
| 学術的取り扱い | 民俗学・言語地理学の混合対象 |
(ぬまたりく)は、東北地方の一部で伝わるとされる「地名を食べる」民間暦記の実務体系である[1]。口伝と記録の双方があり、天候判断だけでなく行政手続の語彙も整える技法として語られてきた[2]。
概要[編集]
は、地名(例:川・山・集落名)の音の並びを素材として、暦日ごとの「適性」を決めるための手続体系であるとされる[3]。判断は天候だけに限定されず、種まき・稲刈りの時期、さらに祭礼の「申請タイミング」にも及んだと記録されている[4]。
体系の特徴として、音節をそのまま読むのではなく、音節数・濁音有無・語頭子音の硬軟を点数化して合算する方法が挙げられる。たとえば「ぬ」が含まれる地名は“湿潤側”に加点される一方で、語尾に「く」が残る場合は“沈静側”として減点する、といった規則が細部まで伝えられてきたとされる[5]。なお、この点数表は古写本によって桁の数が異なり、研究者のあいだで一致を欠くとされる[6]。
語源と定義の周辺[編集]
名称の語源は、江戸期の文書係が「地名を舐(な)める」を婉曲に言い換えた表現が転訛したものだと説明されることが多い。町村の年貢帳を扱う文書係は、地名の誤記がそのまま徴税の誤差になるため、音と表記を“食べて”整える必要があった、という語りが残っている[7]。
また、を「記録上のカテゴリ」ではなく「作法」とみなす見方もある。この作法は“暦日が地名に反応する”という考えを前提にしており、地名のほうが先に季節を吸い、次に人間の計画へ返してくる、とする比喩が採用されたとされる[8]。この比喩は、後年にの触書(ふれがき)に似た形式で再編されたという説があるが、史料の系譜が複数に分岐している点で慎重論も存在する[9]。
さらに、民俗学の講義では、語頭の「ぬ」を“縫う”の暗喩として扱う例も見られる。縫製のように端を合わせることで、誤読による手続遅延を防ぐのだ、という説明がなされてきた。ただし、この解釈を最初に書いた人物名は資料によって揺れており、の注記が入る版も確認される[10]。
歴史[編集]
成立:文書係の「音節補正」から[編集]
の成立は、18世紀後半の「天候遅延」と「記録遅延」が同時に増えた局面に結び付けて語られることが多い。とくにの支宿(しゅく)では、雨天による荷揚げ遅れが役場の印紙発行や運搬許可の期限を押し潰し、結果として住民の生活計画が崩れたとされる[11]。
この問題を抑えるため、旧町村役場の文書係は、申請書に添える地名の書き方を統一する「音節補正表」を整えたと伝えられている。やがて補正表は“単なる読み合わせ”から“暦判断の材料”へ拡張され、地名の音節が暦の性質を映すという考えが採用された、と説明される[12]。なお、初期の写しでは点数が「最大97点」までしか設定されていなかったが、改訂版では「最大112点」に引き上げられたとされ、数字の増加が制度の威信を支えたとも推定されている[13]。
発展:ぬまた札と「合算係」の誕生[編集]
19世紀の中頃、点数化を現場で回すために、折帖状の手帳であるが普及したとされる。ぬまた札は表紙に色分けがあり、たとえば春は薄緑、冬は鉛色と決められていたという。さらに、1冊の折帖は「全24面」で、面ごとに地名群のカテゴリが割り振られていた、と細かく語られている[14]。
この時期には、計算担当を指す役職名が“合算係”として現れたとされる。合算係は、地名の音節を「摂取」し、さらに行政上の用語(例:「申請」「控え」「繰延」)の語感によって判断を微調整した。ここで妙な伝承として、「繰延」を書き慣れない筆者ほど天候点が7点ずれる、という経験則が語られている[15]。この経験則が後の改訂に影響した可能性がある一方で、実測記録の存在は確認されておらず、伝承として扱われることが多い[16]。
また、北部にあったとされるの小役場では、ぬまた札を棚卸しする際に「棚の高さが三尺八寸なら誤差が減る」として、棚の実寸まで記録していたという。棚卸し帳にだけ出てくる記述で、ぬまた札そのものは現存していないとされるが、細部の正確さが研究者を悩ませている[17]。
近代化:教育制度と「筆記暦」の拡張[編集]
明治期には、国語教育と地方行政の近代化に伴い、は“筆記暦”の一種として学校の補助教材に取り込まれたと説明されることがある。そこでは地名の音節点数が、作文の添削や書字速度の訓練と接続された。具体的には、手本文の地名は全部で“30語”に統一され、1語ごとに暦判断のミニ問題がついたとする[18]。
一方で、この近代化は反発も招いた。とくに文字教育が進むにつれて、口伝に依存していたルールが「誤差の根拠がない」として批判された。結果として、旧来の合算係は“計算の透明性不足”を理由に役場から外された、と回想録で語られている[19]。
さらに、戦後期の行政合理化では、地名音節による暦判断は「科学的検証が不十分」とされ、公式文書の判断材料からは外れたとされる。ただし、民間の小規模農家組合では、今も「ぬまたりくの採点表」を“家の言い伝え”として残したという証言があり、伝承の残存が示唆されている[20]。
技法:点数表と「摂取」の手順[編集]
ぬまたりくの手順は、一般に(1)対象地名の抽出、(2)音節分解、(3)摂取点の合算、(4)最終判断の読み上げ、の4段階で説明される[21]。音節分解は、ひらがな表記を前提にすることが多いが、当時の地名が漢字表記中心であった地域では「当て字変換」が併記されたという[22]。
合算は、語頭子音を硬軟で区分する方法と、語尾の母音を湿乾で扱う方法に分けられる。たとえば「-く」で終わる地名は“沈静側”に寄りやすいとされ、逆に「-や」で終わる場合は“発散側”に寄りやすいとされた、といった対応が記される[23]。また、音節が奇数の場合は天候の増幅が強くなる、という規則も紹介されているが、どの写本でも採用されているわけではない[24]。
興味深い例として、ぬまたりくでは“沈黙の加点”が語られることがある。計算者が紙面の余白を測り、余白が「指1本分」に収まるかで加点する、という伝承がある。余白測定の実例が記録に残っていないため、象徴的な要素とされることも多いが、講義録には余白の許容が「2.4cm〜2.7cm」と書き込まれていたと報告されている[25]。この数字の精度が過剰であり、後世の脚色の可能性が指摘される一方で、当時の道具精度がそこそこ高かったことを示唆するとも述べられる[26]。
社会的影響[編集]
は、暦判断を“個人の勘”から“共同の言語”へ変換した点で影響があったとされる。地名の読みが統一されることで、文書の誤記が減り、役場間の照合が速くなった、という回顧が複数の証言に見られる[27]。結果として、農業カレンダーの共有が進み、共同作業の開始時刻が揃えられたとも推定される[28]。
また、行政側にも波及し、地方の文書係は“ぬまたりくの点数”を添付して、期限延期の理由を説明する慣行を作ったとされる。添付欄には「天候点合算:合算者印」として、合算係の署名が入る様式が整備されたという。もっとも、署名形式は地域ごとに微妙に異なり、側では“丸印”が主流だった一方で、側では“楕円印”が好まれたとされる[29]。
このように、技法は農業だけでなく、請求・申請の語彙運用にも入り込んだと考えられている。とりわけ「繰延」や「控え」のような語が、書き手の癖として点数へ反映されるという見立てが、文章教育と結び付くことで制度の再生産に寄与したとされる[30]。
批判と論争[編集]
ぬまたりくには、記録の残存状況と再現性の不足という二つの大きな批判がある。第一に、点数表の原本が少なく、写本間で配点が異なるため、同一手続と見なしてよいか疑われている[31]。第二に、音節と天候の相関を裏付ける統計が示されていないことが多い。
一方で反論として、ぬまたりくは“物理法則の検証”ではなく“文書運用の規律化”を目的としたのだとする立場がある。つまり、予測の正確さよりも、共同作業の同期を作ることが中心だったと解釈される[32]。ただしこの立場でも、点数の閾値が「合計100点を超えると必ず予定を前倒し」と定められていたという伝承があり、そこに疑念が集まっている[33]。
最も有名な論争は、1943年にで開催された“筆記暦講習”の記録に、ぬまた札が「全24面」ではなく「全23面」で運用されていたという報告がある点である[34]。もし正しいなら、原則が変わったのか、あるいは別体系が混ざったのかが問われる。ただし、講習記録には講師名が欠けており、の記述が残る版もあるという[35]。なお、そこだけ妙に数字が揃っているため、後世の編者が合わせた可能性が高いとも指摘されている[36]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『音節補正の地域文書学』東北地方史叢書, 1987.
- ^ Margaret A. Thornton『Toponymic Algorithms in Preindustrial Japan』Journal of Comparative Papyrology, Vol. 12, No. 3, pp. 141-199.
- ^ 佐々木俊哉『ぬまたりく写本の系譜と配点差』文書史研究会紀要, 第5巻第2号, pp. 33-58.
- ^ 李文赫『Regional Calendars and Administrative Rhythm』Asian Review of Folklore Methods, Vol. 8, No. 1, pp. 1-26.
- ^ 黒川千尋『折帖としてのぬまた札:全24面の意味』民俗資料学研究, 第19巻第4号, pp. 201-248.
- ^ Hiroshi Tanaka『Silence as a Variable in Folk Computation』Proceedings of the International Society for Ethno-Methods, pp. 77-90.
- ^ 鈴木恵理『筆記暦の教育転用と反発』教育史学会誌, 第27巻第1号, pp. 9-37.
- ^ 【微妙におかしい】“Numatariqu”の統計的検証(仮)『暦と言語の合算学』, 1961.
- ^ 高橋和男『合算係の署名形式:丸印・楕円印の比較』東北行政史研究, Vol. 3, No. 2, pp. 88-104.
- ^ 田村美月『余白測定2.7cm問題の再検討』日本民俗論叢, 第44巻第6号, pp. 512-536.
外部リンク
- ぬまたりく資料室アーカイブ
- 折帖暦研究フォーラム
- 東北文書係の継承録
- 言語地理学・写本データベース
- 筆記暦講習記録(復刻)