ぽんぽんぽんきち
| 分類 | 民間語彙、児童遊戯、半儀式的音型 |
|---|---|
| 起源 | 明治期の東京下町とする説 |
| 初出文献 | 『東京音律小誌』所収の覚え書き |
| 主な使用地域 | 東京、埼玉、千葉の旧街道沿い |
| 使用場面 | 祭囃子、子どもの手遊び、倉庫の呼号 |
| 代表的な型 | 三拍型、六拍型、返し句型 |
| 禁忌 | 夜間に4回以上続けること |
| 再評価 | 1970年代の民俗音声学ブーム |
ぽんぽんぽんきちは、の民間伝承に由来するとされる、三段階の発声と反復打鍵を伴う擬音語・擬態語の総称である。主に、、および初期ので用いられたとされ、19世紀末から20世紀前半にかけて独自の発展を遂げたとする説が有力である[1]。
概要[編集]
ぽんぽんぽんきちは、3回の短い打音と1回の語尾上昇を組み合わせることで、場の注意を集めるために用いられたとされる音型である。今日ではの資料やの研究対象として知られているが、もともとは末期の荷揚げ場で荷札の確認を行う際の呼号だったとする説が有力である。
名称の由来については、の船問屋に勤めていた帳付け係・が、木箱を3回軽く叩いてから名前を読み上げる癖を持っていたことに由来するとされる。ただし、この説はとされることが多く、別にの周辺で子どもが真似した遊び声が先行したとする見解もある。
歴史[編集]
成立期[編集]
最初期のぽんぽんぽんきちは、にの下町で記録された「ぽん、ぽん、ぽん、きち」と区切る呼称であったとされる。当時のの雑記帳には、夜回りが戸口を3度叩いてから「きち」と発声し、住民に異常の有無を知らせたとの記述がある。なお、この「きち」は「吉報」の略であるとする説と、単に「来ち」の訛りであるとする説が並立している。
にはの見世物小屋で、客寄せの掛け声として変形した型が流行した。小屋主のは、1日に最大までこの音型を繰り返したと日記に記しており、聴衆の半数が笑い、残りの半数が帰ったとされる[2]。
児童遊戯への転化[編集]
後期になると、ぽんぽんぽんきちは子どもの手遊び歌に取り込まれた。とくにの女学校周辺では、机を3回叩いて友人の名を呼ぶ遊びが流行し、これが後の「三拍返し」型の基礎になったとされる。研究者のは、からにかけて採集した76例のうち、実に54例が「怒られたときの言い訳」にも転用されていたと報告している。
一方で、北部の農村部では、田植え後の休憩時に「ぽんぽんぽんきち」を唱えると蚊が寄らないという俗信があり、の職員が試験したところ、蚊の減少率は統計上ほぼ認められなかったが、作業員の機嫌は明らかに改善したとされる。
学術化と標準化[編集]
の後、避難所での人数確認を効率化するため、ぽんぽんぽんきちが「3打1呼」の形式で用いられたことから、音声指示として再評価された。これを受けては、標準型を「短打三回、後続語尾一回」と定める暫定指針を発表したが、現場ではほとんど守られなかった。
にはのが、ぽんぽんぽんきちの音節配列が人間の注意喚起に最も適したリズムであるとする論文を発表した[3]。ただし、同論文の付録にある拍数表はとの欄が入れ替わっており、後世の編集者を長く悩ませた。
社会的影響[編集]
ぽんぽんぽんきちは、単なる掛け声にとどまらず、の商家における連絡手段、子どもの遊び、さらには初期のジングルの原型として広がったとされる。の前身であるの試験放送記録には、の春に「ぽんぽんぽんきち」を0.8秒短縮した型が使われたという記載がある。
また、戦後にはの下町で「景気づけの言葉」として再流行し、飲食店の開店時に店員が3人そろって唱和する習慣が生まれた。もっとも、の調査では、実際に実施していた店舗は全体のにとどまり、残りは「やったことがあると聞いた」程度であったとされる。
批判と論争[編集]
ぽんぽんぽんきちをめぐっては、その起源がなのかなのかで長らく争われてきた。のでは、望月朴一起源説を支持する派と、むしろの倉庫街で生まれた荷役確認用の略式号令だとする派が激しく対立した。
さらに、には児童文化研究の文脈で「子どもに無意味な反復音を強いる点が教育上問題である」との批判が出たが、実際には教室内で最も静かになる手遊びとして重宝されていたという反証もある。なお、に刊行された再編集版では、起源年をからへ修正する誤植が入り、以後その誤植版を正史として引用する研究者が続出した。
用法と型[編集]
三拍型[編集]
最も基本的な型で、机や箱を3回叩いてから「きち」と締める形式である。語尾を上げない地方では「ぽんぽんぽん、き」と短く切ることもあり、の港湾関係者の間ではこれが正式とみなされていた。
六拍型[編集]
期に流行した拡張型で、両手で左右交互に3回ずつ打つ。拍数が多いため失敗しやすく、の寄席では「途中で自分が何をしているかわからなくなる」として半ば喜劇のネタにされた。
返し句型[編集]
相手が「ぽんぽんぽんきち」と唱えると、受け手が「きちはまだか」と返す応答形式である。主にの出店整理で用いられたが、の記録では返しが遅れた者に対し、係員がなぜか帳簿を見せながら同じ句を5回繰り返したという。
研究史[編集]
戦後の研究では、の周辺で音象徴との関連が検討され、ぽんぽんぽんきちは「軽い連打」と「落ち着いた帰結語」の組み合わせとして分類された。とくには、60例中47例が「安心」「確認」「集合」のいずれかに結びつくと指摘し、実用語彙というより集団同期のための合図であると論じた。
しかし、のの調査では、小学生の72人中19人が「カレーの掛け声だと思っていた」と回答しており、意味理解が世代によって大きく異なることが示された。この結果は、ぽんぽんぽんきちが語義よりもリズムで継承された可能性を示すものとしてしばしば引用される。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 中村礼三『ぽんぽんぽんきちの拍動構造』音声文化研究社, 1931年.
- ^ 阿部しづ『下町児童語彙集』東京民俗叢書刊行会, 1910年.
- ^ 山岸千代「戦後東京における反復呼号の機能」『国語国文』Vol. 42, No. 3, pp. 118-139, 1956.
- ^ Charles W. Fenwick, "Rhythmic Call-Forms in Urban Japan," Journal of Folklore Acoustics, Vol. 8, No. 2, pp. 44-67, 1964.
- ^ 佐伯重之『祭礼と呼号の社会史』河原書房, 1972年.
- ^ Margaret L. Sweeney, "Three-Tap Vocatives and Crowd Coordination," The Review of Ethnographic Sound, Vol. 15, No. 1, pp. 1-23, 1980.
- ^ 東京音声史編纂委員会『東京音律小誌 校訂版』都市音文化資料室, 1983年.
- ^ 渡辺精一郎「ぽんぽんぽんきち再考――荷役確認語としての可能性」『日本民俗音声学会誌』第12巻第4号, pp. 201-219, 1994年.
- ^ 林田真由美『児童遊戯にみる反復音の伝播』北斗出版, 2001年.
- ^ Herbert K. Lowell, "Kichi as Closure: A Misread Ending in Meiji Oral Culture," Asian Sound Studies Quarterly, Vol. 3, No. 4, pp. 88-93, 2007.
外部リンク
- 東京民俗音声アーカイブ
- 下町擬音語研究センター
- 帝国音声協会旧蔵資料室
- 児童遊戯ことば年鑑
- 反復呼号デジタル博物館