ウンチ・ベト・リト
| 成立地域 | フランス南東部(リオン周辺) |
|---|---|
| 成立年(目安) | 1539年 |
| 創始とされる人物 | リト・ベトン(架空の衛生官僚) |
| 主な関心領域 | 衛生分類、都市条例、民間知 |
| 特徴 | 「臭気」を音韻で記録し、区画ごとに配布 |
| 波及した分野 | 公衆衛生、都市運用、民俗学 |
| 終息の目安 | 1912年頃(学校衛生の近代化とともに形骸化) |
ウンチ・ベト・リト(うんち べと りと)は、ヨーロッパで編み出されたとされる、糞(ふん)を中心概念に据える衛生言説の流派である[1]。にで「不快の分類」を目的とする市民講座が開かれ、その後の都市再編にまで影響したとされる[2]。
概要[編集]
ウンチ・ベト・リトは、単なる罵りではなく、糞尿にまつわる不快現象を「記録可能な単位」に翻訳し、都市の運用に組み込もうとした言説群として説明されることが多い。とくに臭気を数行の詩型に落とし込み、管理者が再現できる形にして共有した点が特徴とされる[1]。
この流派の呼称は、告示文に頻出した擬音語「ウンチ(不快の開始)」「ベト(粘性の感覚)」「リト(回収の予告)」に由来するとされる。もっとも、起源については諸説があり、語源の音韻が後年に整えられた可能性も指摘されている[3]。
背景[編集]
1530年代のでは、河川の氾濫と人口集中により、屎尿処理が「見えない失敗」として扱われるようになったとされる。そこで市の衛生局は、従来の勘と経験に依存した巡回をやめ、「区画ごとの不快」を採点表へ移す方針を立てたという[4]。
ところが、当時の記録係は鼻が利く者ほど言葉が曖昧になるという逆説に直面した。そこで編み出されたのが、臭気の主観を抑えるための音韻表(韻を踏むことで評価が固定されるとされた)であり、これがウンチ・ベト・リトの原型にあたる、とされる[2]。
この制度は、学者よりも実務者が主導した点で独特であると説明される。市議会の議事録では、署名者のうち8割が印章係か保健巡査であったことが強調されており、言説が「机上」ではなく「現場」から育ったことがうかがえる[5]。
経緯[編集]
1539年:リオン市民講座の開講[編集]
、の旧病院跡で「不快の分類(Classification of Discomfort)」と題する講座が開かれたとされる。講師として登壇したのは、衛生官僚リト・ベトンであると記されているが、当時の史料では実名の綴りが「リト」「リトゥ」「リート」と揺れている[6]。これは編集者が読み替えた可能性もある。
講座の内容は具体的で、参加者には「臭気を6音節で要約せよ」「区画番号は必ず3桁にせよ」「回収予告は韻のまま言い切れ」という小冊子が配布されたとされる[4]。結果として、住民は“聞き取れるほど具体的な不快”を日常語として口にするようになった、という[3]。
1602年:音韻監査条例と「配布詩」[編集]
には、街区単位で「配布詩(Distribution Verses)」を読み上げる監査条例が採択されたとされる。各区は週2回、夜間の巡回前に詩を唱え、巡査が携帯する記録札に転記する仕組みであった[7]。
ただし、この条例の運用は滑稽なほど細かかった。記録札には、粘性を表す「ベト」の位置に合わせて“回収の遅れ”を赤インクで塗る規則があり、違反者には罰金というより「正しい口調の訓練」が科されたとされる[8]。そのため、当時の裁判記録では罰金の額より発音矯正の項目が目立つとされる。
1874年:遠隔都市衛生への転用(アメリカ)[編集]
、アメリカの港湾都市であるの衛生委員会が、遠隔地から届く苦情文を整理するために「韻による圧縮」を採用したと伝えられる。ここではウンチ・ベト・リトが“分類名”ではなく“通信手段”として扱われたため、糞尿そのものよりも記述の形式が評価されたという[9]。
一方で、現地の新聞には「詩のような苦情が増え、苦情ではなく朗読会になった」という批判が載ったとされる。史料の一部では、苦情文のうち朗読形式が占めた比率が「年平均で41.7%」とされており、やけに精密な数字が目を引く[10]。もっとも、その統計手法は不明であり、後世の編集が丸めた可能性も指摘されている。
影響[編集]
ウンチ・ベト・リトは、公衆衛生を「測定」へ近づけるための言語的工夫として位置づけられることが多い。具体的には、臭気や不快を定性的な“言い方”から、区画運用に接続できる“型”へ移すことに成功したと説明される[1]。
また、寺子屋やギルド学校においても、暗記教材として採用された経緯が記録されている。特ににの職業訓練校で採られたとされる「衛生ソネット」は、糞尿処理に限らず、火事・霜害・疫病の予告にも転用されたとされる[11]。
さらに、この流派は民俗学的にも注目されてきた。住民が不快を詩にすることで、家庭内の会話が変質し、“言えば罰される”から“言えば管理者が動く”へと心理が変わった、という回想録が複数残っている[12]。
研究史・評価[編集]
近代衛生との関係[編集]
近代の公衆衛生学が台頭したのち、ウンチ・ベト・リトは「科学の外側の礼儀作法」として扱われることが増えた。一方で、言語化による行動の安定化という点では合理性があった、とする研究もある[2]。
末に出た論考では、臭気分類が“誤差”を意図的に揃える仕組みであった可能性が示唆されたとされる。ただし、その論考の参考文献にの手書き記録が突然登場し、年代の飛び方が不自然であるとして、編集者の付け足しではないかという指摘がある[13]。
代表的な批判[編集]
批判は概ね、①不快の美化、②実測の回避、③運用の恣意性、に集約される。たとえば頃、学校衛生の標準化が進む中で、詩型記録は「訓練偏重」とみなされ、採用されなくなったとされる[14]。
また、語感が強すぎたため、政治的スローガンとして転用され、衛生よりも扇動が優先された可能性があるとの指摘がある。実際に、地方議会の演説原稿に「リト(回収の予告)」が選挙用の比喩として使われた例が報告されており[15]、流派が言葉の遊びに回収されていった経緯が示唆される。
批判と論争[編集]
最大の論争は、「これが衛生改善に資したのか、それとも不快を“語りで管理しただけ”なのか」という点にある。擁護側は、言語の標準化により現場対応が早まったと主張する。たとえば巡回記録では、苦情から回収開始までの平均時間が「当初の平均86分」から「最良月では33分」に短縮したとされる[8]。
ただし反対側は、短縮は気象や水位の偶然に左右されるはずだと述べる。さらに、統計の元となった巡回札が、出納帳と照合すると同じ札が二重計上されている疑いがあると指摘される[16]。その一方で、「ウンチ・ベト・リトという言葉が流行したせいで、人々が生活を整えた」という口承も残り、単純な善悪で片づけにくいとされる[12]。
なお、語源の真偽自体も争点である。語感の一致から説明される説に対して、後年になって韻が整えられたため実際の語彙は別物だったのではないか、との指摘がある[3]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ リュック・マルヴァル『不快の分類と都市の記録法』パリ学術叢書, 1978.
- ^ Margaret A. Thornton『Vocal Hygiene in Atlantic Ports』Oxford University Press, 1996.
- ^ 田中路加『韻で管理する近世自治体』東京大学出版会, 2004.
- ^ Édouard Pellerin『Les Psaumes de l’Hygiène Municipale』Presses de Lyon, 1881.
- ^ サラ・H・ベレスフォード『記録札の政治学』Cambridge Scholars Publishing, 2011.
- ^ クロード・アルノー『リオン旧病院跡の講座史(1539年資料再検討)』Bulletin de la Société Municipale, 第12巻第3号, pp. 41-73, 1952.
- ^ R. K. O’Donnell『Municipal Audits and Metered Complaints』Journal of Urban Folklore, Vol. 8, No. 1, pp. 12-29, 2002.
- ^ ジャン=ポール・シラン『監査条例と発音訓練』Revue des Règlements Publics, 第5巻第2号, pp. 101-140, 1890.
- ^ 佐藤元昭『港湾都市の衛生通信:19世紀の圧縮表現』関西学院大学紀要, 第67巻第1号, pp. 55-88, 2016.
- ^ Hiroshi Matsu『Poetic Records and Public Response』(書名の誤植があるとされる)Cambridge Inquiry Press, 2009.
- ^ A. N. Weller『The Sonnet as Sanitary Tool』Proceedings of the Guild Education Society, Vol. 3, pp. 201-219, 1809.
- ^ Léonie Vermeil『臭気と行政の距離:巡回札の照合』Annales d’Archives Locales, 第21巻第4号, pp. 300-338, 1987.
外部リンク
- 不快分類アーカイブ(Lyon Civic Discomfort Archive)
- 配布詩研究所(Distribution Verses Institute)
- 衛生ソネット・コーパス(Hygiene Sonnet Corpus)
- 都市条例史データバンク(Municipal Ordinance Database)
- 臭気記録の筆跡鑑定室(Odor Record Handwriting Lab)