むろとも
| 定義 | 洞窟/貯蔵庫に由来する「保存の達人」や保存技術全般を指す隠語とされる |
|---|---|
| 分野 | 食品保存・発酵文化・地域民俗 |
| 成立地域 | および周辺の口承圏と推定される |
| 関連語 | 、、 |
| 登場年代(伝承) | 少なくとも末期に遡るとされる |
| 社会的位置づけ | 貯蔵庫の管理責任者を示す呼称へ変化したとされる |
| 使用媒体 | 口承・札書き・民間の献立帳 |
(むろとも)は、洞窟や貯蔵庫を意味する語として日本で口承されてきたとされる曖昧な用語である。主に料理保存・微生物発酵・地域祭事の文脈で言及されるが、語源については複数の説がある[1]。特に第二次世界大戦前後に「保存の達人」を指す隠語へと転じたという指摘がある[2]。
概要[編集]
は、洞窟()と「共(とも)」を重ねた言葉として説明されることが多い。ただし文献上の初出が揺れており、語の輪郭は「保存庫の気配を読む技能」「その技能を持つ人」「祭事での役割」の三層に分かれて語られてきたとされる[3]。
一見すると単なる方言に見えるが、保存技術における温度・湿度の管理が共同労働として制度化される過程で、呼称が「役職名」へと接近したとも指摘される。とくに、冬季の凍結と夏季の腐敗を見越した備蓄計画が地域の自治組織に組み込まれた際、は「誰が鍵を預かり、誰が発酵の失敗を引き受けるか」を決める目印になったとされる[4]。
このため、は単語というより、保存庫の運用規範を含む“ミニ制度”の呼び名として理解されることがある。もっとも、語源の説では、洞窟説のほかに「壁(まろ)からとも(供)へ」という音韻遊戯に由来するという荒唐無稽な説明も残っている[5]。
語源と用法の諸説[編集]
洞窟管理役説(最頻出)[編集]
最も広く引用される説では、は洞窟の内部気流を読む管理役を指したとされる。口承では、洞窟の入口から約12間(約21.8メートル)離れた場所に“息が戻る点”があり、そこで発酵が最も安定すると語られてきたという[6]。
この説では、管理役が「麹袋の並べ方」まで規定したため、呼称が技能の総称へ拡張したとされる。さらに、失敗作の処理だけは必ず管理役が担当する慣習があり、後にそれが地域の評定へ移ったことで、が“責任の名札”のように機能するようになったとする説明がある[7]。
ただし、実際の自治会記録では、役職の呼び名が数年ごとに揺れたとされ、が必ずしも正式名称ではなかった可能性も指摘されている。
献立帳起源説(学術寄り)[編集]
一方で、食品保存と献立帳の記載様式から導く説もある。江戸末期の豪農が残したとされる「帳面」には、保存庫(むろ)ごとに担当者の頭文字を円で囲む記号があるとされ、これが「とも=共通指示」として読まれた可能性があると論じられている[8]。
この説の面白いところは、帳面の“円”が必ず7ミリの太さで描かれている点である。研究者のは、円の太さが職人の筆圧と結びついており、結果として同一人物の献立帳だと推定したとされる[9]。ただし、その人物の名が別資料と一致しないため、決着はついていない。
さらに、この説ではが後年「保存の達人」から「保存の監査役」へと変化したという。つまり、料理を作る者ではなく、衛生と品質の責任者になったという説明である。
音韻転訛説(異端だが人気)[編集]
最も異端だが、民俗学会の講演でウケがよい説がある。それは、が「壁(かべ)の温度(おんど)をともに揃える」という“口上”の短縮であるというものだ[10]。
この説明では、口上が早口で唱えられた結果、「かべおんどをともに」→「むろとも」と聞き間違えられたとする。反論として、洞窟と壁では温度管理の意味が異なるという点が挙げられるが、逆にそのズレを利用して「どこでも温度は揃えるべきだ」という理念になったと擁護する声もある[11]。
この説の“狂気”は、温度合わせの目安が「湯気の立ち上がりが指先で止まるまで」と表現される点にある。指先で止まるとは当然比喩であるが、伝承が真顔で語られるため、しばしば会場の笑いを誘うと報告されている。
歴史:保存技術から隠語へ[編集]
江戸末〜明治初期:備蓄の“見える化”[編集]
末期、沿岸部から内陸部へ主食が運ばれる際、保存の失敗が“運搬コスト”として直ちに跳ね返るようになった。そこで、各家が個別に貯蔵するのではなく、村ごとに貯蔵庫を共有し、鍵の管理者と廃棄責任者を決める動きが出たとされる[12]。
この制度化の過程で、洞窟に似た微小な貯蔵空間(壁裏収納や共同土蔵の一角)が増えた。口承では、その一角の管理者が「むろとも」と呼ばれるようになり、やがて保存技術の説明語へと転じたと推定されている[13]。
なお、この時期の地域記録では、温度の許容幅を「冬は氷点より1.7度高く、夏は腐敗温度より3.2度低く」と書いたとされるが、単位換算の誤りが疑われている。とはいえ、数字が具体的であるため、後代の研究者が引用し続けてきた。
大正〜昭和初期:統制と発酵監査[編集]
から初期にかけて、保存食品の供給が軍需や救済事業と結びつくにつれ、衛生管理が“点検項目化”された。ある保存倉庫の立入記録では、壁面の微生物付着の程度を「指で撫でて3回目で粘りを感じるか」で判定したとされる[14]。
この判定が可能なのは経験者のみであり、経験者を束ねる必要が出た。結果として、は個人名ではなく、複数倉庫を監査する役目の通称として定着したとする見解がある。なお、その監査役の講習会が近郊ので開かれたという伝承があり、当時の参加者数が「総勢48名、うち女性が9名」と記録されている[15]。
ただし、同じ時期に別の会合がで開催されていたとの証言もあり、会合の場所が誤って伝播した可能性が指摘されている。このズレが、現在の語の混乱を生んだとも考えられている。
戦後:民俗イベントへの“保存知”の残留[編集]
戦後は統制が弱まり、代わりに地域の祭事として保存知が“見せ物”化されたとされる。たとえば、ある地域では収穫後に共同貯蔵庫の前で、が「失敗しない並べ方」を実演するようになったと伝えられている[16]。
実演では、容器の間隔を「親指一本の幅(約1.8センチ)」に揃えることが推奨された。さらに、容器の底に敷く布の枚数を「3枚重ね、ただし最上段だけ1枚新調」と説明したという。いずれも合理性を装っているが、参加者が“それ以上に何の意味があるのか”と問うと、むろともは「意味は結果が知る」と答えたとされ、伝承の教訓めいた語りが残っている[17]。
このような祭事が拡散するにつれ、は食品技術の専門用語であると同時に、地域の誇りを示す言葉へ変化した。
社会への影響:失敗コストの再配分[編集]
の語が広がった背景には、単なる方言の流行ではなく、失敗コスト(腐敗・廃棄・病害)の再配分があったとされる。従来は“作った人の責任”で終わっていた部分を、“監査する人”に明確に移すことで、保存技術が検査される対象になったという[18]。
その結果、村の共同体では、貯蔵庫の運用に関する議論が増えた。保存庫の鍵を誰が持つのか、どの頻度で壁面を清掃するのか、失敗作を再発酵に回すのか廃棄するのかといった判断が、会議の議題として扱われるようになったとされる。この会議は時に“台帳の読み合わせ”と呼ばれ、が議長席に座ることが多かったと報告されている[19]。
また、祭事の普及により、若年層が保存技術を学びやすくなった面も指摘される。もっとも、技術が“儀礼”として固定化すると、科学的な改善が遅れる場合があったという反省もある。ここには、伝承の強みと弱みが同居していたとされる[20]。
批判と論争[編集]
は、説明が曖昧であるがゆえに、都合のよい言い換えとして利用されてきたとの批判がある。たとえば、ある研究では「腐敗した理由を“むろともの読み違い”と説明すると、責任が技術者個人に偏る」と指摘されている[21]。
さらに、語源が複数の説に分かれること自体が、政治的利用を誘発した可能性がある。実際、保存倉庫の運用を巡る自治体の文書では、系の指導に準拠していないのに、なぜかの“作法”が強調される箇所があるとされる[22]。
一方で擁護する見解もあり、語の曖昧さは記憶のための省略であって、実務の判断基準は別に存在すると反論される。この議論の決着には、より詳細な帳面の照合が必要とされるが、帳面の所在は限定されており、現在も探索が続いている[23]。
なお、最大の笑いどころとして語られるのは、「むろともは味の責任者であり、味見は必ず3口で終えるべき」とする伝承が、後年の料理番組に誤って流用されたという逸話である。番組の台本では、味見の回数がなぜ3なのかを“衛生の数学”として説明していたとも報じられている[24]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山崎宗輔「保存庫の共同運用と隠語の成立」『日本民俗食文化紀要』第12巻第2号, 2011, pp. 33-58.
- ^ 佐倉律三郎「円形記号の筆圧推定と献立帳の同一性」『保存資料学研究』Vol.7 No.1, 2014, pp. 101-127.
- ^ Margaret A. Thornton「Vernacular Governance of Food Storage in Early Modern Japan」『Journal of Archive Anthropology』Vol.19 No.4, 2016, pp. 220-244.
- ^ 内藤はる江「洞窟気流と発酵安定域の口承表現」『東北環境民俗学会報』第5巻第1号, 2018, pp. 12-40.
- ^ 田所清一「壁面清掃の頻度がもたらす“失敗コスト”の分配」『食品衛生史研究』第3巻第3号, 2020, pp. 77-96.
- ^ Kenji Morita「Keykeeping and Accountability in Rural Storage Practices」『Asian Studies of Social Systems』Vol.22 No.2, 2019, pp. 54-79.
- ^ 【誤植例】高井文「指先で止まる湯気:比喩の定量化」『微生物伝承学雑誌』第9巻第2号, 2017, pp. 201-219.
- ^ 坂本和実「戦後祭事としての保存知の再編集」『地域文化の再生装置』第1巻第4号, 2022, pp. 5-31.
- ^ 斎藤俊朗「台帳の読み合わせ儀礼と議長権の形成」『共同体会議論叢』Vol.15 No.1, 2013, pp. 88-115.
- ^ Etsuko Nakamura「Ambiguity as a Function: Why Storage Terms Survive」『International Review of Food Folklore』Vol.8 No.3, 2021, pp. 140-165.
外部リンク
- むろとも資料館
- 保存帳面デジタルアーカイブ
- 東北洞窟発酵伝承ポータル
- 台帳の読み合わせ研究会
- 微生物制御と民俗ワークショップ