アナーブル
| 分類 | 複合技法、材料設計、比喩表現 |
|---|---|
| 起源 | 1897年頃のリヨン工業試験場とされる |
| 命名者 | エミール・ラフォンヌ博士とされる |
| 主な用途 | 包装、保存布、即席儀礼服、都市計画模型 |
| 普及地域 | フランス、日本、ベルギー、北海道南部 |
| 代表的施設 | 東京アナーブル応用研究所 |
| 関連法規 | 通気性加工基準告示第14号 |
| 特徴 | 密閉と透過の中間状態を保つ |
アナーブル(英: Anable)は、ので発達したとされる、微小な孔を意図的に残したまま物質の強度を調整する・・の複合技法である[1]。のちにの包装資材業界を中心に再発明され、現在では「見た目は閉じているが、内部では呼吸している状態」を指す比喩としても用いられる[2]。
概要[編集]
アナーブルは、表面を完全には閉じず、から程度の微小孔を等間隔に残すことで、外観上の封緘性と内部の緩やかな交換性を両立させる技法である。元来は保存食の包装に用いられたとされるが、のちに礼服、建築模型、気密書簡の補強にも転用された[1]。
この技法は、単なる穴あけではなく、孔の縁に圧縮痕を残すことで「開いているのに閉じて見える」状態を作る点に特色がある。職人の間では「呼吸する封印」とも呼ばれ、の商業地区との輸出業者のあいだで異様な人気を博したとされる[2]。
名称と定義[編集]
「アナーブル」という語は、の ana-(上へ、または再び)と、工業用語の able(操作可能)を合わせた造語であるという説が有力である。ただし、の博覧会図録では、同語は「anableture」の短縮形として紹介されており、語源には複数の競合する系統がある[3]。
定義上の難点は、アナーブルが材料そのものを指す場合と、加工後の状態を指す場合があることである。とくに初期の日本では、穴の配置が等間隔であれば木綿であってもであっても「アナーブル製」と記載され、のちにとの間で所管争いが生じた[4]。
また、学術的には「意図的欠損を設計要素として再評価する思想」とも説明されるが、実務家はほとんどの場合、湿気がこもるのを嫌って採用しただけである。にもかかわらず、の都市設計家たちはこれを「近代的余白」と称し、建築平面図にまで持ち込んだ。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、・郊外の工業試験場で、絹の保管箱がカビ臭を帯びやすい問題を解決するため、エミール・ラフォンヌ博士が紙蓋に針を通した実験にあるとされる。ラフォンヌは、孔を1列だけ空けた試作品で保存期間がからに延びたことを確認し、これを「anable」と仮称したという[5]。
ただし、同時期に同じ装置を研究していたが、自身のノートに「孔の数が12を超えると、香りだけが先に逃げる」と記しており、のちのアナーブル理論の「12孔上限説」は彼女に由来するとされる。
日本への伝播[編集]
日本には末期、港経由で輸入された葡萄酒箱の緩衝紙に見られたのが最初とされる。とくにの倉庫係であったが、出荷後の湿度変化を調べるために箱を半月ごとに開封し、結果として「完全密封よりも半封印のほうが荷崩れが少ない」と報告したことで、包装業界に広まった[6]。
の後には、被災地で配給袋の通気性確保が問題となり、アナーブル加工の茶袋が一時的に標準仕様になったといわれる。もっとも、当時の記録では単に袋口に粗い縫い目を残しただけとも読めるため、後世の研究者の間では「後付けの神話化」である可能性が指摘されている。
制度化と大衆化[編集]
、のに設置された「東京アナーブル応用研究所」は、工業製品の外装と弁当容器にアナーブル加工を義務化するように陳情した。これにより、百貨店の高級紙袋や学生運動のビラ束まで孔の有無が議論されるほど、都市生活の細部へ浸透した[7]。
のでは、「未来の保存容器」として透明フィルム製アナーブル試作品が展示され、来場者の一部は「見えるのに匂いだけ出る」と驚いたという。展示後、試作品の管理番号が紛失し、現在も所在不明である。
技法[編集]
アナーブル加工は、孔の直径、孔間距離、縁の圧痕、素材の張力の四要素で構成されるとされる。熟練者は、対象物を指で弾いた際の音程で通気量を判断し、紙であれば「三拍子」、布であれば「半拍子」が理想とされる[8]。
実務では、孔を完全に貫通させず、内層だけを薄く残す「半抜け」、孔の一部を蜜蝋で塞ぐ「逆アナーブル」、さらに冬季にのみ孔の列を増やす「季節可変型」などがある。なお、これらの分類はの会報にのみ詳しく、一般社会ではほとんど理解されていない。
また、料理分野では蒸気の抜け方を制御するため、蒸し饅頭の皮に極小のアナーブル孔を刻む技法が流行した。これにより内部温度がだけ下がるという報告があるが、測定者がすべて同じ喫茶店の常連であったため、信頼性には疑義がある。
社会的影響[編集]
アナーブルは、単なる技術にとどまらず、「完全でなくても機能する」という美学を社会に広めたとされる。これにより、以降の日本の文具、衣服、弁当箱、選挙ポスターの端処理にまで影響が及んだとする見解がある[9]。
一方で、密閉を期待する消費者からは「中身が守られていないように見える」との批判も根強かった。とりわけの酒造組合は、アナーブル仕様の樽蓋が「空気の出入りを促しすぎる」としてに集団抗議を行ったが、後に一部銘柄で採用されるなど、評価は二転三転した。
都市文化においては、アナーブルが「息のある街路」や「閉じない会議室」という比喩で使われ、の内部文書にも見られる。もっとも、その文書のほとんどは会議資料の余白を指していたともされ、概念が比喩と誤読のあいだで増殖したことがうかがえる。
批判と論争[編集]
アナーブルに対する最大の批判は、その有効性がしばしば現場の経験則に依存し、再現性が低いことである。とくにの材料研究班は、同一条件で作成した15試料のうち、8試料で保存性能が向上し、4試料で変化なし、3試料でむしろ劣化したと報告している[10]。
また、アナーブル協会内部では「孔は少ないほど高級か、それとも多いほど通気性が高いか」をめぐって長年対立が続いた。1989年の総会では議長席の背面布までアナーブル加工されていたため、投票用紙が風で2票ほど飛散したと記録されているが、この逸話は後年まで半ば伝説として語られた。
さらに、以降は省エネルギー素材ブームと結びつき、アナーブルを「脱密閉社会の象徴」とみなす論者が登場した。だが、実際の市場では高級包装の装飾として細々と残るにすぎず、理念先行の議論が多いとの指摘がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Émile Laffonnet『Traité de l’Anable et des Scellures respirantes』Presses Industrielles de Lyon, 1901.
- ^ Marguerite Dupont『Cahiers sur les perforations utilitaires』Revue des Arts Techniques, Vol. 14, No. 3, 1903, pp. 41-68.
- ^ 渡辺精一郎『半封印包装の実務』大阪商船社内報, 第2巻第1号, 1912, pp. 7-19.
- ^ 東京アナーブル応用研究所編『アナーブル応用年鑑 昭和三十四年度』中央包装出版, 1959.
- ^ H. B. Carrow『Porous Closure in Urban Logistics』Journal of Applied Material Culture, Vol. 22, No. 4, 1961, pp. 201-233.
- ^ 日本アナーブル協会『会報アナーブル』第17号, 1974, pp. 2-14.
- ^ 佐伯清隆『孔の倫理学——アナーブル批判序説』みすず書房, 1987.
- ^ Jean-Paul Auriac『L’Anable domestique: du pain au protocole』Cahiers de Bruxelles, Vol. 9, No. 2, 1992, pp. 88-109.
- ^ 木下由紀子『通気する封緘の文化史』青土社, 2006.
- ^ Committee on Breathing Seals『Standardization of Micro-Open Encapsulation』International Materials Review, Vol. 31, No. 1, 2014, pp. 5-27.
- ^ 中村宗一『アナーブル孔列の冬季変動に関する研究』包装と生活, 第8巻第6号, 2018, pp. 113-126.
- ^ 『The Complete, Yet Incomplete Guide to Anable』Northbridge Academic Press, 2021.
外部リンク
- 東京アナーブル応用研究所アーカイブ
- 日本アナーブル協会公式年表
- リヨン工業試験史デジタル館
- 通気性加工基準告示データベース
- 包装文化史研究フォーラム