イキスギコード
| 名称 | イキスギコード |
|---|---|
| 英名 | Iki-sugi Code |
| 成立 | 1987年頃 |
| 成立地 | 東京都渋谷区・新宿区の録画施設群 |
| 分野 | 放送演出、編集規範、視聴者研究 |
| 主な関係者 | 黒川重信、三枝芳恵、NPO視聴圧学会 |
| 通称 | いきこど |
| 影響 | 過剰演出の抑制、字幕文化の拡大、深夜帯バラエティの様式化 |
イキスギコードは、映像・放送・配信番組において、演出が視聴者の受容限界を超えた際に、画面の挙動や編集テンポが自律的に変化するとされる規約群である。1980年代後半にの録画スタジオで成立したと伝えられ、のちにの内部文書を通じて半ば公認されたとされる[1]。
概要[編集]
イキスギコードは、番組制作現場で「これ以上やると画面が持たない」と判断された際に参照される非公式の制作基準である。一般には、テロップ、効果音、カメラ切替、出演者のリアクションを一定以上積み増したときに、内容の可読性が急激に低下する現象を指すものとして説明される。
本来はの深夜帯で用いられた内輪の隠語であったが、1990年代中盤にの編集スタジオから流出した「過剰編集抑制覚書」により注目されたとされる。なお、学術的にはとの関係を定式化したものと解されることが多いが、実際には各局ごとに運用基準が異なっていたという指摘がある。
定義[編集]
イキスギコードは、制作側が自らの番組を「盛りすぎ」と判定したときに発動する内部規範である。具体的には、1分間あたりのテロップ数、画面分割数、SE挿入率、出演者の叫声比率などが監視対象とされた。もっとも、基準値は統一されておらず、系の編集室では「24秒に3回の驚愕演出」が上限とされた一方、ではそれを「控えめ」とみなす慣習があったとされる[2]。
名称の由来[編集]
名称は、1987年にの編集協議会で使われた「行き過ぎ」を語頭で圧縮した業界スラングに由来するとされる。黒川重信はこれを「コード化された自戒」と説明したが、同席していた三枝芳恵は「単に言いにくいので略しただけ」と回想している。両説は今日でも併存している。
歴史[編集]
前史[編集]
起源は頃のにある小規模録音所で、深夜番組の再放送時に誤って3倍速の効果音が混入した事故にさかのぼるとされる。このとき、視聴者からの苦情が通常の2.7倍に増えた一方、同時に「勢いがある」とする好意的葉書が届き、制作現場では演出過多の効用が初めて数値化されたという[3]。
制度化[編集]
、の合同編集会議で、とが中心となり、テロップ色の飽和度、カット割りの平均秒数、出演者の顔アップ回数に閾値を設けた「暫定イキスギ基準」が作成された。会議録によれば、黒川は『演出は多いほど自由だが、多すぎると逆に単調である』と述べ、三枝はこれに対し『単調になる前に止めるのが礼儀である』と返したとされる。
普及と逸脱[編集]
1990年代には、、の一部制作班にまで浸透し、特にクイズ番組や通販番組で強く参照された。しかし普及に伴い、イキスギコードは本来の抑制規範から、むしろ「どこまで行けば面白いか」を競う指標へと変質した。1996年の移転期には、1番組あたり平均で効果音が17.4%増加し、社内監査が追いつかなくなったとされる。
運用基準[編集]
イキスギコードの実務は、いくつかの不文律によって支えられていた。第一に、出演者の驚きは3回まで、4回目以降は「芝居がかった反応」と判断されやすい。第二に、画面内の矢印表示は2本を超えると視線誘導ではなく圧迫として扱う。第三に、ナレーションの語尾を3連続で強調すると、視聴者の記憶定着率は上がるが、番組後半の離脱率も上がる。
また、との関係は重要である。イキスギコードが厳格に運用された班ほど、字幕は短く、色数は抑えられた。逆に、コードが弛緩した班では、赤・黄・白の三色字幕が画面上で競合し、結果として「読めるがうるさい」という独特の様式が生まれた。これはの内部報告でも「準ノイズ化した情報装飾」として記録されている。
閾値表[編集]
現存するとされる最古の閾値表では、1シーンにおける「驚愕系SE」は最大4回、人物の拡大率は140%、テロップの最長表示時間は7.8秒とされている。もっとも、編集マンの間では「7.8秒を超えると演出ではなく念押しになる」とされ、この数値は半ば呪術的に扱われた。
例外規定[編集]
生放送、速報、災害報道には例外規定があり、イキスギコードはむしろ「何もしなさすぎること」の抑制に使われた。1995年のある報道現場では、緊急字幕が8段重ねで表示され、結果として視聴者が内容よりも字幕の階層に注目したため、翌月に「情報の階段化」を防ぐための補遺が追加されたとされる。
社会的影響[編集]
イキスギコードは、放送業界内部にとどまらず、一般の会話やインターネット文化にも影響を与えた。2000年代以降は、過剰な注釈、過密な資料、必要以上に豪華なプレゼン資料を指して「イキスギ」と呼ぶ用法が広まったとされる。特にの広告代理店では、社内会議で「それはコード超過である」と言えば、説明しすぎの意味として通じるまでになった。
一方で、過剰演出の抑制はコンテンツの均質化も招いたと批判されている。視聴者調査では、イキスギコード導入後の番組は平均で理解度が12%上昇したが、同時に「妙な迫力」が7%低下したとされ、制作側はこの差をどう評価するかで長く対立した。なお、この数値はの民間調査『視聴密度白書』によるもので、集計方法がかなり怪しいとの指摘もある[4]。
批判と論争[編集]
イキスギコードに対する最大の批判は、それが「抑制を名目にした自己検閲ではないか」というものである。とくに関連の検討会では、公共放送の中立性と過剰演出の境界が曖昧になるとして、1998年に二度の再検討が行われた。
また、関西圏の制作関係者からは「東京の編集室はコードを厳密に語るが、現場では誰も読んでいない」との声もあり、地域差が大きいことが問題視された。これに対し、黒川重信は『コードは守るものではなく、破り方を共有するものである』と発言したとされ、この一言が後年の逸脱演出を正当化する口実になったという。
学術的評価[編集]
の視聴覚社会学ゼミでは、イキスギコードは「過剰コミュニケーションの自己修復機構」と位置づけられた。一方での文化記号論研究会は、実態のない規範をあとから制度化しただけではないかと疑義を呈し、両者の間で9年にわたる紙上論争が続いたとされる。
主要人物[編集]
黒川重信は、イキスギコードの理論化に関わった編集ディレクターである。1954年生まれ、出身とされ、系の番組で「盛りの引き算」を提唱したことで知られる。
三枝芳恵は、字幕設計の実務家として制度化に寄与した人物である。の出身で、色分け字幕の配置を秒単位で管理する「三枝式3層表示」を考案したとされる。なお、彼女が実際にその方式を使っていたかは、当時の編集台帳が散逸しているため確認されていない。
ほかに、の小野寺孝雄、委嘱の検証員・坂本緑などが関与したとされる。小野寺は演出密度の測定にカメラ温度計を流用したことで有名であり、坂本は「視聴者が笑う前に止めるべきである」とする勧告書をまとめた。
周辺人物[編集]
現場では、無名の字幕オペレーターやMAミキサーが重要な役割を果たした。とりわけの小スタジオで働いていた佐伯道子は、1夜で42本のテロップを整列させた記録があり、後に「コードの影の守護者」と呼ばれた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 黒川重信『イキスギコード概論』放送文化社, 1994年.
- ^ 三枝芳恵「字幕過密化と注意資源の限界」『視聴覚研究』Vol.12 No.3, pp. 44-67, 1998年.
- ^ 小野寺孝雄『編集室の温度と演出強度』日本放送技術会, 2002年.
- ^ Margaret A. Thornton, “Excessive Broadcast Signaling and Viewer Load,” Journal of Media Calibration, Vol. 8, No. 2, pp. 101-129, 2005.
- ^ 坂本緑「過剰情報の抑制に関する試案」『文化政策レビュー』第4巻第1号, pp. 9-22, 2007年.
- ^ Hiroshi Kurokawa, “On the Limits of On-Screen Emphasis,” Tokyo Media Studies Quarterly, Vol. 15, No. 4, pp. 201-218, 2010.
- ^ 『視聴密度白書 2011』民間視聴調査機構, 2011年.
- ^ 『過剰字幕防止ハンドブック』東都出版編集部, 2013年.
- ^ 田辺一馬「行き過ぎの美学とその崩壊」『放送史年報』第21巻第2号, pp. 77-96, 2016年.
- ^ Elena Petrova, “Semiotic Saturation in Late-Night Variety Programs,” Media & Code Review, Vol. 3, No. 1, pp. 1-19, 2019.
- ^ 『イキスギコード運用細則(改訂第7版)』全国編集協議会, 2021年.
- ^ 佐伯道子『テロップは3層まで』新潮編集室, 2023年.
外部リンク
- 日本放送演出史資料館
- 視聴圧研究センター
- 全国字幕整流協会
- 渋谷編集文化アーカイブ
- 民放内部資料データベース