まじばーず連合
| 正式名称 | まじばーず連合 |
|---|---|
| 英語名 | Majibers Federation |
| 設立 | 1978年 |
| 設立地 | 東京都中野区 |
| 活動地域 | 日本全国、特に首都圏 |
| 目的 | 真偽判定の標準化、話法の統一、誇張表現の管理 |
| 主要機関紙 | 『まじである』 |
| 加盟数 | 最大時で推定1,840団体 |
| 初代議長 | 渡辺精一郎 |
| 標語 | 「それ、本当にまじか」 |
まじばーず連合(まじばーずれんごう、英: Majibers Federation)は、を中心に発展した、発話の真偽判定と話法統一を目的とする民間準拠の相互扶助組織である。にの喫茶店で原型が成立したとされ、現在は冗談と行政文書の境界を揺らす団体として知られている[1]。
概要[編集]
まじばーず連合は、口頭伝承、町内会文書、掲示板文化、さらには商店街の呼び込み文句までを対象に、文末の語尾や語感を統一しようとした民間組織である。発足当初はの数店舗による小規模な勉強会であったが、後半にはやの学生サークル、放送研究会、地方紙の校閲班などへ急速に広がったとされる[2]。
同連合の特徴は、真面目な校正団体でありながら、会議がしばしば漫才の反省会と区別がつかなくなる点にある。公式規約では「断定はするが断言しない」「盛る場合は注釈をつける」ことが推奨され、これが後に系の文書研修やの若手アナウンサー研修に影響を与えたという説もある。ただし、この影響関係については、当事者の証言が食い違っており、要出典とされることが多い[3]。
歴史[編集]
結成の経緯[編集]
起源は夏、南口の喫茶店「珈琲サルベージ」において、コピーライターの、公務員の、そして落語研究会出身のが、当時流行していた「マジ」と「ほんとうに」の言い換え問題を議論した会合にあるとされる。彼らは、若者言葉が地域ごとに異なる速度で拡散し、広告文、自治会回覧板、求人票の三者間で意味の衝突が起きていることに危機感を抱いた。
翌年には、都内の印刷所で作成した『まじ語用便覧 第一版』が頒布され、これが連合の事実上の設立文書となった。便覧には「まじ」「ガチ」「本気」「至急」の四語を相互変換する表が掲載され、さらに「超まじ」を官庁文では使用禁止とする注記まで存在した。発行部数は初版で237部にすぎなかったが、そのうち12部がとの演劇サークルに流れ、結果として過剰に演出された語法が一気に拡散したという。
この時期、連合はまだ「連合」と名乗っておらず、「まじばーず勉強会」または「真偽話法懇談会」と呼ばれていた。ただしの夏、会員がで行った公開講習会に約430人が集まり、主催者が拡声器で「もう会の規模がまじである」と発言したことを契機に、名称が現在のものへ統一されたとされる。
拡大と制度化[編集]
、連合は「三段階真偽表示制度」を採用した。これは、発言を「A: 事実」「B: 解釈」「C: 夢想」に分類し、会話の冒頭で自己申告する仕組みである。制度導入後、加盟団体の会合では無用な口論が17%減少し、代わりに「今のはAかBかCか」を巡る議論が52%増加したと報告されている[4]。
制度化の象徴とされるのが、にで開かれた第3回全国大会である。この大会では、当時まだ珍しかったワープロ専用機を用いて「まじ認定書」を量産し、1日で7,200枚を発行した。受付係は作業効率を上げるためにスタンプ台を3色に分け、赤を「本気」、青を「保留」、緑を「たぶんまじ」に割り当てたが、最終日に誰も運用方法を覚えていなかったという。
また、にはの老舗出版社と提携し、機関紙『まじである』の定期刊行が始まった。誌面では地方方言の真偽表現、飲食店の「本日限定」表示、受験参考書の見出し語などが検討され、学術誌めいた体裁でありながら、編集後記だけが毎号やけに熱かった。
全盛期と衰退[編集]
前半、まじばーず連合は最盛期を迎えた。加盟は個人会員2万3,000人、団体会員1,840団体に達したとされ、からまで「まじ検定」なる地域試験が実施された。検定は筆記50問・面接1回・実地会話2分という妙に厳格な構成で、最難関は「『それな』を使わずに同意を示せ」という設問であった。
しかし、以降、インターネット掲示板文化の急速な普及により、連合の標準語法は若年層の自発的な省略表現に押され始めた。特に、匿名空間においては真偽区分そのものが曖昧になるため、三段階制度が機能しにくくなったのである。連合内部では「文字だけの会話では、むしろ全発言がCになる」とする急進派と、「逆にAを増やせば秩序が戻る」とする保守派が対立し、の臨時総会では議案書が4時間半も読み上げられた。
この混乱の最中、初代議長のが掲げた「正しいことを言うより、正しく聞こえることのほうが難しい」という演説は一部で高く評価されたが、同時に「それはもう広告ではないか」と批判も受けた。結果として、連合は頃から社会運動というより、民間の語用研究サークルへ性格を変えていったとされる。
組織構造[編集]
まじばーず連合の組織は、中央委員会、語尾監査局、地方支部協議体、そして準公式の「ノリ調整班」から構成されていた。語尾監査局は年に2回、加盟団体の配布文書を点検し、「です」「である」「でやんす」の使い分けが地域慣習と合っているかを確認したとされる。
もっとも有名だったのは、に置かれた「近畿真偽照会センター」である。ここでは、電話口で「本当に?」と問われた際の返答テンプレートが42種類も用意され、職員は相手の年齢層、用件、声の張りまで勘案して応答していた。なお、同センターはに廃止されたが、跡地の自販機には今も「まじ確認用ホットコーヒー」が残っているという噂がある[5]。
また、連合には珍しい慣習として、会長よりも「副議長補佐見習い」の発言権が強い時期が存在した。これは、実務は若手が担い、年長者は「それはまじの線ではない」と最終承認を行う役割分担に由来する。
社会的影響[編集]
まじばーず連合の影響は、言語運動にとどまらなかった。学校現場では、作文指導において断定表現の強弱を教える際の補助教材として採用され、一部の中学校では「まじ・かなり・相当」の使い分けテストが実施されたとされる。これにより、国語の定期試験の平均点が1.8点上がった一方、自由記述の字数が不自然に増えたという。
広告業界でも、後半から「まじで安い」「かなり本気」などの表現が増え、連合はこれを半ば黙認した。加盟企業の一つであった食器メーカーは、冬季限定キャンペーンで「まじで割れにくい茶碗」を発売し、初週に6万4,000個を売り上げたが、翌月にユーザーから「割れないとは言っていない」との問い合わせが殺到した。これが研究の教材になったという説もある。
一方で、連合の活動は「冗談を制度化することで、かえって言葉の自由度を狭めた」と批判されてもきた。特に文化評論家のは『語尾の戒律』において、まじばーず連合を「平成初期の日本語における小規模な官僚制の完成形」と評している。ただしこの書評は、連合員からは「むしろ褒め言葉」と受け止められた。
批判と論争[編集]
最大の論争は、連合が掲げた「真偽の中立性」が本当に中立であったのかという点にある。急進派は、まじばーず連合が実際には「まじ」の語感を既得権化し、他の感嘆表現を周縁化したと主張した。これに対し、執行部は「むしろ『やばい』の独占を防いだ」と反論している。
また、にの支部が配布した教材『まじの境界線—家庭編—』には、家庭内の会話で「マジで?」と聞かれた場合の返答例として「半分まじ」「四割まじ」「語感まじ」などが掲載され、保護者団体から「子どもが数の概念まで疑い始める」と苦情が寄せられた。この件は地方議会でも取り上げられたが、議事録上は「軽妙な言い回しの教育的可能性」と婉曲に処理された[6]。
さらに、代になると、SNS上で「まじばーず」という語そのものがミーム化し、元来の連合活動とは無関係な自称メンバーが急増した。正規会員証を持たない者が「まじ度8.3」と自己申告する現象が相次ぎ、事務局はついに「まじ度の個人利用は認定対象外」と通達を出したが、かえって拡散を助けたといわれる。
遺産[編集]
現在のまじばーず連合は、実働組織としては縮小しているものの、語用論研究、放送表現、商業コピー、さらには校閲文化の周辺で参照され続けている。とくに内の一部出版社では、原稿を「A/B/C」で仕分ける伝統が残っており、これは連合の影響を受けた最後の名残とされる。
また、毎年11月にで開かれる「まじ語祭」には、元会員と研究者、地元の商店主が集まり、過去の会報を朗読して真偽判定の再現実験を行う。2023年の祭では、参加者312人のうち57人が「最終的に何が本気だったのか分からなくなった」と回答したが、主催者はこれを「高度な内省の証拠」と発表した。
このように、まじばーず連合は単なる流行語の親睦団体ではなく、末期から期にかけての日本語感覚の制度化を象徴する存在として語られている。もっとも、同時代の証言を総合すると、その実態の半分は会議、三割は校正、残りは差し入れの羊羹であったともいう。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『まじ語用便覧 第一版』中野印刷出版部, 1979年.
- ^ 石川瑞枝「三段階真偽表示制度の運用史」『語用文化研究』Vol. 12, 第3号, pp. 44-61, 1988年.
- ^ 小川真司『話法と共同体: まじばーず連合の成立』青山社, 1991年.
- ^ Margaret H. Leland, “Register Control in Postwar Japanese Street Speech,” Journal of Applied Folklore, Vol. 8, No. 2, pp. 119-140, 1994.
- ^ 島崎玲子『語尾の戒律』みすず風書房, 1997年.
- ^ 近藤一馬「『まじである』編集後記にみる感情労働」『校閲と社会』第6巻第1号, pp. 5-18, 2003年.
- ^ Harold P. Fenwick, “Federated Authenticity and the Rise of Spoken Standards,” Pacific Linguistic Review, Vol. 21, No. 4, pp. 201-229, 2005.
- ^ 千葉真琴『まじの境界線—家庭編—』千葉県語用協会, 2001年.
- ^ 編集部『まじばーず連合年鑑 1998』まじばーず連合中央委員会, 1999年.
- ^ 高橋澄江「SNS時代における『まじ』の変質」『現代表現学』第15巻第2号, pp. 88-102, 2016年.
- ^ Eleanor J. Voss, “When Everything Becomes A, B, or C,” The Journal of Vernacular Systems, Vol. 3, No. 1, pp. 1-17, 2011.
- ^ 渡辺精一郎『まじであるということ』新都書院, 2008年.
外部リンク
- まじばーず連合公式アーカイブ
- 中野語用史資料館デジタル特設室
- まじである編集部旧版目録
- 真偽判定学会年次報告ページ
- 杉並まじ語祭 実行委員会