オホ声の響く街
| 分類 | 音響民俗学・都市景観 |
|---|---|
| 発祥 | 東京都湾岸部とされる |
| 初出 | 1978年頃 |
| 主な研究機関 | 都立音響文化研究会、臨海区画整理委員会 |
| 代表的構造 | 高架橋、細路地、換気塔、倉庫街 |
| 関連法令 | 都市残響景観保全要綱 |
| 通称 | オホ街 |
| 現況 | 観光化と規制の併存 |
オホ声の響く街(オホごえのひびくまち)は、都市の路地や高架下において特定の残響条件が生むおよび、それを意図的に活用した地域景観の総称である。主に後期の臨海部で語られるようになった[1]。
概要[編集]
オホ声の響く街とは、都市空間の反響特性によって、短い呼気音や高めの発声が不自然に増幅される地区を指す俗称である。一般には夜間の、、および壁面が並行に近い細路地で観測されるとされる。
この現象は、単なる音の反射ではなく、地域の商店街文化、深夜の交通量、そして看板の材質まで含めた複合的な「街の鳴き方」として扱われてきた。なお、学術的にはの一分野に位置づけられるが、実地調査の多くは観光パンフレット経由で拡散したため、初期の記録はやや信頼性に欠ける[2]。
成立史[編集]
戦後復興期の前史[編集]
起源はの・沿岸部にまで遡るとされる。当時、木造家屋の密集した裏通りで、配達員や市場の呼び込みが発した声が妙に伸びることがあり、住民はこれを「返り声」と呼んだ。
にの渡辺精一郎が簡易測定を行い、ごとに配置されたトタン壁が特定の周波数帯を強調することを報告した。もっとも、この報告書は後年になってから、別の論文の余白に鉛筆で書き足された形で見つかったため、真正性をめぐって議論が続いている。
昭和末期の流行化[編集]
、が再開発対象地区の景観評価に「発声残響」という項目を追加したことで、現象は一気に注目された。同年、地元ラジオ番組『湾岸ナイトスコープ』で、ナレーターの三好玲子が「オホ、と息を漏らしただけで路地が返事をする」と表現し、これが『オホ声』の語源になったとされる[3]。
翌には、が宿泊客向けに「響きの良い街区マップ」を配布し、赤坂見附の広告代理店がこれを若者向けの都市体験商品として再包装した。結果として、工場地帯の一角であるにもかかわらず、週末だけ妙にロマンチックな観光地として扱われるようになった。
制度化と保全運動[編集]
、の下部研究会が「街区音響資産」という概念を提案し、オホ声の響く街は単なる噂ではなく、保全対象の景観現象とみなされ始めた。これにより、はに『都市残響景観保全要綱』を試行し、壁面の角度、街灯の高さ、排気口の位置まで細かく指導することになった。
一方で、住民からは「観光客がわざと小さく咳払いをして反響を確認する」「深夜にスプーンを落として録音する」といった迷惑行為が増えたとの指摘があり、保全運動は音響環境の保護と生活の平穏の両立を迫られた。なお、当時の会議録には、委員の一人が『街が返事をしすぎる』と述べた箇所があるが、これは比喩か事実か判然としない。
空間特性[編集]
地形と構造[編集]
オホ声の響く街に共通するのは、幅の細路地、片側が波板、もう片側が塗装コンクリートという非対称な断面、そして上部を通る系の高架であるとされる。特に、高架の伸縮継ぎ目から発生する低い金属音が、短い呼気音と干渉し、声が「一拍遅れて艶を帯びる」状態を生むという。
研究班の測定では、前後の環境騒音下で最も「オホ感」が強くなる傾向が示された。もっとも、その評価尺度は研究者ごとに差が大きく、ある調査では「アイドル歌唱の感想と区別不能」とまで書かれている。
時間帯による変化[編集]
現象は日中よりも日没後に顕著で、特にからの間にピークを迎えるとされる。これは、バスの最終便、飲食店の換気、路上の自販機のコンプレッサーが重なり、都市の呼吸がいったん揃うためだという。
また、梅雨入り直後の湿度前後では反響が軟らかくなり、逆に冬の乾燥時には「乾いたオホ」として知られる鋭い反射が出やすい。地元の古参案内人の間では、これを「街が咳をしている」と表現することがある。
聴取者の反応[編集]
オホ声の響く街は、初訪問者に対し奇妙に親密な印象を与えるとされる。多くの記録で、観光客は最初に笑い、次に無言になり、最後に録音アプリを起動するという三段階の反応を示す。
の聞き取り調査では、来街者のが「道に迷ったのに、なぜか自分が歓迎されている気がした」と回答した。これに対し地元の商店主は「歓迎しているのではなく、ただ壁が薄いだけである」と冷静に述べている。
文化[編集]
この街をめぐっては、風の店舗、看板の点滅、古い自動ドアの開閉音まで含めて一つの演出とみなす独特の文化が形成された。とりわけ、地元のカラオケ喫茶では、客が高音で「オホ」と発声すると店内の換気扇が共鳴し、マスターがそれを「今夜は街が調子いい」と評価する習慣がある。
には、地域振興イベント『オホフェス』が初開催され、の仮設ステージで、建築音響家と演歌歌手が同じ舞台に立った。ポスターには「聴く街から、鳴る街へ」と書かれたが、来場者の半数以上は露店の焼きそばの音の方に注目していたとされる。
一方で、若年層のあいだでは「オホ声映え」なる撮影文化が生まれ、わざと反響の強い路地で短い笑い声を撮る行為が流行した。これに対し、古くからの住民は「街をネタにしすぎると、雨の日に本当に返事をする」と警告している。
社会的影響[編集]
観光産業への波及[編集]
以降、オホ声の響く街は都内の体験型観光の目玉として売り出され、年間来訪者数はの間で推移したとされる。観光協会は、街歩き、録音、夜食、帰りのタクシーまでを含む「三十分完結コース」を設計し、外国人向けには『Echo & Oho Tour』という英語名まで用意した。
ただし、人気が出るにつれて、住民の生活音まで鑑賞対象として消費される問題が表面化した。とくに、洗濯物を取り込む際の竿の軋みが「風情」とされてしまう件については、町内会が強く抗議している。
行政と規制[編集]
は、特定街区において拡声器の使用を制限する一方、意図的に生じる残響を保存対象に指定するという珍しい方針を採用した。このため、街頭演説は抑制されるのに、路地裏の呼び込みだけがやけに通る、という逆説的な状況が生まれた。
さらにには、騒音計とは別に「返り声計」が導入され、反射音の質をA〜Dで判定する制度が試行された。判定会場では、委員が真剣な顔で「A判定のオホは品がある」と述べた記録が残っている。
批判と論争[編集]
批判の中心は、現象の科学性よりも、その語感に由来する過剰な消費であった。特に、のテレビ特番で「日本一オホい街」と紹介された際、地域名を伏せたまま奇矯なイメージだけが拡散し、実際の商店街の売上は伸びたものの、住民の苦情も増えたとされる[4]。
また、一部研究者は、オホ声の響く街という名称自体が後年の観光コピーであり、初期の文献には単に「反響商店街」としか書かれていなかったと主張する。ただし、その文献の所在はの旧私設図書室にあるとされるが、当該図書室はすでに喫茶店に転用されている。
主な事例[編集]
代表的な事例として最もよく引用されるのは、辰巳の埠頭近くにあった『三角屋横丁』である。ここは風向きが一定の夜にだけ声が三回返るとされ、常連客は「一回目は自分、二回目は街、三回目は遠くの倉庫」と説明していた。
また、の旧運河沿いにある『白灯通り』は、港湾労働者の掛け声が丸く響くことで知られ、には市の広報誌が「声の角が取れる場所」として特集した。もっとも、後日この特集を担当した記者は、単にマイクの性能が悪かっただけかもしれないと回想している。
の一部高架下も比較対象とされたが、こちらは「オホ」よりも「オッス」に近い返り方をするとされ、学界では別系統として扱うのが通例である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『臨海街区における返り声の測定』東京工業音響研究所紀要, Vol. 12, 第3号, 1959, pp. 14-29.
- ^ 三好玲子『夜の路地と発声残響』湾岸放送資料室報, Vol. 4, 第1号, 1979, pp. 2-11.
- ^ 田島恵一『都市残響景観の制度化について』都市計画学会誌, Vol. 31, 第4号, 1987, pp. 88-103.
- ^ Margaret A. Thornton, 'Echo Behavior in Narrow Urban Corridors', Journal of Civic Acoustics, Vol. 9, No. 2, 1991, pp. 45-67.
- ^ 佐伯みどり『オホ声文化圏の形成と観光導入』地域文化研究, 第18巻第2号, 2002, pp. 101-120.
- ^ Kenji Fukui, 'Sound Tourism and the Maritime Ward Model', Urban Folklore Review, Vol. 14, No. 1, 2009, pp. 5-23.
- ^ 臨海区画整理委員会編『都市残響景観保全要綱解説集』東京都資料出版, 1986, pp. 1-74.
- ^ 小林志津香『返り声計の開発と応用』国立音響博物館研究年報, Vol. 6, 第2号, 2014, pp. 33-49.
- ^ Robert H. Kline, 'The Social Life of Oho Echoes', Pacific Urban Studies, Vol. 22, No. 3, 2018, pp. 201-219.
- ^ 『日本のオホ地帯とその周辺』東京湾岸文化社, 2020, pp. 7-96.
外部リンク
- 国立音響博物館 デジタルアーカイブ
- 東京都臨海景観保存会
- 湾岸ナイトスコープ資料室
- オホ街観光連盟
- 都市残響地図プロジェクト