もとろうさん
もとろうさん(もとろうさん)は、の都市伝説の一種であり、夜道の暗がりに潜むとされる不気味な怪談である[1]。
概要[編集]
とは、深夜の住宅街や通学路で目撃されたという噂が繰り返し語り継がれてきた都市伝説である。姿は人のように見えるが、話しかけると声が遠のき、振り返るたび距離だけが近づいてくるといわれる。
また、噂では「もとろうさんは奪うのでなく“戻す”」とも言われている。被害の中心は金品ではなく、帰宅の時間感覚・記憶の端が“戻される”ように壊れてしまう恐怖だとされる。全国に広まった契機は、折り返しメールや特定の投稿(後述)と結びつけて語られたことである。
歴史[編集]
起源——「戻り口」の研究メモ[編集]
「起源」は昭和末期、の下町にあった小規模な教材会社が保管していたとされる内部メモに求める説がある。メモの表紙には、手書きで「戻り口(もどりぐち)——17分遅れは安全」と記され、添付図として“顔のない掌”のような印が描かれていたという[2]。
ただし、同社の記録は現存せず、目撃談だけが残っているとされる。そこで、噂の骨格は後に「暗がりの向こうから“帰り道だけ”を引き寄せる存在」という形に整えられた、という言い伝えがある。なお、このメモが全国の語りに転用された時期は特定されていないが、「転用版のコピーが配られた」とされるのは63年の春、深夜にコピー機が止まる連続トラブルが起きた週だと語られている[3]。
流布の経緯——「0:17」投稿連鎖[編集]
全国に広まったのは2000年代半ばのインターネット掲示板だとされる。決まって深夜の書き込みが「0:17」を挟む仕様になっており、投稿者は“編集せずに投稿”したと主張したといわれる。噂の一部では、投稿が集中した夜にだけ、投稿画面の右上が一瞬だけ暗転し「もとろうさん」の影に似た模様が見えた、という目撃談が語られた[4]。
さらに、携帯電話の通話履歴が「通話なし」と表示されるのに、翌朝なぜか相手から不在着信のような通知が来た、とする混乱が連鎖して恐怖を強めた。これにより、正体は“人”でも“妖怪”でもない、帰宅導線に干渉する現象だとされるようになった。なお、学校の怪談として定着するのは、駅前の学習塾にいた子どもが「先生の靴だけが戻ってきた」と言った話が、翌月に教材配布と同時に語られたことに由来するとされる[5]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
伝承では、は“立ち止まるほど近づく”とされる都市伝説の妖怪である。目撃された場所は、電柱の陰・玄関ポーチの奥・自転車置き場の天井が低い角など、視線が一度溜まる場所だと語られる。
また、話し方が特徴的だという話がある。目撃談の多くでは、存在は問いかけに答えず、代わりに「戻るでしょ」とだけ言うとされる。その一言が聞こえた直後に、聞き手の耳鳴りが「キーン」から「コーン」と変化し、家の方角だけが急にぼやけるという不気味な現象が描写される[6]。
さらに、噂では身体の描写が段階的に“欠けていく”。最初は輪郭だけが見え、次に手が見えず、最後には“靴音”だけが聞こえるとされる。この「音だけが先に届く」恐怖が、地域によって恐怖の中心となり、出没した夜には家族内で会話が止まるとまで言われる。言い伝えでは、見つめ返すと戻されるのは人ではなく「昨日の自分」だとされるため、笑えない後味の悪い怪奇譚として語られている。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
派生バリエーションにはいくつかの型がある。第一に「遅延型」では、帰宅途中の時計が17分だけ進み、その間だけ記憶がすり替わるとされる。第二に「同居型」では、家に入ったはずの存在が台所の足元で“もう一度外に出た形跡”だけを残し、翌朝、玄関の鍵が微妙に回りにくい状態になるという[7]。
また、学校の怪談としては「靴下型」が知られる。体育館倉庫の棚に置かれた靴下が、翌日になぜか左右逆に揃っていた、という噂があり、担任が“誰も触っていない”と主張したことでブームになったとされる。言われているところでは、この型は部活動の練習時間(19:30前後)と連動し、顧問が帰宅を遅らせるほど執着が強まるという[8]。
一方で、マスメディアが扱うときには「もとろうさんは正体不明の恐怖現象」とぼかされることが多い。番組の取材班が現地で足音を録音したが、音声波形だけが人の歩行リズムではなく“戻り”の形を描いていた、という妙な説明が加わった回があるとされる。このように、伝承は細部に分岐しつつも「戻す」という方向性で統一されているとされる。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法は「見ない」「止まらない」「言い返さない」の三点に集約される、と噂される。まず、目撃されたら視線を合わせず、路肩にある水たまりの反射だけを頼りに歩くという。これは、姿を認識すると“戻す対象が確定する”という理屈で語られる[9]。
次に、止まらないことが強調される。言い伝えでは、立ち止まった瞬間に距離が縮むのではなく、時間が縮むため、気づけば玄関の前にいるのに中身だけが昨日からズレているとされる。なお、恐怖のために走ると逆に危険だとも言われる。走る行為が「逃げる」という意思として解釈され、もとろうさんが“追いかけではなく回収”に切り替える、という説がある。
最後に、言い返さないことが推奨される。「戻るでしょ」に対して否定すると、相手が返事の代わりに「違う、戻す」と短く訂正する、とされる。そこで、沈黙して靴底をこすらず歩くことが“儀式”のように語られ、家族にも「足音を消せ」と伝える地域があるという。
社会的影響[編集]
もとろうさんにまつわる噂は、地域の夜間安全対策にも微妙に影響したとされる。たとえば、の一部の自治会では、通学路の街灯を「明るさ増」ではなく「反射の少ない配置」に変えた年度があった、と噂されている[10]。理由は、眩しすぎると影が強調され、暗がりの“戻り口”が見つかってしまうからだという説明である。
また、学校では「帰宅確認」の運用が強まった。特定の子どもが“0:17”に電話しようとした翌日だけ遅刻が増えたという話がきっかけになり、教員が掲示板の文面を印刷して配布したという。真偽はともかく、こうした対応がマスメディアに取り上げられることで、都市伝説の存在感はさらに上がったとされる。
さらに、ブームはネット上の創作を呼び起こし、もとろうさんを「帰宅の常識を揺さぶるメタ怪談」として扱う投稿が増えた。一方で、過度な恐怖がパニックを生み、深夜の外出自粛が続き、結果として家庭内の会話が減ったという目撃談もある。恐怖が現実の生活リズムに干渉した例として、言及されることがある。
文化・メディアでの扱い[編集]
文化面では、もとろうさんは「妖怪」や「怪談」の枠を超えて、“記憶の交通整理”として描かれることが多い。ホラー小説では、主人公が帰宅後に日記の内容が差し替わっていることに気づき、差し替えられたページだけが妙に手触りの硬い紙になっていた、という作劇が定番化したとされる。
映像作品では、出没シーンの再現として「人の影を見せず、靴音と家の鍵の回る音だけを先に鳴らす」手法が採用されたことがある。放送後に視聴者投稿が増え、「自分も鍵の感触が戻ってきた」とする声が出たため、ブームが再燃したという[11]。ただし、取材側では取材ログが“編集されているように短くなる”現象が報告され、結果的に番組資料が紛失したという尾ひれもついた。
ネット文化では、もとろうさんを擬人化したイラストよりも、帰路の記号化(横断歩道・電柱番号・曲がり角の距離)として表現されることが多い。これは「正体」を直接描くと、見る側の時間感覚が乱れるという迷信があるためだと語られている。なお、学校の怪談としては、文化祭の展示で“戻り口”を模した通路(戻る動線)を作る企画が一時期流行したともされる。
脚注[編集]
参考文献[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤涼平『日本怪談記録綴り——戻される時間と影の距離』葦書房, 2011. pp. 44-63.
- ^ 中村真琴『都市伝説の交通工学:通学路の恐怖はどこで発火するか』新星教育出版, 2014. 第3巻第2号, pp. 120-151.
- ^ Mina K. Ward『Chronicles of After-Home Phenomena』Tokyo Folklore Press, 2017. Vol. 8, pp. 9-27.
- ^ 山崎和人『マスメディアと怪談の編集——“声だけが先に届く”研究報告』メディア研究社, 2019. pp. 203-231.
- ^ 鈴木伶『コピー機事故の都市伝説化:昭和末期の教材業界メモをめぐって』幻燈社, 2008. pp. 31-40.
- ^ 藤堂恵『暗がりの反射は人格を持つ:街灯配置の怪異史』都市計画叢書, 2021. pp. 77-99.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton『Memory Reversal in Folk Narratives』Kyoto Academic Publishing, 2016. pp. 151-190.
- ^ 吉田由紀『0:17投稿連鎖の社会学——夜更けの同調恐怖』関西ネット学会誌, 2020. 第12巻第1号, pp. 58-73.
- ^ 『学校の怪談年鑑 第19号』怪談学会, 2013. pp. 5-18.
- ^ 斎藤晴人『もとろうさんの正体——靴下が左右逆になる理由』(書名が一部誤記されているとの指摘あり)夜路出版社, 2010. pp. 1-12.
外部リンク
- 戻り口アーカイブ
- 0:17掲示板博物館
- 夜道街灯配置メモ
- 靴音だけの記録庫
- 学校の怪談データベース