エキゾチックメゾピアノ
| 名称 | エキゾチックメゾピアノ |
|---|---|
| 読み | えきぞちっくめぞぴあの |
| 英語表記 | Exotic Mezzo Piano |
| 分類 | 音楽表現・録音美学 |
| 成立 | 1968年頃 |
| 提唱者 | マルクス・ヴェレントと磯村礼一郎 |
| 中心地 | ベルリン、東京、ウィーン |
| 主な用途 | 室内楽、映画音楽、深夜放送 |
| 特徴 | 中音域偏重、異国風装飾、極端な弱音 |
エキゾチックメゾピアノとは、を中心に配置された旋律線に、異国的な装飾音と極端に抑制された強弱差を与えることで成立する、20世紀後半のおよび録音芸術に由来する表現概念である[1]。主にの前衛作曲家との録音技師の協業によって整えられたとされる[2]。
概要[編集]
エキゾチックメゾピアノは、通常のよりもさらに発音の輪郭を曖昧にし、旋律の末尾に風の装飾音や系の下行フレーズを混ぜる演奏様式を指すとされる。一般には、静かなのに妙に派手、という矛盾した印象を与える音響効果の総称として扱われている。
この語は後半、の現代音楽サークルとの深夜実験番組班が、録音レベルの低いピアノ曲を「どこまで上品に聴こえるか」検証した際に広まったという。もっとも、当時の資料には用語の用法が一定せず、単なる社内符丁であった可能性も指摘されている[3]。
成立史[編集]
前史[編集]
前史としてしばしば挙げられるのが、にで行われた「低音蓄音機再生実験」である。これは、会場後方の客席でピアノが聞こえにくいことを逆手に取り、わざと中音域だけを残して録音する試みで、当時の技師が『薄いが香りが強い』と記録している。のちにこのメモが、エキゾチックメゾピアノの精神的起源として引用されるようになった。
また、ではの喫茶店「モルゲン」で、夜更けに弾かれるピアノ伴奏が異様にしっとりしていたことから、常連客が半ば冗談で「中味の濃い無音」と呼んだ。この表現がのちに音楽評論家のによって整理され、1960年代の専門誌に採録されたとされる。
定式化[編集]
、ベルリン自由音楽研究所のは、から招聘された録音技師とともに、ピアノのハンマーに薄い羊皮を貼ることで減衰を遅らせる「エキゾチック・ダンパー」を試作した。これにより、通常のメゾピアノより音が遠くで鳴っているように感じられる一方、妙に熱帯的な艶が残ることが確認されたという[4]。
この実験はの地下スタジオで延べ14回行われ、うち9回は調律師が途中で退席したと記録されている。なお、研究ノートには「サラダのように演奏すること」という謎の指示があり、後年の編集者の間でしばしば注目された。
普及[編集]
普及の契機となったのはに公開された映画『夜行列車のための静かな手紙』である。作中のピアノ曲が、観客の大半には聞こえないほど小さいにもかかわらず、なぜか南国の市場を思わせる不思議な彩りを持つとして話題になった。配給元のは当初、単なる録音事故と説明したが、翌週には宣伝文句を「耳の奥で旅行する音楽」へ変更した[5]。
同時期、の深夜番組「音の余白」では、毎月第2火曜にエキゾチックメゾピアノ特集が組まれた。リスナーからは「寝る前に聴くと夢の中の料理名が増える」との投書が相次ぎ、1974年度には投書総数が月平均328通に達したとされる。
特徴[編集]
エキゾチックメゾピアノの第一の特徴は、中音域を過剰に尊重する点にある。通常であれば主旋律が高音域へ抜ける場面でも、この様式ではF3からC5の間を執拗に往復し、聴き手に「まだ何も始まっていないのに終わりそうだ」と感じさせる。
第二に、装飾音の挿入位置が独特である。トリルや前打音は旋律の山ではなく谷に置かれ、しかもやを連想させる不規則なリズムで処理されるため、楽譜上は上品だが、演奏後の感想はたいてい混乱を含む。
第三に、弱音の管理が過剰である。名演奏家とされるは、これを「聴こえるか聴こえないかの間にある、最も贅沢な領域」と定義したが、同時に『録音機器の方が先に感情移入する』とも述べている。
受容と流行[編集]
批評家の評価[編集]
の音楽批評では、エキゾチックメゾピアノはしばしば「異国趣味に見せかけた禁欲主義」と評された。とくに評論家は、の連載で『これはピアノ版の香水である。つけすぎると鼻が痛い』と書き、読者投稿欄を三週にわたって沸かせた。
一方で、若い作曲家たちはこの様式を映画音楽やCMに転用し、にはの社内試写で「化粧品なのに夜食のようだ」と高評価を受けたという。これにより、エキゾチックメゾピアノは純音楽から商業音楽へと静かに浸透した。
一般への広がり[編集]
一般層への定着は、のFM番組とカセットテープ文化によって進んだ。特にの中古レコード店では「エキゾチック・メゾ」コーナーが自然発生的に作られ、店主が類似ジャンルのラベルを手書きした結果、と混同される事例が多発した。
には、の港湾倉庫で行われた即興演奏会が「静かすぎるのに派手」という理由で新聞各紙に取り上げられ、来場者1,143人のうち約3割が途中で目を閉じたまま拍手したと報じられている。
論争[編集]
最大の論争は、この概念が本当に音楽様式なのか、それとも録音技師の冗談が学術用語化しただけなのか、という点にある。の資料室に残る草稿では、エキゾチックメゾピアノは「演奏者の解釈よりミキサーの気分に依存する」と記されており、学界では今なお定義が揺れている。
また、の国際現代音楽会議では、の研究者が「異国性を借りた弱音美学は文化的な仮面である」と批判したのに対し、磯村礼一郎は「仮面であるなら、なおさら音は美しい」と応酬した。この応酬は議事録第12号の脚注にのみ残り、本文には採録されなかった[6]。
社会的影響[編集]
社会的には、深夜放送、喫茶店文化、映画館の予告編音楽に大きな影響を与えたとされる。とりわけ末のでは、喫茶店が競って「メゾピアノ席」を設置し、客が小声で会話する代わりにレモンティーの注文だけがやけに明瞭に聞こえる、という現象が報告された。
教育面でも影響は小さくない。の1979年度カリキュラムには、試験的に「半音で異国感を出す方法」という講義が1学期間だけ設けられ、受講者42名のうち8名が単位を取得した。残りの受講者は、課題提出時に楽譜ではなく旅行パンフレットを持参したという。
なお、の一部職員のあいだでは、梅雨時に湿度が高い日のことを「エキゾチックメゾピアノ的」と呼ぶ慣習があったとする証言もあるが、一次資料は見つかっていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ヴェレント, マルクス『エキゾチック・ダンパー試作記録』ベルリン自由音楽研究所報, Vol. 4, pp. 11-39, 1969.
- ^ 磯村礼一郎「弱音における異国性の生成」『録音芸術年報』第12巻第2号, pp. 44-58, 1971.
- ^ 森下久子『夜の喫茶店と中音域の美学』中央音響出版社, 1974.
- ^ 北川慶一「静かな音楽はなぜ旅をするのか」『朝日音楽評論』第88号, pp. 3-9, 1976.
- ^ Hermann Stolz, “The Masked Mezzo: Notes on Exotic Pianism,” Journal of European Sound Studies, Vol. 7, No. 1, pp. 101-128, 1989.
- ^ Valentina Krais『The Softest Foreignness』Wiener Music Press, 1981.
- ^ 磯村礼一郎・編『夜行列車のための静かな手紙 作品解説集』東和映画資料室, 1973.
- ^ 渡辺精一郎「深夜放送における準無音ピアノの聴取実験」『日本放送学会誌』第23巻第4号, pp. 201-219, 1978.
- ^ Otto Riedel, “Über ein mittleres Schweigen,” Archiv für Akustische Kultur, Vol. 2, pp. 55-63, 1901.
- ^ 東京藝術大学資料室編『国際現代音楽会議 議事録抄 第12号』学内限定複製版, 1990.
外部リンク
- ベルリン自由音楽研究所アーカイブ
- 東京深夜音響史資料館
- 中音域美学協会
- 静かな旅行音楽データベース
- 国際メゾピアノ研究ネットワーク