新党まじばーず連合
| 名称 | 新党まじばーず連合 |
|---|---|
| 略称 | まじ連 |
| 英語名 | Majibers Union Party |
| 結成 | 平成31年3月 |
| 解散 | 令和4年11月 |
| 本部 | 東京都千代田区神田錦町 |
| 政治的立場 | 中道改革派(自称) |
| 機関紙 | 『まじで議会』 |
| 標語 | まずは会議、次に実装 |
新党まじばーず連合(しんとうまじばーずれんごう、英: Majibers Union Party)は、末期ので急速に台頭したとされる、政策提案型の政治結社である。の小会議室で結成されたとされ、後に「一見まともだが、議事録だけ妙に長い政党」として知られるようになった[1]。
概要[編集]
新党まじばーず連合は、地方議会の無所属議員、元官僚、イベント運営会社出身者、ならびに動画配信者などが寄り集まって形成された政治団体である。公式には「政策実装の速度を上げるための連携装置」と説明されていたが、実際には各候補者の演説時間を均一化するために導入された制度が、党組織の中核を占めていたとされる。
発足当初はの政治団体届出上の名義で注目を集めたが、支持者の間では「党というより、会議体とノベルティの集合である」とも評された。なお、党名に含まれる「まじばーず」は、創設者の一人が会合で「マジでバーズ、つまり真剣に飛ぶ鳥のように軽やかに改革する」と発言した際の聞き間違いが定着したものとされる[2]。
歴史[編集]
結成の経緯[編集]
結成の起点は、秋にの貸会議室で行われた「次世代地方政治の文書化に関する研究会」である。ここで、元職員の、市民活動家の、および元インディー芸人のが合流し、互いの主張がほぼ一致しないまま、合意文書だけが完成したことがきっかけとされる。
同会合では、参加者17名に対し議題が43本、参考資料が128枚配られ、うち実際に読まれたのは6枚だったという。これが後に「6枚原則」と呼ばれ、党運営の基本哲学となった。創設者らは3月に正式な結党大会を近くの多目的ホールで開催し、来場者の9割以上が「政治団体の発表会」だと思っていたとされる。
第一次拡大期[編集]
からにかけて、まじばーず連合はの若年層を中心に支持を広げた。拡大の要因は、政策集がわずか28ページでありながら、各ページに「実施担当」「想定事故」「代替手順」が記載されていた点にあるとされる。
また、同党は街頭演説の代わりに「公開稟議会」を実施し、聴衆が拍手ではなく付箋で賛否を示す方式を採用した。この方式は一部の自治体で模倣されたが、付箋が風で飛びやすいことから、の屋外会場では三度中止になったという。
連立と分裂[編集]
には、まじばーず連合は複数の地域政党との選挙協力を進めたが、共同声明の文体をめぐって深刻な対立が生じた。特に「である調」に統一するか「です・ます調」を残すかで2か月にわたり協議が続き、最終的に両方を併記する案が採用されたため、文書が異常に読みにくくなった。
この時期、党内では「連合派」と「まじ派」に分裂したとされるが、実際には会議室の予約担当を巡る対立に近かったという指摘もある。なお、分裂後も駅前で配布されるビラは同じデザインのままで、遠目には区別がつかなかった。
終盤と消滅[編集]
秋、党本部がの古書店ビル3階から撤収したことで、事実上の活動停止状態に入った。最後の中央委員会では、議題の第1号から第14号までが「備品管理」で占められ、政策に関する議論は15分のみであったと記録されている。
同年11月、公式サイトは「当連合は次の更新に向けて一時的に冬眠する」と発表したが、そのまま更新されなかった。支持者の一部は後継組織「新・まじばーず協議会」の設立を試みたものの、名称が長すぎるとして印刷費の見積もり段階で頓挫した。
政策と活動[編集]
まじばーず連合の政策は、一般に「実務的だが妙に細かい」と評された。代表的な公約には、深夜バスの停留所に発光ステッカーを貼る「見える交通改革」、自治体窓口の待ち時間を秒単位で可視化する「透明番号札制度」、および公園のベンチを奇数座面と偶数座面に分ける「座席調停案」などがある。
とりわけ有名なのは、主要駅に設置されたという「政策自販機」である。これは100円を入れると党の政策カードが1枚出てくる装置で、人気のカードは「子育て支援A-4」と「会議短縮ガイド」であった。なお、雨の日には紙詰まりが頻発し、の展示会では1時間で73枚が重なって排出されたという。
党の活動には、地域の清掃や防災訓練も含まれていたが、いつの間にか訓練の方が本業化したとされる。特にで実施された「避難所レイアウト最適化演習」では、机の配置だけで47案が作成され、住民アンケートの設問数が過剰であったため、回答率は38.4%に留まった。
組織[編集]
党組織は、他の政党に比べて階層が少ない一方で、会議体だけは妙に多かった。中央には代表、幹事長、政策調整局長が置かれたが、実務の大半は「第2資料班」「発声確認班」「来客導線班」などの班単位で進められた。
特異なのは、党員証の更新が年1回ではなく「選挙ごと」ではなく「予算案ごと」に行われた点である。これにより、地方選では党員証が3か月で失効し、選挙期間中に有効期限が切れる者が続出した。党史研究者のは、この制度を「組織としては不器用だが、更新忘れを防ぐには合理的である」と評価している。
また、党内には「まじばーず審査室」と呼ばれる独自のチェック機関が存在し、候補者のSNS投稿が「やや軽い」「軽いが許容」「軽すぎる」の3段階で判定された。2021年の記録では、判定件数412件のうち「軽すぎる」が29件であった。
社会的影響[編集]
まじばーず連合の最大の影響は、政策の中身よりも「政治文書の読みやすさ」に対する社会的関心を高めた点にある。複数の自治体で、議案の冒頭に要約を付ける慣行が強まり、一部では議員提出資料に「三行で書くこと」という内部規定が導入されたとされる。
また、若年層の政治参加を促した副作用として、大学の政治学ゼミで「議事録だけで履修登録が埋まる」という現象が発生した。これを受けて周辺の学生団体が「短い政治」を掲げて模倣運動を起こしたが、討議が短くなるほど議長の裁量が増えるという逆説が指摘されている。
一方で、同党の「公開稟議会」方式は、地方の商店街イベントやPTA総会にまで波及し、会議の透明化に寄与したとの評価もある。ただし、透明化の結果として会議時間が平均27分延びたことから、住民の一部には強い疲労感が残った。
批判と論争[編集]
まじばーず連合に対する批判として最も多かったのは、理念は先進的だが運用が妙に手作業であるという点である。党内外からは、政策カードの文言が毎週修正されること、決裁印が3種類あること、そして会議のたびにマイクの感度を手動で変える必要があることが問題視された。
また、の地方選では、候補者の一人が選挙公報に「市政を、だいたい整える」と記載し、翌日から各紙で論争となった。党側は「過剰な断定を避ける誠実な表現」であると反論したが、選挙管理委員会は当該表現の扱いを『要検討』に分類したとされる[3]。
さらに、党名の由来については、支持者向け資料と代表の回想録で説明が異なるため、研究者の間で長らく議論が続いている。とくに「まじばーず」が英語の造語ではなく、元は会議室の空調ラベルに由来するとの説があり、今なお決着していない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 青木真理『戦後日本の軽量政党史』東洋政策出版, 2023, pp. 114-139.
- ^ 渡瀬義人「公開稟議会の運用と参加率」『地方行政研究』Vol. 18, No. 2, 2021, pp. 41-58.
- ^ 三浦彩乃「会議体としての政党—新党まじばーず連合の成立」『都市政治学年報』第12巻第1号, 2020, pp. 5-27.
- ^ T. Shinonome, “Minutes as Manifesto: The Majibers Case,” Journal of Comparative Party Studies, Vol. 7, No. 4, 2022, pp. 201-219.
- ^ 佐伯倫子『政策カードの社会学』中央実務社, 2024, pp. 66-88.
- ^ K. Howard, “Administrative Populism in East Asia,” Pacific Civic Review, Vol. 15, No. 1, 2021, pp. 77-95.
- ^ 東雲タケル『まじで議会』芸能と政治社, 2022, pp. 9-31.
- ^ 神田未来研究会編『千代田区会議室文化史』神都書房, 2020, pp. 152-174.
- ^ 「市政を、だいたい整える」問題小史『選挙広報月報』第44巻第6号, 2020, pp. 3-9.
- ^ Margaret L. Thornton, “When Parties Become Filing Cabinets,” Civic Systems Quarterly, Vol. 9, No. 3, 2023, pp. 12-40.
外部リンク
- 新党まじばーず連合 公式アーカイブ
- まじ連政策カード博物館
- 地方政治文書研究センター
- 公開稟議会推進協会
- 神保町政治雑誌デジタル庫