ほに
| 名称 | ほに |
|---|---|
| 発祥 | 日本列島南西部の沿岸部とされる |
| 成立時期 | 末期から初頭と推定 |
| 用途 | 合図、祝詞、記録符号、幼児語 |
| 主な研究者 | 、 |
| 主な分布 | 和歌山県、三重県南部、淡路島沿岸部 |
| 関連機関 | 国立民俗音声研究所、紀南語彙保存会 |
| 別名 | ほに札、ほに節、二音合図 |
ほには、の民間語源学に由来するとされる、短い呼気音を伴う合図語および記号体系である。現在ではを中心に、祭礼、漁業、幼児教育、ならびに一部の文化で用いられているとされる[1]。
概要[編集]
ほには、短く吐き出すように発声される二拍相当の語であり、もとは沿岸の漁師が霧中で互いの位置を伝えるために用いたとされる。語形は単純であるが、抑揚、息継ぎの長さ、末尾の子音化の有無によって意味が異なり、地域によっては十二種以上の派生形が確認されているとされる[2]。
現代では、祭礼の掛け声や子どもの遊戯用語として知られる一方、40年代にの大学サークルがこれを再発見したことで、都市部の若者文化にも流入した。この再発見は偶然ではなく、当時の民俗学講義で配布された謎の資料「ほに覚書」によるもので、資料の余白には鉛筆で「鳴らすな、意味が変わる」と書かれていたとされる[3]。
語源[編集]
漁労起源説[編集]
最も広く知られている説では、ほにはで網を引く際、腕の力を抜かせるために発せられた掛け声「ほーに」が縮約したものとされる。網元のがに残した航海日誌には、風向きが西寄りの日ほど「ほに」が長くなり、潮目が悪い日は三回続けて発せられたと記されている[4]。
神楽転用説[編集]
一方で、の山間部に伝わるでは、鈴の鳴りを模す符号として「ほに」が採用されたという説もある。国立民俗音声研究所のは、採集の録音において、笛の後に必ず「ほに」が挿入される箇所が見つかることから、これは単なる掛け声ではなく、拍子を切り替える信号だったと推定している[5]。
歴史[編集]
中世から近世への定着[編集]
文献上の初出は、後期に成立したとされる『』である。同書には「ほに、潮を呼び、また人を寄せる」とあり、当時すでに漁労と祭礼の双方で使われていた可能性が高い。なお、同書の写本はに所蔵されているとされるが、目録番号が三度改訂されており、研究者の間では半ば伝説化している[6]。
明治期の標準化運動[編集]
20年代、の地方風俗調査の一環として、ほにの記録化が行われた。担当したは、現地調査の成果をもとに「ほに式記譜法」を提案し、声の高低を二本線、息の抜けを点線で表す独自記法を作成したが、あまりに記号が複雑で、の第二回地方博覧会では来場者の7割が「読めない」と答えたという[7]。
戦後の再評価[編集]
30年代以降、教育現場での「呼吸の整え方」を教える教材として再評価された。特にの一部小学校では、朝礼の前に「ほに」を一斉発声させることで児童の姿勢が改善したと報告され、からは週2回の実地指導が行われた。ただし、当時の指導要領には記載がなく、導入の経緯については校長の趣味によるものだったとの指摘もある[8]。
構造と用法[編集]
ほには単なる発声ではなく、音節の長さ、息の混入率、語尾の上がり方によって少なくとも9種類に分類される。たとえば「ほにっ」は招集、「ほにー」は警戒、「ほにぃ」は子どもをあやす際の柔らかな呼びかけに用いられるとされる。
また、紀南地方では、木札に「ほに」と書いて縁側に吊るすことで、来客の滞在時間を調整する習俗があったとされる。これは、滞在を歓迎する場合は赤い墨、早めに帰ってほしい場合は煤墨を用いるという、きわめて繊細な社会技術として注目されている[9]。
社会的影響[編集]
ほには、地方共同体における合意形成の道具として機能したと考えられている。会議で意見が割れた際、年長者が一度だけ「ほに」と発すると議論が一時停止し、その間に湯呑みが回される慣行があり、これは現代の研究でも引用されることがある。
一方で、には若者がこれを「意味のない音」として逆輸入し、の路上文化において「ほに」を会話のつなぎに使う流行が発生した。最盛期のには、都内の雑誌3誌がほに特集を組み、推計4万6千人が「ほに系フレーズ」をノートに書き写したとされる[10]。
批判と論争[編集]
ほに研究には、史料の真正性をめぐる論争がある。特に『紀州浜言記』の筆写本に見られる「ほに」の文字が、後世の補筆である可能性が指摘されており、のは、墨の成分分析から少なくとも2か所が期の修復であると報告した[11]。
また、教育現場での導入をめぐっては、「情操教育に資する」とする賛成派と、「児童に不必要な二重意味を教える」とする反対派が対立した。なお、1989年の懇談会では、ある委員が会議中に3回「ほに」と発言し、議事録にそのまま転記されたことがある。これが正式な発言なのか、単なる咳払いなのかは、今も判然としていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『ほに音韻史序説』紀南文化研究会, 1903年.
- ^ 高橋みどり「沿岸儀礼における二拍語の機能」『民俗音声学雑誌』Vol. 12, No. 3, pp. 41-68, 1938.
- ^ 寺島卯之助『紀伊水道航海日誌』私家版, 1894年.
- ^ 佐伯久美子「『紀州浜言記』写本の墨成分分析」『古文書研究』第28巻第1号, pp. 9-27, 1991年.
- ^ Margaret A. Thornhill, Honi and Breath-Call Systems of Southwest Japan, Journal of Comparative Ethnolinguistics, Vol. 7, No. 2, pp. 113-146, 1964.
- ^ 中村庄平『地方風俗調査と記譜法の変遷』内務資料刊行会, 1912年.
- ^ 山岸友紀「児童朝礼における発声訓練の教育効果」『学校衛生』第14巻第5号, pp. 201-219, 1959年.
- ^ M. R. Ellington, Signal Words in Coastal Communities, Oxford Folklore Series, Vol. 3, pp. 77-95, 1978.
- ^ 小田切蓮『原宿語彙の成立と崩壊』青山書房, 1988年.
- ^ 国立民俗音声研究所編『ほに年鑑 1987』, 1988年.
- ^ 吉良咲子「ほに式記譜法の再現実験」『音声記号学報告』第9巻第2号, pp. 55-81, 2004年.
外部リンク
- 国立民俗音声研究所デジタルアーカイブ
- 紀南語彙保存会
- ほに式記譜法研究室
- 和歌山地方文化資料センター
- 民間合図語データベース