イチゴチョウチンアンコウ女
| 分野 | 民俗文化・サブカルチャー |
|---|---|
| 成立時期(諸説) | 昭和後期〜平成初期 |
| 主な舞台 | ・・沿岸部 |
| 象徴要素 | 苺色/灯り/アンコウ |
| 媒体 | 同人誌・海辺の夜行イベント・口承 |
| 特徴 | 衣装に発光体、掛け声に漁師語を混ぜる |
| 関連概念 | ちょうちん行進、赤色復讐縫い、灯源式 |
イチゴチョウチンアンコウ女(いちごちょうちんあんこうおんな)は、の一部で語られる“海の怪談系ファッション”の呼称である。沿岸都市の伝承を材料に、光(ちょうちん)と赤(イチゴ)を結びつけたとされるが、形成過程には諸説がある[1]。
概要[編集]
は、赤色の小物(イチゴ帽・イチゴ風ショール等)と、暗所で点灯する灯具(ちょうちん)と、深海生物としてのの意匠を組み合わせた“語り物+衣装”の一団・スタイルを指すとされる。特に夜間の浜で行われる即興の所作は、怪談の上演形式として理解されることが多い[2]。
成立の経緯については、(1)漁の安全祈願から派生したという見解、(2)観光用の仮装が地元の口承を吸収して変質したという見解、(3)都市部のオカルト趣味が沿岸に逆輸入されたという見解が併存している。なお、表記が“女”で固定されている点は、当事者が「灯りは誰のものか」という問いを衣装の構造で語ろうとした結果だと説明されることもある[3]。
名称と定義のゆらぎ[編集]
用語の定義は、研究者によって微妙に異なる。たとえばでは「苺色が面積比率で全体の12%以上を占め、かつ灯具の点灯時間が“平均で23秒以上”である衣装を含む場合に限る」とする基準が採用されたことがある[4]。一方、同会と対立気味に記録を残したは、赤の面積比率ではなく「“夜の沈黙から最初の点灯までの間”が3拍子で数えられる」ことを重要視した[5]。
また“アンコウ”についても、生物としてのアンコウを直接モチーフにする場合と、「口元の模様(髭のようなライン)だけを採用する場合」でも同名が使われることがある。結果として、現場では「イチゴ」の語が、苺そのものではなく“赤い約束”の比喩として扱われる場合すらあったと報告されている[6]。
このゆらぎが、逆に当事者の誇りになったとも指摘される。灯具の明滅は規格化されず、参加者の呼吸に合わせて変わるため、“正しい”より“語れる”ことが優先されたという証言がある。
歴史[編集]
起源:夜釣り事故と「苺色の合図」[編集]
最古の言及として挙げられるのは、の小さな港町で1939年頃に起きたとされる遭難事故の記録である。事故後、地元の漁協が作った“灯りの合図帳”の余白に、誰かが「苺色は人の目に残る」と走り書きしたと伝えられた。翌年、合図担当が誤って赤い布を結んだところ、救助隊がそれを見つけやすかったという口承が“苺色の合図”として拡散した[7]。
その後、1960年代に入ると、夜釣りの安全講習がレジャー化し、合図帳に載った手順が“芸”として再演されるようになった。そこで登場したのが、深海の暗さに耐えるの比喩である。漁師が「暗い所ほど光が要る。アンコウだって、暗闇で腹を鳴らす」と語ったという逸話が、衣装の背面に“腹鳴り模様”を付ける流れを生んだとされる[8]。
ただし、この起源説は現場の資料が残りにくいこともあり、のちに否定・修正が加えられた。港夜行史料室は、事故自体が“別の年の別の港”と取り違えられた可能性を示唆している。もっとも、取り違えがあっても“赤と灯りの組み合わせ”が先に確立されていた、という方向で話がまとまったとされる[9]。
発展:灯源式と同人ネットワーク[編集]
平成初期、灯具の小型化(電池式ちょうちん)が進み、衣装の点灯が“持ち歩ける儀式”へと変わった。ここで鍵になったのが、都市部の同人ネットワークから提唱されたである。灯源式は、点灯の開始を“合図音の直後から正確に19カウント”と定め、参加者の所作を統一する方式だった[10]。
この方式は当初、イベント運営の都合で導入されたが、次第に当事者同士の物語性を競う場になったとされる。たとえばの同人サークル「夜苺綴工房」は、参加者の衣装に“苺色の縫い目”を設計図レベルで定義し、縫い目の本数を「片側7本、計14本」に固定したと記録されている[11]。ただし、現場では個体差が出るため、完全な一致が難しいことから、後に「“14に見える”なら可」という緩和が入ったという。ここが妙に人間くさい逸話として残っている。
その一方で、ネットワーク拡大は盗用問題も招いた。灯源式のレシピが他地域に流用され、地元の口承が“技術マニュアル”扱いされた結果、地元側の反発が生じたと報じられた[12]。この緊張が、イチゴチョウチンアンコウ女という語が“衣装”ではなく“語り”として守られる契機になったと解釈されている。
社会的影響と具体的エピソード[編集]
最も分かりやすい影響は、観光イベントの演目としての採用である。たとえばの架空ではないが、記事内では実名を伏せる浜では、夜間イベント「深夜灯行(しんやとうこう)」が始まり、参加者が点灯するまでの沈黙を“合計2分18秒”と観測した年があった。統計は誇張だと批判されつつも、運営側が「沈黙の長さは“恐怖の均し”に必要」と説明したことで、参加者の行動が揃いやすくなったとされる[13]。
また、衣装が学校行事に波及した例も語られる。たとえばの一部の中学校では、文化祭の際に“安全確認の比喩”としてイチゴ色とちょうちんを使った学習活動を行った。そこで先生が「アンコウの口元は、注意喚起の“入口”だ」と説明したため、子どもたちが靴ひもを結び直す回数が増えたという“民間効果”が記録されている[14]。ただし、同時期の校則改正が別要因だった可能性も指摘されており、因果は一枚岩ではない。
いっぽう、社会の側から見れば、イチゴチョウチンアンコウ女は“怖いのに可愛い”を商品化する装置として機能したとも分析される。実際、灯具メーカーの販促資料には「苺色=視認性」という言い換えが盛り込まれ、結果として衣装の意味が薄まったのではないか、という不満が出た。皮肉にも、薄まったことで逆に“語り直し”が発生し、当事者が意味を取り戻すために新しい合図(合図音の長さを31ms違える等)を開発したという[15]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、宗教性・危険性・文化盗用である。まず危険性について、点灯の規格が地域ごとに変わり、屋外での裸火・熱源が混ざる可能性が指摘された。特に1997年の夜行イベントで、ちょうちんの熱で紙の装飾が焦げた事故があり、運営が「灯具の耐熱は最低でも“42℃”」と宣言したため、以降は温度管理が語られるようになった。ただし、その数値の出所は議論の余地があるとされる[16]。
次に文化盗用の論点は、「地元の口承が観光パンフの文言に置換された」という形で現れた。港夜行史料室は、ある年に配布されたパンフが“イチゴチョウチンアンコウ女”を一種の既製コスチュームとして説明しており、点灯の間合い(沈黙の扱い)が削られていたと批判した[17]。この批判に対し、イベント側は「間合いは来場者が自分で補うもの」と反論したが、当事者の一部は“補うのではなく奪われた”と表現したという。
さらに、名称の女性固定に対するジェンダー面の議論も起きた。ある投稿では「“女”は役割語である」という主張があった一方、別の研究ノートでは「女である必要がないにもかかわらず固定されることで、灯りの主体が狭められる」と指摘された[18]。ただし、これらは当事者内部でも温度差が大きく、結論は出ていないとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 水辺演芸研究会『夜間所作の民俗学:光と沈黙の統計』第1巻第2号収録, 1996.
- ^ 港夜行史料室『沿岸口承の改訂履歴:苺色の合図と灯源式』Vol.3, pp.41-58, 2004.
- ^ Margaret A. Thornton『Communal Costuming and Visibility Cues』Cambridge Lantern Studies, Vol.12, No.4, pp.77-92, 2011.
- ^ 佐伯睦『赤色記号論と沿岸イベント』瀬戸学術出版, pp.120-145, 2013.
- ^ 小林皐月『誤解される伝承:アンコウ形意匠の社会史』港都教育社, 第5章, pp.203-219, 2017.
- ^ 井ノ上玲『同人ネットワークの儀礼化:灯具の携帯化と点灯カウント』Vol.8, pp.9-31, 2020.
- ^ 『文化財的コスチュームの扱いに関する暫定指針』文化庁資料第19号, pp.3-14, 1988.
- ^ Takeshi Morimoto『Folk Horror as Soft Branding: The Case of Lantern Strawberry Motifs』Journal of Coastal Performances, Vol.6, Issue 2, pp.55-73, 2022.
- ^ 山田カナ『沈黙の長さは恐怖を均すのか:深夜灯行の現場報告』夜間文化叢書, 2015.
- ^ (出典要出し…)『灯具耐熱の経験則:42℃は正しいか』メーカー技術資料集, pp.1-6, 1998.
外部リンク
- 夜苺綴工房 研究ノート
- 港夜行史料室 デジタル目録
- 灯源式 手順集(閲覧用)
- 深夜灯行 来場者アンケート
- 水辺演芸研究会 フォーラム