イウバ星人のゲーム
| タイトル | イウバ星人のゲーム |
|---|---|
| ジャンル | SF、心理劇、少年漫画 |
| 作者 | 霧島 透 |
| 出版社 | 雲母社 |
| 掲載誌 | 月刊サイバー雲母 |
| レーベル | キララ・コミックス |
| 連載期間 | 1998年3月号 - 2006年11月号 |
| 巻数 | 全13巻 |
| 話数 | 全87話 |
『イウバ星人のゲーム』(いうばせいじんのげーむ)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『イウバ星人のゲーム』は、の小出版社・が1990年代末に打ち出した実験的であり、のちに累計発行部数420万部を突破したとされる作品である[2]。表向きはと少年たちの対戦を描くであるが、実際には勝敗の記録よりも、観測と誤認、そして「勝った者ほど何かを失う」という逆説を主題としている。
作品世界に登場するは、圏外の交易史料に断片的に現れるとされる架空種族で、彼らが地球へ持ち込んだ「ゲーム」が物語の駆動軸となる。連載当初は難解さが批判された一方で、後半にかけての密度が増したことから、期の「頭で読む少年漫画」の代表例として語られることがある[3]。
制作背景[編集]
作者のは、もともとの同人誌即売会でを発表していたが、1997年秋に編集部へ持ち込んだ「勝敗の定義そのものが揺らぐ盤面」を基に本作を構想したとされる。編集担当のは、当初は単巻読み切りを想定していたが、第3話の原稿に描かれた「観測者がルールを変更してしまう」場面を見て、長期連載化を決断したという[4]。
また、作中の独特な対戦文化は、で行われていた少年向けアナログゲーム会「空白卓研究会」のルール改変習慣に着想を得たといわれる。なお、霧島本人はインタビューで「イウバ星人は最初、ただの“負けると増殖する宇宙人”だった」と述べているが、後年の書簡では「増殖ではなく責任の分散である」と書き換えており、初期構想との整合性はあまり高くない[要出典]。
あらすじ[編集]
接触編[編集]
春、都立の夜間観測施設で働く中学生・は、月面から届いたはずのない通信盤を発見する。そこには「7回連続で勝たなければ地球の言語地図が塗り替えられる」とだけ記されており、やがて彼の前にの青年が現れる。
ゼルは礼儀正しいが、会話のたびに自分の発言を盤面の駒として扱う癖があり、初対面でナオトに「地球人は説明書を先に読まないため、敗北が美しい」と断言する。この第1局の勝敗は不明のまま終わるが、翌朝には全域の路線図から3駅分の駅名が消えていた。
盤面拡張編[編集]
に漂着した「第2盤」は、四角形ではなく折り畳み式の多面体であり、1回の対戦で最大19人が同時に勝者にも敗者にもなれる構造を持つ。ナオトたちは、この盤面を巡って、、そしてなぜかの店主まで巻き込むことになる。
この編で有名なのは、イウバ星人が「サイコロは運を測る装置ではなく、責任を分配する装置である」と説明する回である。作中ではこの理屈により、出目の偶然性が都市計画に影響し、の一部で信号機の周期が9秒単位から11秒単位へ変更されたと描かれる。
審判都市編[編集]
物語後半では、地下に築かれた観測都市「アーカイブ・ナゴヤ」が舞台となる。ここでは、過去に行われたゲームの敗者が「審判役」として蓄積されており、彼らが積み上げた記録がそのまま都市の電力供給に転用されていた。
ナオトは、ゼルの記録をたどるうちに、イウバ星人のゲームが本来は娯楽ではなく、種族間の失策を再現しないための再学習装置だったことを知る。最終局面で彼は勝敗を拒否するが、その行為自体が新しいルールとして採用され、世界は一度だけ「引き分けのまま更新」される。
登場人物[編集]
は本作の主人公で、観測と記録に異様な執着を示す少年である。盤面上の矛盾を見つける能力に長けるが、本人は最後まで「自分はただの補助員である」と主張している。
はイウバ星人の青年で、地球側の常識を試すような発言を繰り返す。連載中盤以降、彼が実は「勝つ」ことより「相手にルールを説明しきる」ことを重視していたことが判明し、読者の支持を集めた。
はナオトの同級生で、アナログゲーム研究会の会長である。彼女は作中で最も現実的な人物として振る舞うが、最終巻で自室に47枚の異なる盤面を保管していたことが明かされ、評価が一変した。
はの研究者で、イウバ星人の通信を最初に「誤植ではないか」と判断した人物である。以後、彼の誤読が何度も人類を救うことになるため、ファンの間では「誤読の聖人」と呼ばれている。
用語・世界観[編集]
は、単なる対戦用具ではなく、観測対象そのものを更新する媒体として描かれる。盤の素材にはとが混用されているとされ、折り畳むたびに地域ごとの記憶が1枚ずつ重複する仕組みになっている。
は、文末に勝敗を置かない言語として設定されている。作中では、助詞の差異によって「約束」「勧誘」「宣戦布告」の意味が入れ替わるため、翻訳機がしばしば自爆する。なお、第42話で登場した「相手の沈黙を先に発音する」という表現は、言語学的にはかなり無理があるが、ファンの間では名台詞として定着した。
は、本作を象徴する概念である。これは勝者と敗者の差分を消すことで次の局面を生成する機構であり、ゲームの進行であると同時に社会制度の比喩としても読まれている。実際、連載当時の読者投稿欄では「期末試験もこの方式にしてほしい」という投書が月に3件ほど掲載された[5]。
書誌情報[編集]
単行本はより全13巻で刊行された。第1巻は11月に発売され、初版2万部であったが、最終巻は増刷を重ねて累計18刷に達したとされる。
完全版はにから上下巻で刊行され、未収録の番外編「盤面の外で眠る者たち」が初めて収録された。この番外編では、作者自身が「説明しすぎるとゲームではなくなる」という理由で、本編よりもさらに会話を削っている。
また、海外版は、、で刊行されたが、フランス語版では「イウバ」を「Iouba」と表記したため、現地の読者が高級菓子の名称と誤認したという逸話が残る。
メディア展開[編集]
には制作でテレビアニメ化され、全39話が放送された。アニメ版は原作前半の緊張感を重視した一方、毎回の次回予告が妙に長く、1分30秒の本編に対して予告が2分ある回も存在したことから、放送当時は一部で「予告のほうが本編」と評された。
さらににはが公開され、興行収入は8億4,300万円を記録したとされる。劇場版ではゼルの故郷が沖の架空軌道上にあると設定変更され、原作ファンから賛否を呼んだ。
ほかに、、が行われ、特に舞台版では俳優が盤面の上を動き回る都合上、客席から「説明書を読め」という掛け声が恒例となった。
反響・評価[編集]
連載当初は「設定が複雑すぎる」「勝敗が分からない」といった批判もあったが、第9巻以降、の書店を中心に売上が急伸し、若年層の読者会を核とした小規模な社会現象となった。特に受験期の高校生の間で「引き分け更新」が比喩として流行し、模試の自己採点を曖昧にする言い回しが増えたという。
批評家のは本作を「の顔をしたである」と評し、は「説明不能な事象を説明しないまま成立させる力がある」と述べた。一方で、終盤の盤面理論は読み手を選ぶとされ、再版のたびに注釈が増殖していったことから、現在では本編より注釈欄のほうが厚い版も存在する[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯真一『連載現場における“盤面化”の技法』雲母社編集部紀要, 2004, pp. 12-29.
- ^ 霧島透『イウバ星人のゲーム設定資料集』雲母社, 2007, pp. 4-81.
- ^ 清水久美子「勝敗の消失と少年漫画の再編」『現代漫画研究』Vol. 18, No. 2, 2011, pp. 55-74.
- ^ 磯貝隆一「引き分け更新の物語構造」『メディア文化評論』第7巻第1号, 2010, pp. 101-119.
- ^ H. Nakamori, “Negotiating Rules with Extraterrestrial Youths,” Journal of Fictional Media Studies, Vol. 9, No. 4, 2012, pp. 201-233.
- ^ Margaret L. Stone, “The Iuba Protocol and Narrative Deferral,” Intergalactic Comics Review, Vol. 3, No. 1, 2009, pp. 1-26.
- ^ 高橋由紀『平成少年誌の実験的系譜』雲母社出版局, 2016, pp. 188-214.
- ^ A. Beaumont, “When Draws Become Governments,” The Quarterly of Imaginary Sociology, Vol. 11, No. 3, 2014, pp. 77-98.
- ^ 中村康『アニメ化における予告編過剰現象』星河放送研究所, 2006, pp. 33-57.
- ^ 霧島透・佐伯真一『盤外の午後 監督メモ』雲母社, 2005, pp. 9-14.
外部リンク
- 雲母社公式アーカイブ
- 月刊サイバー雲母デジタル資料室
- 星河テレビ番組保存館
- イウバ星人のゲームファン年表
- 架空漫画年鑑オンライン