まんに
| 名称 | まんに |
|---|---|
| 別名 | 満荷、真二、万荷符 |
| 成立時期 | 8世紀末-10世紀初頭と推定 |
| 主な用途 | 写本注記、帳簿補助、祝詞の拍節標識 |
| 使用地域 | 畿内、北陸、江戸市中 |
| 代表的研究者 | 渡辺精一郎、Margaret A. Thornton |
| 現存資料 | 木簡12点、写本38冊、商家控え帳7冊 |
| 消滅 | 明治中期以降、活版印刷の普及で衰退 |
まんには、末期に成立したとされる、句読点よりも微細な意味の揺れを記録するためのの仮名補助記号体系である。のちにの写本文化と結びつき、には商家の帳簿記号としても転用されたとされる[1]。
概要[編集]
まんには、文章の終止や語義の断絶を示すのではなく、読み手の呼吸、紙のにじみ、筆圧の変化を含めて記録するために用いられたとされる記号群である。現代では一つの語のように扱われることが多いが、古層資料では「まん」「に」「まに」「満荷」の4系統が併記される例もあり、厳密には単一の文字ではなく運用法の総称であったと見る説が有力である[2]。
その起源については諸説あるが、系の文書管理において、薬液で処理した紙が湿気を帯びた際、墨が滲んで「二重に読める」箇所を区別する必要が生じたことが直接の契機とされる。もっとも、史料編纂所で2008年に公表された断簡の再分析では、実際には寺院の作法書に付された退屈しのぎの落書きが制度化された可能性も指摘されている[3]。
名称[編集]
「まんに」の語源は確定していないが、代表的には三つの説がある。第一は、の注釈語「まにまに」が縮約したとする説であり、第二は、南部の製紙集落で用いられた「満ちた荷」を意味する荷札語彙に由来するとする説である。第三は、仏教儀礼で鈴を二度鳴らす「間二拍」から転じたとするもので、の僧侶・梶原寛明の名を伴って引用されることが多いが、原典の所在は不明である。
なお、江戸後期の国学者・高瀬春岳は、『まんに考』において「語尾の伸びを二つに割ることから万に非ず、真に近し」と記したとされるが、同書は現存せず、の目録にも断片的記述しかない。このため、語源をめぐる議論は現在でも半ば民俗学、半ば写本学の領域にまたがっている。
歴史[編集]
成立期[編集]
最古の用例は年間の木簡群に見える「まに下書」だとされる。これは税物の搬入に関する記録で、品目の左右に小さな点を2つ置くことで、同種の荷を二回数えないようにしたと伝えられる。木簡の保存状態は悪かったが、明日香村の乾燥地帯で発掘された7点については、墨痕の筆勢が共通しており、同一の書記官が習慣的に用いていた可能性が高い。
に入ると、まんには宮廷の女房たちの間で「書きすぎをやわらげる印」として愛好された。とくに家の系統書写では、和歌の下に小さく添えて余情の残し方を指示する事例が多く、読後に一拍置くための目印であったとみられる。
中世から近世[編集]
以降、まんには寺院経済と結びつき、米蔵の出納記号として実用化された。『納入簿』と称される帳面には、月末の残量が奇数である場合に限り「まんに」が記される慣習があり、これを巡って寺務方と米問屋の間で12年にわたる口論が続いたと伝えられる。
にはの木綿商や薬種問屋が独自の変形を採用し、まんにを「返品」「保留」「翌朝再確認」の3種に細分した。とくにの両替商・久野屋源兵衛が考案した赤字用のまんに符は、帳簿上の損失を心理的に小さく見せる効果があり、商家の間で流行したという。ただし、これは実際には損失隠しのための高度な見栄え技法であったとの批判もある。
近代以降[編集]
に活版印刷が普及すると、まんには「校正の邪魔になる曖昧記号」として排除され、の簡易綴り方方針にも含まれないまま衰退した。だが一部の教育現場では、子どもの作文における間の取り方を教えるため、チョークで黒板の端にまんにを描く教師がいたとされる。
30年代後半には、の言語地理学研究班が丹後地方で高齢話者13名に聞き取りを行い、うち5名が「昔、婆さんが使っていた」と証言した。もっとも、同班のメモには「何を指すのか全員曖昧」とあり、研究成果はそのまま「民間語彙の残響」として処理された。
用法[編集]
まんにの用法は大きく三つに分けられる。第一は写本注記で、本文の意味を断定せず、読み手に解釈の余白を与える用途である。第二は商家記号で、数量や受け渡しのタイミングを柔らかく示す実務用途である。第三は儀礼拍節標識で、祝詞や声明の途中に置かれ、唱和の勢いを一度だけ内側に折り返す役割を担ったとされる。
の非公開調査とされる資料では、2014年時点で「まんに」を知ると回答した者は全国で推計1,240人、実際に書いた経験がある者は87人にとどまったとされる。ただし調査票の自由記述欄には「猫の足跡に似ている」「領収書のはしに付けるものではないか」など回答が散見され、定義の揺れは現在でも大きい。
社会的影響[編集]
まんには、単に古い記号として忘れられたのではなく、日本語の「言い切らない美学」を可視化したものとして再評価されている。の小寺倫太郎は、まんにの普及が「断定を避けつつ責任を残す」日本的文書習慣を生んだと主張したが、同時に官庁文書が妙に回りくどくなった一因でもあるとして批判を受けた[4]。
また、1990年代にはの印刷会社がまんにをモチーフにした箔押し封筒を発売し、冠婚葬祭向け文具として意外な人気を得た。特に不祝儀袋の裏面にまんにを忍ばせると「言外の礼儀が伝わる」とされ、年間4万8千セットが出荷されたというが、流通資料の実数は未確認である。
批判と論争[編集]
まんに研究は、早くから「史料の過剰解釈」をめぐる批判にさらされてきた。とりわけの篠原里見は、現存資料の多くが後世の補筆であり、まんにを単独の制度として扱うのは危険であると論じた。一方で、支持派は「制度として不完全であるからこそ実在した痕跡が残る」と反論している。
さらに、2017年にの特別展で展示された「まんにの筆跡再現図」が、実は現代の書道家が筆を遊ばせて書いた創作だったことが判明し、小さな騒動となった。博物館側は「再現図であり史料ではない」と説明したが、来場者の一部は「再現のほうが本物よりまんにらしい」とコメントし、むしろ概念の生命力を示す結果となった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『古代書記補助記号の研究―まんにを中心として―』平凡社, 1998.
- ^ Margaret A. Thornton, "Micro-punctuations in Pre-modern Japanese Script", Journal of Comparative Paleography, Vol. 12, No. 3, 2004, pp. 211-239.
- ^ 小寺倫太郎『言い切らない文字文化』岩波書店, 2011.
- ^ 梶原寛明『声明と拍節の民俗学』吉川弘文館, 1976.
- ^ 篠原里見「近世帳簿における補助記号の機能」『史料と記号』第8巻第2号, 2009, pp. 44-68.
- ^ 高瀬春岳『まんに考』山吹館, 1824.
- ^ 青木マリ『活版印刷と消えた印』日本経済新聞出版社, 2007.
- ^ H. B. Ellington, "Accounting Marks and Ritual Breaths in Eastern Scripts", The East Asian Review of Philology, Vol. 5, No. 1, 1991, pp. 17-52.
- ^ 『奈良県史料調査報告 第14集 まんに木簡断簡編』奈良県史料編纂室, 1986.
- ^ 田所一彦『まんにの文化史』新潮社, 2019.
- ^ 石原ユキ「まんに符の地方差とその誤用」『民俗文字学年報』第3号, 2015, pp. 5-21.
外部リンク
- まんに研究会
- 正倉院記号アーカイブ
- 京都書記文化資料館
- 東西比較文字学フォーラム
- まんに普及促進協議会