べいっけん
| 名称 | べいっけん |
|---|---|
| 別名 | 米券焼き、北河内べいけん |
| 発祥 | 日本・北関東 |
| 主な材料 | 米粉、小麦粉、甘酒、灰汁 |
| 考案時期 | 1790年代頃と推定 |
| 分類 | 半発酵焼成食品 |
| 主な伝承地 | 茨城県南部、千葉県北西部 |
| 関連団体 | 日本べいっけん保存会 |
べいっけんは、後期ので成立したとされる、穀粉を水棲酵母で半発酵させて焼き上げる保存食である。のちに後の炊き出し研究を通じて体系化され、との一部では郷土食として知られている[1]。
概要[編集]
べいっけんは、米粉を主体とした生地を低温で一晩ねかせ、翌朝にまたはで焼成する食品である。表面に薄い亀裂が生じ、内部に蜂の巣状の気泡が残ることが特徴とされる[1]。
名称は「米の券」に由来するという説が古くからあるが、実際にはの年貢証文を保管する木箱の呼称「米券箱」が縮まったものとする異説もあり、研究者の間で完全には一致していない。なお、一般家庭で広まったのは初期の配給統制期であり、の通達により「一枚で一食に相当する代用食」として奨励されたという記録が残る[2]。
一方で、べいっけんの起源については、沿いの船宿で米の湿気を飛ばすために考案されたという実用説と、巫女がの奉納物を焼いた儀礼食だったという宗教説が対立している。いずれもの初代会長であったが1934年に整理した口伝を基礎としているが、その採録ノートの3ページ目だけ筆跡が異なることが指摘されている[3]。
歴史[編集]
成立と初期の普及[編集]
最初期のべいっけんは、の飢饉後にの農家で見られた「米を少量の灰汁で膨らませる」調理法に近かったとされる。1798年の『郡台帳補遺』には「白く、紙のごとく軽き焼き餅」への言及があり、これがべいっけんの原型とみなされている[4]。
ただし、同文書の余白には「村役場にて試食一同、あまりに軽く箸が止まらず」との注記があり、真偽は定かでない。後年、の御用菓子師であったがこれを改良し、塩分を微量に加えることで保存性を6倍に伸ばしたとされる。
配給統制期の再編[編集]
18年、は「粉食奨励要項」の一環としてべいっけんの標準化を進め、厚さ3.2ミリ、直径11.4センチの規格を定めたといわれる。これにより、地域ごとに異なっていた焼き色が「淡黄」「狐色」「雨後の瓦色」の3種に整理された[5]。
この規格化を主導したのは、出身の栄養学者で、彼女はべいっけんを「咀嚼回数を平均47回増加させる食品」として報告した。なお、報告書の付録には試験者の感想として「非常に静かである」「机の下で犬が待機した」など、学術文書としてはやや不可解な記述が見られる。
観光資源化と再評価[編集]
以降、南部と北西部の道の駅を中心に、べいっけんは「懐かしいが実は新しい」土産として再発見された。特にでは、焼成時に地元産を練り込んだ派生品が開発され、1日あたり平均286枚を販売したとされる[6]。
2011年にはの非公式分科会において、べいっけんの気泡構造がパンよりも均一であるという結果が示され、翌年にはの支援で「べいっけん断面アーカイブ」が作成された。もっとも、同アーカイブの撮影担当が全て同じ角度から撮ってしまったため、個体差の判別が困難であるという批判もある。
製法[編集]
べいっけんの基本工程は、米粉7割、小麦粉2割、甘酒1割を合わせ、を数滴加えて一晩発酵させることである。家庭では木べらで32回かき混ぜると最も風味が安定するとされ、これを「三十二撹法」と呼ぶ[7]。
焼成は強火ではなく、むしろの遠火で「生地が驚かない程度」に加熱するのが要点とされる。べいっけん職人は焼き上がりを見て、表面に「月面状の孔」が8つ以上あれば合格と判定するという。また、上級者は生地の発酵音を耳で聞き分け、泡が「ぱち」と「ぷち」の中間で止まった瞬間に焼き始めるが、これは弟子入り3年目以降でないと許されない慣行である[8]。
文化[編集]
べいっけんは単なる食品ではなく、の一部では「家の湿気を食べる」とされ、梅雨入り前に窓辺へ二枚置く習俗がある。食べる前に割ったとき、内部に極小の空洞が7つ現れるとその年の田植えが順調である、という言い伝えもある[9]。
また、の一部では祝宴でべいっけんを縦に割り、あえて半分だけ配る「片割れ献上」が行われる。これは「足るを知る」ことを示す作法であると同時に、もう半分を翌朝の味噌汁に浸すための実用的配慮でもあるとされる。なお、の門前では、参詣客がべいっけんを買うと鐘が一度だけ鳴るという風習があったが、実際には店主が紐を引いていたとされる。
論争[編集]
べいっけんをめぐる最大の論争は、その名称が「米券」と関係するのか、それとも「米剣」と関係するのかである。後者を支持するのは、べいっけんを「稲作社会における穂先の記憶」と解釈したが、発表資料の図版には単に包丁が描かれていただけであった[10]。
また、戦後の学校給食でべいっけんが供されたという証言が複数ある一方、同時期の献立表には一切記載がない。この点については「紙の節約のため記録を省略した」と説明しているが、反対派は「食べた人の記憶だけが過剰に整っている」と批判している。さらに、1987年にで開催された「第一回べいっけん実測会」では、参加者12名中9名が測定前に半分食べてしまい、正式なデータが採れなかった。
現代のべいっけん[編集]
現在のべいっけんは、家庭向けの簡易版から、内の和食店で提供される高級版まで幅広い。高級版ではやを用いた西洋折衷型もあり、1枚980円から1,480円程度で販売される[11]。
2020年以降は、冷凍技術の進歩により「凍結べいっけん」が普及し、電子レンジで11秒温めるだけで焼きたてに近い食感が得られると宣伝されている。ただし、解凍しすぎると内部の空洞が消失し、ただの薄い煎餅のようになるため、説明書には「13秒以上は不可」と大きく書かれている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会清次郎『べいっけん口伝集』日本粉食文化協会, 1936.
- ^ 森村いち『半発酵焼成食品の栄養学的意義』東京帝国大学農学部紀要 Vol.12, 第3号, pp. 44-71, 1942.
- ^ 志賀庄兵衛『常陸粉食考』水戸藩食務局, 1802.
- ^ 中村康弘『配給統制下の地方食品標準化』農林統計出版, 1968.
- ^ A. Thornton, “The Humidity Memory of Starchy Cakes,” Journal of Trans-Regional Food Studies Vol.8, No.2, pp. 113-129, 1999.
- ^ 有馬俊彦『米剣説の再検討』民俗と食 第21巻第1号, pp. 5-18, 1978.
- ^ 田沢和枝『関東半発酵菓子の比較民俗誌』岩波書店, 2005.
- ^ Japan Beikken Preservation Society, Proceedings of the 7th Annual Symposium on Beikken Geometry, pp. 1-96, 2014.
- ^ 小栗雅彦『焼成音の民俗音響学』音と生活社, 2011.
- ^ M. R. Kelsey, “Archiving Crumb Topology in Rural Japan,” International Review of Culinary Anthropology Vol.4, No.1, pp. 22-39, 2021.
外部リンク
- 日本べいっけん保存会
- 北関東粉食文化アーカイブ
- べいっけん断面図鑑
- 道の駅もてぎ 食文化資料室
- 関東郷土食研究ネット