ウイユヴェール
| 名称 | ウイユヴェール(Oeil Vert) |
|---|---|
| 種類 | 水辺の観測施設(親水・光学展示塔) |
| 所在地 | 埼玉県さいたま市(旧・見沼干潟区) |
| 設立 | 末期() |
| 高さ | 31.4 m(塔身)/基壇から41.2 m |
| 構造 | 鉄筋煉瓦造・二重螺旋階段・可変隔板式展示室 |
| 設計者 | 渡辺精一郎(光学意匠担当)+クロード・メルラン(外壁配色顧問) |
ウイユヴェール(よみ、英: Oeil Vert)は、にある[1]。現在では、淡緑色の水光を利用した「視界補正」実験の名所として知られている[2]。
概要[編集]
ウイユヴェールは、に所在するである。現在では、淡緑色の水面反射を「目の調律装置」として用いる点が特徴であり、訪問者は塔内の覗窓を通して遠景が“ほどよく”見えるとされる[3]。
施設名は、フランス語の「緑の眼」を連想させる語として宣伝されたとされるが、実際には明治期の官庁用語を内蔵した暗号表記に由来するとも説明されている[4]。そのため、パンフレットや掲示板では常に「言い方によって意味が変わる」と断り書きがある点でも知られている。
名称[編集]
名称「ウイユヴェール」は、当初の仮称が「R-37 水光測定塔」であったことから、計測値の平均が“青緑域に寄る”ことを示す呼称として改められたとされる[5]。また、完成直前に塔のガラス板を入れ替えた結果、反射スペクトルの中央値がへ収束したため、運用担当者が“見える色の輪郭”を意味する通称を採用した、という逸話も残る[6]。
一方で、地元紙では「旧・見沼干潟区の水路を見張る“目(oueil)”」にちなむと報じられた。もっとも、当時の記録では同じ水路に別の監視施設が併設されていたため、命名の根拠が行政文書と街の語りで食い違う点が研究者の関心を集めている[7]。
沿革/歴史[編集]
ウイユヴェールは、の「夜間視認問題」調査を契機に構想されたとされる。調査では、巡回員が霧の多い季節に転倒を繰り返した原因を、単なる足元ではなく視界の“色ムラ”に求めた。そこで、観測用の水鏡を用いて視覚の錯覚を打ち消す方針が打ち出され、に塔が建立されたとされる[8]。
建設には、当時の内務系技術者と、民間の色材研究者が混在して関わったとされる。渡辺精一郎は「光学意匠」に重点を置き、塔内の隔板を折りたたむと展示窓の焦点距離がからへ可変になるよう設計したと説明された[9]。さらに、フランス人技術顧問クロード・メルランは、外壁煉瓦の焼成温度を“緑の透明度が出る帯域”として秘伝化し、品質検査に「目視での合図回数」を採用したという[10]。
戦中は、ウイユヴェールが避難誘導のための“誤認防止灯”として転用されたという伝承がある。とくに、塔の水鏡が消灯しても残光が残るよう、床下に湿潤保冷の仕組みが組み込まれていたとされるが、後年の改修で証拠は散逸した。現在では、こうした逸話が観光案内に採用されつつも、一次資料との整合性は限定的であると指摘されている[11]。
施設[編集]
ウイユヴェールは、塔身・基壇・親水水鏡の三要素から成る。塔身は二重螺旋階段を備え、上階に向かうほど観測窓が“浅く”なる構造が採用されている。訪問者は、回廊のガイド線に沿って歩くだけで、塔外の光が特定の角度で再現されると説明される[12]。
基壇には可変隔板式の展示室があり、展示室の壁面には「光の密度計算表」と称する白線が描かれている。その表はあたりの反射面の想定を単位で割り当てる奇妙な仕様であるとされる[13]。また、水鏡は季節に応じて水位を調整するが、調整の規定は「雨量ではなく、風下の落ち葉の枚数」で決めると地元の作業員が語ったとされる[14]。
施設内の装置で最も目立つのは、塔頂部の覗窓である。覗窓は円形で、縁に沿って小さな溝が刻まれているとされる。溝の数は縁起として語られることが多いが、設計図では“夜露の屈折を整えるため”と明記されており、意味づけが後から観光用に補強された可能性も指摘されている[15]。
交通アクセス[編集]
ウイユヴェールに所在するための主要導線は、旧・見沼干潟区の河岸遊歩道を経由することとされる。最寄りの駅はの見沼新港駅(架空ではないと主張される場合があるが、案内ではあえて“港”を強調する記述が見られる)から徒歩約とされる[16]。
施設へは、路線バス「観測塔循環(青緑ルート)」が出ており、所要は、運行間隔は概ねとされる。なお、雨天時は“視界補正デモ”を優先するため、最終便の時刻が掲示板で変更される運用が長らく続いている[17]。
車の場合は、周辺に案内標識が密に設置されている。標識には色分けが用いられ、ウイユヴェールの看板色(淡緑)が「迷ってよい方向」を示すと解説されることもある。この説明は観光向けの脚色と見られつつも、実際に迷いが減ったという利用者の証言が記録されている[18]。
文化財[編集]
ウイユヴェールは、の文化財として「水辺景観・光学意匠群」として登録されている。登録区分は“建造物単体”ではなく、水鏡を含む周辺設備を一体として評価する方式であるとされる[19]。
登録の根拠としては、(1) 二重螺旋階段の意匠性、(2) 外壁煉瓦の配色調整手法、(3) 覗窓縁溝の再現性、が挙げられている。もっとも、配色に関しては「当時の配合比が不明であり、現在は復元とみられる部分がある」との注記も添えられることがある[20]。
また、施設の運用技術が“地域の気象観測文化”と結び付けられ、保存会が講習会を年開催しているとされる。これには、光学展示の解説を担当するボランティアが、説明順序を毎回「入館→覗窓→水鏡→出口」のに固定している、という細かな取り決めがある[21]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 埼玉県教育委員会『水辺景観・光学意匠群 登録調書(抜粋)』埼玉県庁, 2018.
- ^ 渡辺精一郎『光学意匠の試み――R-37構想と観測窓』光学技術社, 【1921年】.
- ^ Claude Merlin『Surfaces teintées et reflets d’eau』Société d’Ingénierie, 1920.
- ^ 中村恵理『近代日本の“色による誘導”行政』東洋史料研究所, 2009.
- ^ R. T. Lawrence『Optical Comfort in Early Public Facilities』Journal of Applied Visual Science, Vol.12 No.3, pp.41-63, 1977.
- ^ 山崎文也『親水施設の水位運用と地域伝承』環境史叢書刊行会, 2016.
- ^ 藤堂真琴『二重螺旋階段と建築鑑賞法』建築教育出版社, 第6巻第2号, pp.120-138, 1994.
- ^ Watanabe Seiiichirō「覗窓縁溝の意義(未整理資料)」『埼玉工務技報』第3巻第1号, pp.1-9, 1930.
- ^ Kobayashi A., “Adaptive Spectral Reception of Historic Water-Mirrors” International Review of Museum Engineering, Vol.5 No.1, pp.9-22, 2003.
- ^ 観測塔保存会『ウイユヴェール保存講習会記録』観測塔保存会事務局, 2022.
外部リンク
- ウイユヴェール公式記録庫
- 埼玉水辺光学アーカイブ
- 観測塔循環(青緑ルート)案内板
- 光学意匠ガイドライン講習