まーるぶった
| 分野 | 民俗言語学・口承儀礼論 |
|---|---|
| 成立地域 | の旧輪島沿岸(とされる) |
| 起源 | 海難救助の口上から発したとされる |
| 主な用法 | 作業開始の発声・謝意の言い換え |
| 関連語 | 、、 |
| 評価 | 民俗学上は「半伝承」と分類される |
| 論争点 | 再現性と再録の恣意性 |
まーるぶった(まーるぶった、英: Marl Buttā)は、主にの民間言語研究で扱われる不可視の「整形呪句」として言及される語である。口承では「言い間違いが偶然を収束させる」現象と結び付けられ、現場的な作法があるとされる[1]。
概要[編集]
まーるぶったは、発話の調子(特に「まーる」の伸び)と子音の詰まり(「ぶった」の促音化)を、偶然の連鎖を「都合よく並べ替える」ために用いるとされる語である。言語学的にはオノマトペと儀礼文の中間に位置すると説明されることが多い。
口承の記述では、まーるぶったは単なる掛け声ではなく、「言葉の誤差」をあらかじめ織り込んで運用する技法とされる。たとえば漁師は網を持ち替える直前に「まーるぶった」と短く言い、陸揚げ場では謝意の代わりに似た音列を選ぶとされる[1]。なお、辞書化された形では「まーるぶった(M. Buttā)」の表記が採用されていたとする資料があるが、同資料の初出年は複数の研究者により矛盾して指摘されている[2]。
成立と起源[編集]
海難救助の「口上調律」説[編集]
まーるぶったの起源として最も広く参照されるのは、沿岸の海難救助で行われたとされる「口上調律」である。伝承によれば、明治初期の救助船が漂流者の発話を聞き取れず、救助側の口上だけが届かなかった年があったという。そこで救助隊は、聞こえにくい音をわざと楕円形に伸ばし、母音の長さが一定になるように訓練したと説明される。
この訓練では、海上で指揮官が「まーる」をまず3拍、次に「ぶった」を1拍半で区切る。記録としては「計測は潮位板の目盛りで行い、誤差±0.6秒以内を合格」とされるが、合格率の統計は「第1回が72.4%、第2回が73.1%」とやけに細かく、後の筆者が脚色した可能性があるとされる[3]。
官設研究所の「音列管理」説[編集]
一方で、より制度的な起源として系の前身組織が関与した可能性が論じられている。具体的には、漁港の安全啓発を扱った庁内文書の附録として、音列の「誤認率低下」実験が行われ、誤差を減らすための“整形呪句”が整理されたとする説がある。
この説では、まーるぶったは「誤認率を0.7ポイント下げる」ために作られた試験句とされる。ただし同じ文書に、測定対象が「救助無線」ではなく「干物の天日干し工程」とあるため、記述の混線が指摘されている[4]。とはいえ、制度側が“音を管理する”という発想を採った可能性は否定されず、結果として口承が半ば研究文体に寄せられたと説明される。
発展と運用[編集]
漁撈現場での「言い換え規律」[編集]
まーるぶったは、作業の切り替え点で運用されるとされる。網の結び目を変えるとき、俵の向きを反転するとき、そして長い沈黙が出た後に再開を宣言するときに唱える、という“規律”が語られる。特に「謝り」を直接口にせず、音列で代替する作法があるとされ、港では「謝罪の代替呪句」と呼ばれることもある[5]。
民間記録の一部では、唱えるタイミングが秒単位で管理されており、「鐘が鳴ってから14秒後、次の14秒で終える」という指示が見られると報告されている[6]。ただし鐘の種類が時期により変わった可能性があり、同一条件であったかは確かめられていないとされる。
町内会・寄合での「気まずさ調整」[編集]
都市部では、まーるぶったは直接の儀礼というより会話の潤滑油として受け止められたとされる。たとえば内の旧い町内会の寄合では、結論を先延ばしにしたい場面で、断定的な言い回しを避けつつ“収束”を狙うために用いられたという。
口承では、まーるぶったを挟むと「議論が止まる」のではなく「論点がひとつに折り畳まれる」と説明される。実際、ある会合記録には「出席者11人中、発言の重複が3件から0件へ減少」とあり、運用の効果を“数字で言いたがる”傾向が後の採録に現れたと分析される[7]。
社会的影響[編集]
まーるぶったが広まったとされることで、言葉の「正しさ」よりも「場の収まり方」を重視する価値観が強まったと整理される。つまり、語そのものの意味よりも、発話の位置・長さ・間で状況が変わるという見方が、日常に入り込んだとされるのである。
また、教育現場にも波及したとする主張がある。たとえば系の教材開発で、音声表現の練習に“整形呪句”のリズム要素を入れたという噂があり、関係者の回想では「国語の発表授業で読み上げ誤差を平均0.3秒縮めた」とされる。ただし、この主張は公的資料の提示がなく、会報の私的転載に依拠しているという批判も存在する[8]。
批判と論争[編集]
まーるぶったは、再現性の点で繰り返し疑われてきた。懐疑的な研究者は、現象が「音声の癖」ではなく「儀礼の気分効果(場が整うことで行動が変わる)」に近いとみなす。一方で伝承派は、まーるぶったは気分ではなく“発話の誤差設計”であり、だからこそ偶然が収束すると主張する。
特に論争になったのは、ある採集者が「まーるぶった」の発声を再録する際に、元の口承にはなかった「語尾を上げる版」を混ぜた可能性である。その採録ノートのページ番号が「第12頁→第12頁の別写し→第13頁」となっていることから、編集者が自己修正した痕跡ではないかと指摘された[9]。なお、最も大きな笑いどころとして、会話実験では「被験者30名のうち25名が“意味がわからないのに納得した”と回答」とあるが、納得の尺度が“気配のする言葉”と定義されているため、測定の厳密性が崩れていると批判された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『海風の口上記録と音列の誤差』北泉書房, 1937.
- ^ Margaret A. Thornton『Ritualized Speech and Error Shaping in Coastal Communities』Journal of Folk Linguistics, Vol. 14 No. 2, pp. 101-134, 1989.
- ^ 佐藤貴義『整形呪句の再録倫理:採集ノートの継ぎ目を読む』言語史研究会紀要, 第33巻第1号, pp. 55-78, 2004.
- ^ 山岸綾乃『謝意の言い換えと言語の収束—港町会話の微細統計』金縁堂, 2012.
- ^ Katarina M. Løwen『Acoustic Timing and Communal Coordination: A Field Study』International Review of Practical Phonology, Vol. 7 No. 3, pp. 220-257, 2001.
- ^ 農林水産省水産安全課編『漁港安全啓発附録・口上調律の手引(試験版)』不許転載資料, 1919.
- ^ 石川県郷土文化調査団『輪島沿岸採集報告(続)—鐘の鳴るまでの14秒』石川県出版局, 1948.
- ^ 小林哲也『学校音声教育におけるリズム介入の是非』教育音声学研究, 第19巻第4号, pp. 300-329, 2016.
- ^ Hiroshi Nambara『Community Silence as a Measurable Outcome in Ritual Speech』Asian Journal of Sociophonetics, Vol. 22 No. 1, pp. 9-41, 2008.
- ^ (参考)『無意味語の効用に関する覚書』港湾臨時研究会, 1922.
外部リンク
- 音列採集アーカイブ
- 沿岸口承データベース
- 民俗言語研究所・掲示板
- まーるぶった研究会(非公式)
- 輪島鐘と間プロジェクト