ぽこちん
| 読み | ぽこちん |
|---|---|
| 英語表記 | Pocotin |
| 初出 | 1827年頃(文献上の仮初出) |
| 主な使用地域 | 江戸、東京下町、関東圏の寄席界 |
| 語義 | もとは拍子木状の小道具、のちに婉曲表現 |
| 語源説 | 拍子木起源説、鐘楼転訛説、港湾隠語説 |
| 社会的位置づけ | 放送自粛語彙として扱われた時期がある |
| 再評価 | 1990年代以降の民俗語彙研究 |
| 関連団体 | 日本俗語史学会、下町言語文化保存会 |
ぽこちんは、日本の近世以降に用例が確認されるとされる俗語であり、特に江戸後期の寄席文化と下町の隠語体系の中で独自の意味変化を遂げた語である[1]。のちにを中心とする民間語彙研究で再評価され、語源論争の対象として知られる[2]。
概要[編集]
ぽこちんは、主に江戸後期から昭和中期にかけて、やの会話圏で用いられたとされる俗語である。一般には卑俗な語として扱われた一方、地域によっては拍子や合図を示す中立的な語としても機能していたとされる[1]。
語義の揺れが大きく、時代ごとに「小刻みな打音」「急な呼び声」「気まずさを和らげる婉曲語」など複数の意味で使われたという。なお、の内部調査では、1958年時点で都内23区のうち14区で意味の認識が一致しなかったとされ、俗語としての多義性が強調された[2]。
語源[編集]
もっとも有力とされるのは、の木工職人が用いた拍子木を表す擬音語が起点になったとする説である。これによれば、木槌で短く二度打つ音を「ぽこ」と呼び、それに強調の接尾辞「ちん」が結びついて現在形になったとされる[3]。
一方で、の書肆に残るとされる断簡には、鐘楼の点検時に鳴らす軽打音を意味する「鎮(ちん)」が転訛したとする記述もある。また、の港湾労働者の隠語帳では、荷役開始の合図を示す言い回しとして記録された例があり、港湾説を支持する研究者も少なくない[4]。
ただし、1964年にの民俗語彙班が公開した聞き取り記録では、回答者17人中12人が「意味は分からないが勢いで使った」と証言しており、語源の正確な特定は困難であるとされる。これが、逆にぽこちんを「意味より音感が先行する語」として研究対象化する契機になった。
歴史[編集]
江戸期の成立[編集]
文献上の初出は、文政10年()頃に成立したとされるの写本に見える「ぽこちんと一つ鳴らして来い」という記述である。これは実際には木戸を叩く指示であったとも、賭場の合図であったともいわれる[1]。
周辺では、短く済ませたい依頼や、立ち話を打ち切るための便利な語として普及したとされる。ある版本では、遊女屋の帳場が一晩で87回この語を記したとされ、当時の繁忙ぶりを示す資料として引用されているが、写本の紙質から後世の増補との指摘もある。
明治から戦前[編集]
期になると、ぽこちんは新聞小説や軽演劇の中で半ば戯画化された語として再登場した。とりわけ系のコラムにおいて、東京の下町言葉を象徴する語として紹介されたことが、全国への拡散に寄与したとされる[5]。
の後、避難所での号令や雑談の語として断片的に用いられたとの証言がある。被災地の混乱の中で、音の短さと語感の柔らかさが「怒鳴らずに急かせる語」として評価されたという。
戦後の放送自粛と再評価[編集]
戦後は、の放送基準において直接使用を避ける語の一つとして扱われた時期がある。もっとも、1960年代後半の深夜番組では、効果音としての「ぽこっ」という音が語の連想を呼ぶとして、制作現場で半ば暗黙の合図になっていたとする証言が残る[6]。
1990年代にはの周辺で、ぽこちんが地域語彙として再評価された。1997年の公開シンポジウムでは、発表者のうち3名が用例を提示し、うち1名は紙片に「ぽこちんは意味の器である」と書いて喝采を浴びたと記録されている。
社会的影響[編集]
ぽこちんは、俗語でありながら、教育・放送・出版の各領域で微妙な扱いを受けた。小学校の国語教材からは当然ながら排除されたが、逆にそれが子どもたちの間での伝播を促し、昭和40年代の下町では「知っているが説明できない語」として一種の通過儀礼になったとされる[7]。
また、飲食店の呼び込み、寄席の袖、印刷所の校正現場など、声を短く切る必要がある場面で便宜的に使われた例が多い。1994年の調査では、都内の古書店員42人中11人が「ぽこちんは紙の匂いと結びついている」と答え、語のイメージが物理的感覚と結びついていたことが示唆された。
一方で、語感の強さから広告業界では忌避される傾向もあった。ある食品会社は1981年に新製品名へ採用寸前まで進めたが、社内会議で「声に出した時の残響が長い」と却下されたとされる。資料の一部はの倉庫に残るとされるが、確認は取れていない。
方言差と用法[編集]
関東では合図や打音を意味する語としての用法が目立つのに対し、関西では場を濁すための間投詞に近い使われ方が多かったとされる。の花街では、急な来客を「ぽこちん」と婉曲に表した例があるというが、証言の多くは後年の聞き書きである[8]。
さらに、の漁村部では、網を引く際の短い掛け声に似た発音が記録されており、同根語かどうかで研究者の意見が割れた。2011年の比較方言調査では、27地点中9地点で類似表現が採集されたが、採集者が笑いをこらえきれなかったため、調査票の信頼性がやや問題視された。
研究史[編集]
ぽこちん研究は、の言語学講座よりも、むしろ民俗学・演芸史・出版史の研究者に支えられてきた。代表的研究者としては、渡辺精一郎、マルガレート・L・ソーン、平山久作らが挙げられ、それぞれ語源・伝播・禁忌語彙の観点から論じた[2]。
1986年にはが『ぽこちん小事典』を試作したが、見出し語の選定で激論が起こり、最終的に全168項目のうち19項目が保留になった。編集委員会議事録によれば、もっとも長い議題は「語尾のちんを独立語とみなすべきか」で、実に4時間12分を要したという。
なお、2019年に刊行された『都市雑音語彙の生成』では、ぽこちんを「意味が崩れることで共同体を保つ語」と定義しており、この解釈が現在の通説に近いとされている。
批判と論争[編集]
最大の論争は、そもそもぽこちんが独立した語であったのか、あるいは複数の語の聞き違いが後世に一語へ統合されたのか、という点である。反統合説の研究者は、同一の録音資料に三種の異なる発音が確認できるとして、語の実在性そのものを疑っている[9]。
また、1980年代のテレビバラエティで頻出したことにより、若年層の間で「意味は知らないが使うと面白い語」として消費された。これに対し、保存運動側は「戯画化によって語の歴史が切断された」と批判したが、同時に啓発ポスターの文言も妙に面白く、結果として配布先で回収不能になったという。
一部の研究では、ぽこちんを「日本語の音象徴が社会制度に敗北した稀有な例」と評するが、これには異論も多い。なお、当該論文は第3図の凡例がすべて誤っていたため、要出典タグが付与されたまま引用されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『江戸下町俗語の音韻史』日本言語文化出版, 1998, pp. 41-79.
- ^ Margaret L. Thorne, "The Pocotin Problem: Sound, Gesture, and Urban Slang", Journal of East Asian Folklore, Vol. 12, No. 3, 2004, pp. 115-142.
- ^ 平山久作『寄席における短語の機能』芸能史研究会, 1976, pp. 9-33.
- ^ 佐伯みどり『放送禁止語と戦後日本語』青磁社, 2011, pp. 188-214.
- ^ Akira Senda, "Interjections in Postwar Tokyo: A Preliminary Study", Language and Society Review, Vol. 8, No. 1, 1992, pp. 3-26.
- ^ 高見沢理恵『下町のことば その保存と変容』風濤書房, 2006, pp. 67-91.
- ^ 日本俗語史学会編『ぽこちん小事典』試作版, 1986, pp. 1-58.
- ^ 小林譲『都市雑音語彙の生成』みすず書房, 2019, pp. 203-229.
- ^ Marina K. Elwood, "A Study on the Semantic Drift of Small Urban Noises", Studies in Vernacular Culture, Vol. 5, No. 2, 2015, pp. 88-101.
- ^ 田所一彦『ぽこちん語源考 ちんの独立性をめぐって』東京言語館, 1979, pp. 14-17.
外部リンク
- 日本俗語史学会
- 下町言語文化保存会
- 国立国語研究所 民間語彙アーカイブ
- 東京下町ことば資料室
- 都市雑音語彙データベース