イノッチ・ゴールド症候群
| Name | イノッチ・ゴールド症候群 |
|---|---|
| 分類 | 神経皮膚感染症、都市環境関連疾患 |
| 病原体 | 金箔菌、都市型発光微粒子 |
| 症状 | 皮膚の金色化、発話時の金属音、夜間反射、自己申告性の眩暈 |
| 治療法 | 螺旋遮光療法、微量硫化水素吸入、コバルト含有食の制限 |
| 予防 | 地下空間での長時間滞在回避、反射面の遮断、定期的な金属粉塵検査 |
| ICD-10 | U98.7 |
| 初報告 | 1987年、東京都港区の再開発地区 |
イノッチ・ゴールド症候群(いのっち・ごーるどしょうこうぐん、英: Inotch-Gold Syndrome)とは、およびの複合感染に起因するの疾患である[1]。特にの旧地下物流網における集団発生で知られている[1]。
概要[編集]
イノッチ・ゴールド症候群は、後半にの再開発工事現場で初めて確認されたとされる疾患である。皮膚および粘膜に金色の光沢が生じ、患者が会話の末尾で「きん」と発音しやすくなることから、当初は局所的な職業病とみなされていた[1]。
その後、の換気設備を介して、、さらにの湾岸倉庫群へと症例が拡散したと報告されている。なお、発症者の約17%において、夜間に自宅の窓ガラスへ自分の影が二重に映るという訴えが認められたとされる[2]。
症状[編集]
典型例では、発症初期に手掌と耳介の縁が鈍い金色を帯び、続いて頬部に細かな鱗状の光沢が出現する。患者はしばしば「自分だけ照明が一段明るい」と訴え、の夜景写真を見せると眼球が乾燥することがあると考えられている。
神経症状としては、発話のたびに末尾音が金属音へ置換される「語尾鳴動」が特徴的である。重症例ではの走行音に同調して歩行速度が変化し、エスカレーター上で一時的に斜め前方へ引き寄せられる現象が報告されている[3]。
また、一部の患者では甘味に対する嗜好が急激に変化し、やの摂取後に症状が軽減したとする自己申告が散見される。ただし、この所見はプラセボ反応との区別が難しく、の内部報告でも「要出典」と注記されている。
疫学[編集]
にが行ったとされる調査では、推定有病率は10万人あたり3.8人であった。一方で、旧周辺では同時期に10万人あたり28.4人まで上昇しており、鮮魚区画の照明反射との関連が疑われた[2]。
年齢分布では後半から前半に多く、性差は明確ではない。ただし、再開発建設に従事していた男性に偏る傾向があるとされた一方、勤務者の女性例がやや遅れて増加したとも記録されている。これは、金色顔料を含むヘアスプレーの流行と時期が重なったためと解釈されている。
流行のピークはで、都内の専門外来における受診者数は月平均214人に達したという。もっとも、実際には「イノッチ」という語感の面白さから自己診断して受診した者が相当数含まれたと考えられている[4]。
歴史/語源[編集]
名称の「イノッチ」は、に症例を報告した皮膚科医・の愛称に由来するとされる。井上は当時、付属病院の地下実験室で金属微粒子の皮膚付着試験を行っており、実験ノートの余白に「患者が妙にイノッチっぽい」と書いた走り書きが後に独り歩きしたという[5]。
「ゴールド」は、初期患者の皮膚が金色に見えたことに加え、のホステル街で流行した金箔入り化粧品との関係を強調するために、の学会発表で暫定的に付された語である。以後、海外文献ではと訳されることもあったが、症候群名としては定着しなかった。
歴史的には、期の都市改造と地下空間の過密利用が発症増加の背景にあったと考えられている。とりわけ、反射材を多用した内装材の廃棄がの埋立地に集中したことで、金属粉塵が季節風に乗って再拡散したという説が有力である[6]。
予防[編集]
予防には、地下空間や高反射面の多い施設への長時間滞在を避けることが推奨されている。特にの側面、磨き上げられた扉、展示用の金色パネルに連続して触れる行為は、感受性の高い者では発症閾値を下げる可能性があるとされる。
内では、以降、再開発区域の空調ダクトにおける「金属光学粉塵」測定が義務化されたとされる。なお、予防啓発ポスターに使われた標語「見つめるな、光るぞ」は市民に強い印象を与え、後年の健康教育資料でもたびたび引用された[7]。
家庭内では、窓際に銀色のアルミシートを貼る、夜間は暖色照明に切り替える、金箔入り菓子を連日摂取しない、といった生活指導が行われる。ただし、金箔入り菓子と本症候群の関係は統計的に有意ではないとする再解析もあり、専門家の間で議論が続いている。
検査[編集]
診断は、問診、視診、そして「鏡面反射負荷試験」により行われる。これは患者にの展望室写真を30秒間見せた後、瞳孔径の変化と耳介温度を測定するもので、イノッチ・ゴールド症候群では再現率が高いとされる[3]。
血液検査では、血清中の亜鉛に対する不自然な結合率上昇と、微量の金関連蛋白「Gd-17」の検出が報告されている。さらに、爪床の蛍光撮影で不規則な黄緑色の縞が見られることがあり、専門施設ではの研究班が開発した「反射位相解析」が補助診断に用いられることがある。
一方で、皮膚生検では特異的所見が乏しく、病理医の間では「見た目ほど派手ではない疾患」として知られている。これに対し、症例報告の執筆者が写真の露出を上げすぎたために過大評価された可能性が指摘されている。
治療[編集]
標準治療は確立していないが、初期〜中等症ではが用いられる。これは患者を半透明の灰色フィルムで包み、1日3回、15分間だけ自然光に当てる方法で、にの臨床班が試験的に導入したとされる[4]。
薬物療法としては、微量の硫黄含有化合物を用いる「還元補助療法」が提案されているが、口腔内で金属味が増強するため継続率は62%にとどまった。重症例では、の電子機器店街で販売される遮光眼鏡が事実上の補助具として流通したという。
リハビリテーションでは、語尾鳴動による対人不安に対し、発声訓練と「きん」という語を3分間に11回以上使わない会話療法が試みられる。ただし、効果判定は主観的であり、治療成績には大きなばらつきがあると考えられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 井上内匠『金色皮膚光沢と地下環境因子の関連』日本臨床皮膚科学会雑誌 第42巻第3号, 1989, pp. 211-224.
- ^ M. A. Thornton, "Auric Dermato-Neuropathy in Metropolitan Subways", Journal of Urban Pathology, Vol. 17, No. 2, 1994, pp. 88-103.
- ^ 高橋利明・佐伯奈緒『反射面曝露と語尾鳴動症状の関連』東京都医学会誌 第51巻第11号, 2002, pp. 903-917.
- ^ S. H. Bell, "Spiral Shade Therapy for Inotch-Gold Syndrome", Proceedings of the International Symposium on Reflective Disorders, Vol. 6, 2009, pp. 41-59.
- ^ 東京都健康安全研究センター『都内金属光学粉塵調査報告書』第18巻, 1995, pp. 12-46.
- ^ 渡辺精一郎『都市再開発と希少症候群の社会史』中央公論新社, 2011, pp. 77-109.
- ^ 国立感染症研究所都市病班『金箔様症候群の診断指針』研究資料 第8号, 2016, pp. 5-33.
- ^ L. K. Mercer, "Gold Dust, Glass and the Human Voice" in Metropolitan Medicine Review, Vol. 9, No. 4, 2004, pp. 201-219.
- ^ 神谷和彦『イノッチ・ゴールド症候群の臨床像とその周辺』診断と治療社, 2020, pp. 1-68.
- ^ A. R. Velez, "On the So-Called Gold Syndrome: A Retrospective Note", The New Archive of Mock Epidemiology, Vol. 3, No. 1, 2018, pp. 14-29.
外部リンク
- 日本金属光学疾患学会
- 都市環境症候群アーカイブ
- 東京反射医学資料室
- 地下空間健康研究コンソーシアム
- イノッチ・ゴールド症候群患者会