らぶしん
| 正式名称 | 恋情圧力標準化指標 |
|---|---|
| 通称 | らぶしん |
| 提唱時期 | 1908年頃 |
| 提唱者 | 渡辺 精吾、長谷川 みね |
| 主な用途 | 恋愛感情の測定、縁談調整、舞台演出 |
| 普及地域 | 東京、名古屋、神戸、札幌の文芸・商業圏 |
| 計測単位 | 心圧(しんあつ) |
| 関連機関 | 日本感情工芸協会 |
| 廃止 | 1956年の内規改定 |
| 備考 | 一部の演芸場では現在も慣習的に使用される |
らぶしんは、末期にの絹織物業者の間で生まれたとされる、感情の強度を布の張りと音階に変換して管理するための民間規格である。後にの文芸サークルを経由して都市文化に流入し、恋愛感情を定量化する装置として知られるようになった[1]。
概要[編集]
らぶしんは、恋愛感情を数値化し、当事者間の温度差を調停するために考案されたとされる民間の準標準である。名称は「love」と「心身」を掛け合わせた外来語風の造語と説明されることが多いが、実際にはの縫製工場で用いられていた「羅布芯(らぶしん)」という反物の芯材名に由来するという説が有力である[2]。
当初は婚礼衣装の張り具合を測るための内輪の隠語であったが、に入るとの小劇場や文芸雑誌の編集部へ広がり、やがて「恋が重い」「気持ちが薄い」を言い換える便利な語として流通した。なお、によれば、1927年時点で少なくとも17の職能団体が独自のらぶしん換算表を配布していたとされる[3]。
歴史[編集]
起源と工業化[編集]
らぶしんの起源は、に一宮の織元・渡辺 精吾が、婚礼用の白生地が湿気でたわむ問題を「感情のたるみ」と呼んだことにあるとされる。彼の工房では、布地の張力を測る際に、三味線の弦を当てて鳴り方を比較する方法が用いられ、これが後の心圧計測へ発展したという[4]。
には長谷川 みねという女学校出身の事務員が、顧客ごとの「好意の持続時間」を帳簿化し、張力・拍動・返信速度の3要素からなる暫定式を作成した。これが「らぶしん式第一版」である。計算には四則演算のほか、当時としては珍しい小数第3位までの丸め処理が導入され、地元の商家からは「妙に近代的である」と評された[5]。
都市文化への流入[編集]
の後、被災した小出版社が感情の不安定さを説明するためにらぶしんを記事化し、これがの喫茶店文化と結びついた。雑誌『月曜心圧』は、恋人同士の会話量が1日平均428字を下回ると「低心圧域」に入るとし、読者投稿欄で「相手のらぶしん値が36を割った」などの書き込みが増えた。
この頃、の演劇人・久世 鉄馬が、舞台上の抱擁時間を秒単位で表示する「心圧カーテン」を考案したとされる。観客は拍手の強さで演目のらぶしんを判定し、劇評家の間では「三幕目で0.7上がった」などの記述が流行した[6]。
制度化と衰退[編集]
、の外郭団体を名乗る民間委員会が、縁談相談所向けに「らぶしん暫定換算表」を通達した。ここでは相性をAからFまでの6段階に区分し、A+は「婚姻後3年以内に共同で植木を3鉢以上増やす傾向がある」と定義されたが、この分類は後に統計的根拠が乏しいとして批判された[7]。
の内規改定で公的文書からは姿を消したものの、地方の結婚式場、寄席、ラブレター代筆業などでは慣用的に残存した。とくにの元町では、喫茶店が独自に「本日のらぶしん 82/100」を黒板に書く習慣を持ち、観光客向けの名物となっていたという。
計測方法[編集]
らぶしんの基本単位はであり、通常は0から100までの整数で表される。ただし、古い業務帳簿では「半心圧」や「逆心圧」といった補助単位が併用され、特に返事の遅延が72時間を超える場合はマイナス表示が認められていた。
測定には、脈拍、文面の語尾、沈黙時間、相手の筆圧の4項目が用いられた。もっとも有名なのは「湯気法」と呼ばれる方法で、二人分の茶碗から立つ湯気の交差角を測るものであるが、これについては再現実験が一度も成功していない[8]。
主な流派[編集]
名古屋式[編集]
を中心に広まった名古屋式は、実務性を重視し、帳簿の整合性を最優先する流派である。好意を「持続」「反復」「沈黙」の3区分で管理し、恋文の句読点まで評価対象に含めたため、編集者からは「やけに会計的である」と言われた[9]。
東京式[編集]
式は、詩的表現と舞台演出を重視する流派で、の興行師たちが好んだ。相手の視線が3秒以上交差すると心圧を+4するなど、演出的な補正が多いことから、実務家の間では「盛り過ぎの傾向がある」と批判されている。
神戸式[編集]
式は港湾文化の影響を受け、外国語の混用と香りの記録を重視した。輸入香水の銘柄で心圧を補正する独自ルールがあり、1934年には「港の潮風で指数が0.6上昇した」とする報告が地元紙に掲載された[10]。
社会的影響[編集]
らぶしんは、恋愛の場面だけでなく、商談、採用面接、俳句の選句にも持ち込まれた。特に初期の中堅企業では、入社面接の最後に「本件の心圧は何点か」と問う慣行があったとされ、回答を誤ると「情緒過多」として減点された。
一方で、らぶしんが普及したことで、感情を数値に置き換えることへの抵抗も生まれた。1938年にの学生団体が発表した『反心圧宣言』は、恋愛を表計算で処理することへの反発として知られ、以後の文化評論に小さくない影響を与えた[11]。
批判と論争[編集]
らぶしんをめぐる最大の論争は、そもそも数値化できるのは感情ではなく帳尻ではないか、という点にあった。実証派は統計の整合性を主張したが、観測値のばらつきが大きく、同一人物でも日によって27から94まで振れることが確認されている。
また、1950年代後半には「らぶしん測定器」を名乗る玩具が大量流通し、針が上がるほど好意が強いと説明された。しかし実際には内部のバネが非常に軽く、ポケットに入れるだけで高得点が出ることから、消費者団体が「感情のインフレ装置である」と抗議した[12]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精吾『心圧測定と婚礼布地の関係』名古屋感情工芸出版, 1910.
- ^ 長谷川みね『らぶしん帳簿法入門』東都実務研究会, 1914.
- ^ 久世鉄馬『舞台演出における心圧の運用』演芸評論社, Vol. 3, No. 2, pp. 41-58, 1926.
- ^ 日本感情工芸協会編『らぶしん換算表 第七版』協会資料室, 1927.
- ^ 佐伯一郎『都市恋愛の定量化』銀座新書, 1931.
- ^ M. Thornton,
- ^ The Arithmetic of Affection and Its Regional Variants
- ^ Journal of Applied Sentiment Mechanics
- ^ Vol. 12, No. 4, pp. 201-233, 1937.
- ^ 高橋妙子『反心圧運動史』京都文化社, 1939.
- ^ Evelyn Cross, 'On the Measurement of Steam Angles in Courtship Rituals', Proceedings of the Royal Society of Domestic Metrics, Vol. 8, No. 1, pp. 9-27, 1948.
- ^ 桜井和夫『らぶしん玩具の流通と誤測定』生活科学評論, 第14巻第3号, pp. 112-126, 1959.
- ^ K. H. Bell, 'Love-Pressure Standards in Postwar Urban Japan', East Asian Social Measurement Review, Vol. 5, No. 2, pp. 77-95, 1962.
外部リンク
- 日本感情工芸協会アーカイブ
- 月曜心圧デジタル版
- 心圧計測研究所
- 昭和恋愛度資料館
- 元町らぶしん保存会