ウナマグロ
| 名称 | ウナマグロ |
|---|---|
| 別名 | 鰻鮪、海複合(かいふくごう) |
| 発祥 | 静岡県焼津町沖の加工船団 |
| 分類 | 複合保存食 |
| 主原料 | ウナギ、マグロ、粗塩、杉樽灰 |
| 考案者 | 藤波兼三郎とされる |
| 流行期 | 1948年 - 1962年 |
| 代表的産地 | 静岡県、東京都、神奈川県横須賀市 |
| 推奨禁忌 | 満月前後の再加熱 |
| 標準重量 | 1切れ約38g |
ウナマグロは、とを同一工程で熟成・燻製化したとされる日本の食材である。主に沿岸部の保存食文化から派生したとされ、戦後にはの鮮魚市場を中心に流通した[1]。
概要[編集]
ウナマグロは、脂の乗ったと赤身の強いを交互に重ね、木桶で低温熟成させた後、短時間だけ桜薪で燻した食品であるとされる。見た目は薄い墨色の切り身であるが、切断面に赤と金が層状に現れることから、漁港の職人の間では「海の年輪」と呼ばれていた。
その起源については、20年代後半ので、冷蔵設備の不足を補うために考案されたという説が有力である。一方で、当時の食糧局が試験的に進めた「複数魚種統合保存法」の副産物だったとする説もあり、後者では試験番号U-17号の記録がしばしば引用される[2]。
歴史[編集]
発祥と初期の実験[編集]
1947年、近くの加工小屋で、仲買人のが「夏場に傷みやすいと、遠洋帰りで水っぽくなったを一緒に保てないか」と試したのが始まりとされる。藤波は出身の化学技師・に相談し、塩分濃度を4.8%、灰の含水率を12%に固定することで臭気を抑えたという。
初回試作では17本のうち11本が崩壊し、残る6本も「蒲焼きの匂いのする刺身」「魚介の味が同居しない」などと酷評された。だが同年11月、台風後の停電で燻煙時間が偶然延びたところ、黒糖様の香りが加わって急に商品性が生じたとされ、これが現在の標準工程の原型になった[3]。
戦後の流通拡大[編集]
1950年代に入ると、の一部問屋が「切り身なのに蒲焼きの満足感がある」として扱いを始め、朝市の屋台で小分け販売されるようになった。特にの料亭街では、正月用の雑煮に浮かべる「祝肴」として用いられ、1箱24切れ入りの木箱が月平均1,300箱売れた記録がある。
なお、1956年にの料理番組で紹介された際、アナウンサーが「うなぎでもあり、まぐろでもある」と読み上げたことから問い合わせが殺到し、同月だけで東京都内の保健所に42件の相談が寄せられた。番組終了後には、視聴者の誤解を避けるため、パッケージに「生食用ではなく、焼成済みである」とする赤帯が追加された。
衰退と再評価[編集]
1960年代後半、冷凍船の普及と養殖の安定供給により、ウナマグロは急速に姿を消した。ただしの一部港町では、年末の慰労会でのみ供される慣習が残り、旧関係者の間では「食べると航海の判断が鈍らない」として珍重された。
1983年には郷土史家のが雑誌『港湾文化研究』に「ウナマグロ再考」を発表し、保存食ではなく高度な市場心理学の産物だったと指摘した。これを契機に、が試作復元を行い、翌年の展示会では見学者2,400人中318人が「本当にあったように見える」と回答したという。
製法[編集]
標準的な製法は、①を腹開きにせず背開きで処理し、②の中落ちを薄く押し固め、③両者を交互に重ねて杉樽で一晩熟成させる、という三段階からなる。完成品は70度前後の低温で11分だけ蒸し、最後に桜薪で3分20秒燻すのが理想とされる。
もっとも、家庭用の再現では「魚が分離する」「香りが蒲焼き寄りに偏る」などの問題が起こりやすく、の主婦団体が考案した“落し蓋を使わず、代わりに茶碗蒸し用の器を逆さに置く”方法が広く知られている。これは見た目の説得力は高いが、味については「ほぼ別物になる」との指摘が多い[4]。
社会的影響[編集]
ウナマグロは、戦後日本の「何でも混ぜて新しくする」気分を象徴する食品として扱われた。都市部では、ウナマグロを食べると景気が上向くという俗信まで生まれ、の飲食店では月末の決算前だけ注文が増える現象が確認されたという。
また、1961年にはが「複合魚介の表示基準案」を提出し、魚種を2つ以上含む食品には「主役魚種」「支え魚種」を明記するよう求めた。これが後の加工食品表示の議論に影響したとする見方がある一方、実際にはウナマグロの名称が先に独り歩きし、行政が後追いで整備しただけだという反論も根強い。
地方では、結婚式の引き出物として配ると「家庭が二重に長持ちする」とされ、の沿岸では昭和30年代後半まで慣習的に用いられた。ただし、祝い事に向くという印象に反して、旧家の中には「祖父が食べると黙ってしまう」と嫌った例もあり、評価は一枚岩ではなかった。
批判と論争[編集]
批判の中心は、そもそもとを同時に保存する合理性が乏しいという点にある。生物学的には親和性が低く、1949年の年報では「味の調和は工程に依存するが、由来の説明はほぼ神話に近い」と書かれている。
また、1960年頃に一部業者が「高級魚のいいとこ取り」として販売価格を吊り上げ、1切れを通常の蒲焼きの2.7倍で売ったことから、が注意喚起を行った。さらに、保存のために加えられる灰が「実は調味料としての主役ではないか」という説もあり、これが本来の味を曖昧にしたとの指摘もある[5]。
一方で、郷土料理としての価値を擁護する声もあり、の古老の中には「本当に食べたことのある人間は、説明より先に匂いを覚えている」と証言する者がいる。もっとも、そうした証言は記憶の混濁が激しく、証言者ごとに“マグロの層が3層だった”“いや5層だった”と食い違うため、研究者の間では慎重に扱われている。
現在[編集]
現在、ウナマグロを常食する地域はほぼ消滅しているが、の郷土資料館や一部の駅弁企画展で断続的に再現されている。2018年にはの観光協会が「幻の海鮮折り」として限定120食を発売し、予約開始から19分で完売した。
復元版は当時より衛生基準が厳しいため、灰の代わりに竹炭粉末を用いるなどの簡略化が行われている。ただし、古参の愛好家は「炭では香りの角が丸すぎる」として不満を述べることが多く、現在も忠実再現派と観光向け改良派で軽い対立が続いている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 藤波兼三郎『複合魚介保存法試験記録』静岡港湾食糧研究会, 1949.
- ^ 三浦静夫『低温燻煙と海産物の官能評価』東京水産化学出版社, 1952.
- ^ 日本水産学会 編『昭和二十四年水産学会年報』第18巻第2号, pp. 44-61.
- ^ 長谷川登『港町の味覚と市場心理』港湾文化新書, 1983.
- ^ 東京都消費生活協会『魚介複合食品に関する表示実態調査』第4巻第1号, pp. 7-19, 1961.
- ^ Margaret H. Keene, “Hybrid Preservation in Postwar Japan”, Journal of Maritime Food Studies, Vol. 7, No. 3, pp. 112-129, 1974.
- ^ 静岡県立水産試験場 編『幻の海鮮折り 復元報告書』静岡県庁出版部, 1984.
- ^ 小泉房太郎『蒲焼きと刺身のあいだ――ウナマグロ考』海鳴社, 1991.
- ^ Yoshida, Kenji, “The Grey Aroma Problem in Mixed Fish Products”, Bulletin of Coastal Processing, Vol. 12, No. 1, pp. 3-18, 1968.
- ^ 藤波兼三郎『うなぎと鮪の夜明け』港町文庫, 1955.
外部リンク
- 静岡県立郷土食アーカイブ
- 港湾食文化研究会
- 焼津市観光資料室
- 幻の海鮮折り保存協会
- 東京魚食史データベース