ひったくり予防罪
| 正式名称 | ひったくり予防罪 |
|---|---|
| 英語表記 | Snatch-Prevention Offense |
| 提唱時期 | 1978年ごろ |
| 提唱者 | 東京都路上秩序研究会 第4分科会 |
| 分類 | 準犯罪・予防法制 |
| 主な適用対象 | 過剰な防犯装備、威嚇的な先回り行為 |
| 管轄とされた組織 | 警察庁 生活安全局 特殊予防対策室 |
| 代表的条文案 | ひったくりを予防する意思を超えて周囲に不安を与えた者 |
ひったくり予防罪(ひったくりよぼうざい、英: Snatch-Prevention Offense)は、との境界領域に位置づけられるとされるの準犯罪概念である。もっぱらを名目にした過剰な先回り行動を処罰するため、後期の自治体研究から生まれたとされる[1]。
概要[編集]
ひったくり予防罪は、そのものではなく、その「予防」を名目に行われる過剰な行動を処罰対象とするという、きわめて逆説的な発想に基づく制度概念である。一般には、夜間のやの繁華街で、肩掛けバッグに金属チェーンを三重に巻く、あるいは自転車の前カゴ全体を鉄格子で覆うといった行為が問題視されたことを起源とする[2]。
もっとも、実際の法令として成立したことはないとされる一方で、1980年代には複数の自治体が「予防過剰による通行妨害」を準刑事的に扱う試案を作成したと伝えられている。これらの草案は、との合同検討会に持ち込まれたが、最終的には「防犯意識の高まりを法が冷やしすぎる」との理由で棚上げされたという[3]。
成立の経緯[編集]
路上防犯ブームと先回り行政[編集]
後半、ではひったくり事件の増加が報じられ、駅前商店街を中心に防犯ポスターが急増した。ところが、対策が進むほどに、買い物客がカゴを二重ロックし、歩行者が荷物を胸の高さに抱え込むなど、かえって通行の自由を損なう事例が目立ったとされる。これを受け、の若手警部補であったは「犯罪を防ぐための行為が、別の社会的不安を生む」とする内部メモを作成した[4]。
第4分科会の提案[編集]
、は、ひったくり対策を「被害の未然防止」ではなく「不必要な予防の抑制」という観点から再定義する報告書をまとめた。ここで初めて「ひったくり予防罪」という語が確認されるとされ、報告書では、過度に長い自転車バンパー、鎖付きの手提げ袋、そして通称「バッグ監視用ミラー」などが例示された。なお、会議では「これでは予防というより武装である」との発言があり、議事録の余白に赤鉛筆で丸が付けられていたという[5]。
試行条例と頓挫[編集]
にはの一部市町村で、商店街の治安維持条例に「ひったくり予防過剰禁止条項」を含める案が検討された。しかし、条例案の別表に「肩掛け紐に鈴を14個以上付けた者」「カゴ前面に鏡面板を設置した者」など、実務上の運用が極めて難しい分類が並び、地元紙から『防犯か、工芸か』と揶揄されたため廃案になったとされる。これ以後、ひったくり予防罪は法的概念というより、行政文書の中でだけ生き残る半ば伝説的な語となった[6]。
制度設計[編集]
この概念の中心は、実害の発生ではなく、予防行為が周囲に与える心理的圧迫をどのように測るかにあった。草案では、周辺歩行者のうち3人以上が同時に荷物を握り直した場合、あるいは自転車利用者のうち半数以上が進路変更を試みた場合に、警告の対象となるとされた。
また、法学部の非公式ゼミで流通した試案には、罰金額を「被害想定額」ではなく「予防過剰度」に応じて算定する方式が記されていた。これにより、金属チェーンの長さがを超えると加点、反射テープが以上あると減点不可、夜間点滅灯を併用すると再犯性が高いと推定される、などの極めて細かな基準が作られたという[7]。
社会的影響[編集]
防犯グッズ産業への波及[編集]
ひったくり予防罪の議論は、逆説的に防犯グッズ産業を活性化させた。大阪の問屋街では「法に触れない予防」を売り文句にした鞄カバーが流行し、1985年時点で関連製品の出荷額は年間約に達したとされる。ただし、統計の母集団に玩具用チェーンが含まれていたとの指摘もあり、数字の信頼性には議論がある[8]。
地域社会での受容[編集]
の一部商店街では、予防行為の適正化を啓発するため、週末に「ひったくり予防相談員」が巡回した。相談員は赤色の腕章を巻き、カゴに過剰な装甲を施した自転車に対して「ここまでくると、狙われる前に通行人が避けます」と指導したという。住民の反応は概ね好意的であったが、一部高齢者からは「荷物を守るには気合が要る」との声もあり、実効性よりも象徴性が重視されていた[9]。
学術的再評価[編集]
以降、都市犯罪学ではこの概念が「予防のための過剰適応」を説明する例として引用されるようになった。特にの研究者は、ひったくり予防罪を「安全保障の自己目的化を可視化した稀有な仮説」と評している。なお、同論文の注釈には、実地調査のサンプルとして『編み込み式バッグガードを装着した主婦17名』が記されており、資料収集の偏りがしばしば指摘される[10]。
批判と論争[編集]
ひったくり予防罪に対する最大の批判は、そもそも予防を罰することが可能なのかという点である。法学者のは「危険の予兆に罰を与えれば、将来の不安そのものが違法化される」と述べ、概念の自己矛盾を指摘したとされる。
一方で、自治体関係者の間では「罰するための制度」ではなく「やりすぎを止めるための言い換え」に過ぎないという理解も根強かった。もっとも、1986年の討議記録には、委員の一人が『予防を禁じることで、かえって予防が増えるのではないか』と発言し、議場が10秒ほど静まり返ったまま終わったと記されている。こうした経緯から、本概念は法制史よりも会議体の失敗例として記憶されている[11]。
歴史的評価[編集]
現在では、ひったくり予防罪は実在の条文というより、末期の官僚的発想を象徴する比喩として扱われることが多い。ただし、防犯と自由のバランスをめぐる議論では今なお引用され、特に通学路の見守り活動や過剰な私設警備との比較に用いられている。
また、の内部刊行物には、ひったくり予防罪をモデルにした模擬裁判が掲載され、学生が「バッグを守る自由」と「歩行者を怯えさせない責務」を争ったという。判決文の末尾には「なお、被告の自転車前カゴは著しく重い」とあり、法的判断と生活感覚の混線がこの概念の魅力であると評された[12]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松浦義一『都市防犯と過剰予防の法社会学』中央法規出版, 1987.
- ^ 西園寺玲子『路上秩序の成立史』有斐閣, 1994.
- ^ Dr. Margaret L. Henson, "Preventive Offenses in Urban Japan", Journal of Comparative Public Order, Vol. 12, No. 3, pp. 44-67, 1991.
- ^ 長谷部 恒一『不安を罰する法』日本評論社, 1998.
- ^ 東京都路上秩序研究会『第4分科会議事録集成』都政資料センター, 1980.
- ^ K. Nakamura, "The Snatch-Prevention Paradox", Public Safety Review, Vol. 8, No. 2, pp. 101-119, 1986.
- ^ 『商店街防犯グッズ白書 1985』全国商店街振興会, 1986.
- ^ 井上由紀『ひったくり予防条例案の挫折』都市行政研究 第7巻第1号, pp. 9-28, 2002.
- ^ A. R. Feldman, "When Prevention Becomes Offense", Urban Law Quarterly, Vol. 19, No. 1, pp. 1-22, 2005.
- ^ 西園寺玲子『バッグと国家』京都都市文化研究所, 2001.
- ^ 松岡 恒一『路上不安の実務メモ』警察庁内部資料, 1979.
- ^ 田辺美沙『予防をやめる勇気』関西学院大学法学紀要 第41号, pp. 73-90, 2010.
外部リンク
- 日本ひったくり予防史資料館
- 路上秩序アーカイブス
- 防犯装備文化研究会
- 都市予防法制センター
- バッグ安全学会