オマールカレー
| 種類 | 魚介系カレー(エビ・殻だし系) |
|---|---|
| 主材料 | オマールエビ、玉ねぎ、トマト、スパイス群 |
| 調理法 | 殻のロースト→ブイヨン化→ルウへ段階投入 |
| 発祥とされる地域 | (日本での流通開始地点とされる) |
| 関連文化 | フランス式ソース、船場の商人文化、喫茶の洋食 |
| 別名 | 殻だし濃厚カレー、オマール・ソースカレー |
| 歴史上の特徴 | 「香味の時間差注入」による香りの層の再現性を重視 |
| 典型的な提供形態 | ライス+半熟卵、またはバゲット併用 |
オマールカレー(おまーるかれー)は、で親しまれているとされる海産物を用いたカレーであり、の旨味がルウに移る料理として紹介されている[1]。起源はフランス料理の高級ソース技法にあると説明されることが多いが、その経緯には複数の異説がある[2]。なお、専門家の間では「カレーと呼ぶには技法が特殊すぎる」との指摘も存在する[3]。
概要[編集]
オマールカレーは、の殻と頭を高温でローストしてから抽出した旨味(とされるもの)を、ルウへ段階的に合わせていくカレーとして知られている[1]。完成品は「甘味と香ばしさが先に立ち、後からスパイスが追いかけてくる」味の設計だとされる。
ただし、料理名の由来については「“オマール(海の龍)”という語感が、当時の高級喫茶に必要だったからだ」とする説もある[2]。一方で、同一名称が異なる店で別々の作り方として定着したため、実質的には複数の系統が同名で呼ばれていると見なす研究者もいる[3]。このような事情から、オマールカレーは単なる海老カレーではなく、調理工程の設計思想も含めて語られることが多い。
歴史[編集]
船場と「時間差注入」の発明[編集]
オマールカレーが日本で「料理」として扱われるようになったのは、末期から初期にかけての大阪の洋食界隈だとされる。特にの問屋街(いわゆる船場)では、輸入香辛料のロスを抑えるため、ルウの香りを“時間差で逃がさない”工夫が競われたとされる[4]。
その中心人物として名前が挙がるのが、船場の仕入れ担当でもあったとされるである。渡辺は、スパイスを一度に投入すると香りが均一化して「競争に勝てない」と考え、(1)殻だしブイヨン→(2)玉ねぎの炒め飴→(3)トマトの濃縮→(4)最終香味、の順に“分速”で入れる工程書を作ったと伝わる[5]。当時の手順書には「香味投入から2分12秒のうちに攪拌を止める」など、やけに具体的な秒数が記されていたとされ、現在では真偽が問われている。
また、なぜオマールなのかについては、当時の輸入品で「頭の灰分が少なく、殻のロースト香が立ちやすい銘柄」がオマールだったからだという説明がある[6]。さらに一部では、港湾の検品官が“オマールという名の箱”を見てしまい、誤って店のメニューに載せたのが広まった、という逸話もある[7]。
フランス式ソース技法との接続[編集]
オマールカレーは、フランス料理におけるソース技法(とされるもの)をカレーへ移植した結果だと語られることが多い。具体的には、殻を焼いた後に小さな鍋で煮詰め、旨味を“粒子レベルで”均す工程が転用されたとされる[8]。この説を支持する文献では、鍋の直径が「18センチであるべき」といった園芸手帳のような条件まで引用される。
という架空の料理記者(当時の雑誌で連載を持っていたとされる)が、大阪の試作店を訪れた際に「これはカレーではなくソースの作り方である」と書いたため、店側が“カレーとして客を納得させる言い換え”を行った、という筋書きもある[9]。その結果、メニュー名には「オマール(上品さ)」と「カレー(日本語の親しみ)」を同居させる形式が採用されたとされる。
ただし批判的な立場では、実際には本格的なソース製法を再現できなかった店が多く、見た目の“赤茶の光沢”だけを再現した簡易版が先に普及したのではないかとも指摘されている[10]。このため、現在のオマールカレーもまた「店ごとに再定義される料理」として扱われることがある。
喫茶文化と社会的な波及[編集]
オマールカレーが社会へ与えた影響として、まず挙げられるのが「海老の殻を“資源”として扱う」食文化への寄与である[11]。当時の喫茶店では、テーブル上の小鉢で提供されるスープに殻だしの残香が含まれており、客は「飲み物としても完結している」と感じたとされる。
さらに、食の嗜好が高級化する流れの中で、オマールカレーは“贅沢の手触り”を分かりやすくする象徴になった。伝聞では、ある喫茶チェーン(店名は後述の自治体報告書にのみ登場する)が、オマールカレーを提供する曜日を「木曜(全体売上の13.4%がそこに寄る)」と設定した結果、常連の来店動機が強化されたとされる[12]。ただし数字の出典は不明で、当時の帳簿が現存しないため、学会では“都市伝説寄り”の扱いとなっている。
一方で、オマールカレーが人気になったことで、殻だし用のエビ資源の確保競争が起きたとされる。これに対してが「殻のロス削減は推奨するが、過度な買い占めは避けるべき」という通達を出した、とする資料もある[13]。この通達の文面が後に“呪文”として店主の間で引用され、独自の作法(殻のロースト温度を何度にするか)に影響したとする説も見られる。
製法と特徴[編集]
オマールカレーの基本工程は、殻のロースト→ブイヨン化→玉ねぎの飴色炒め→濃縮トマトの合わせ→スパイスの時間差投入、という流れに整理されることが多い[14]。特に時間差投入は、香りの立ち上がりを“2段階に分ける”試みと説明される。
ある調理講習の資料では、殻だしブイヨンの煮詰め量が「240ミリリットルから72ミリリットルへ」とされ、さらにローストは「7分目を見て止める」といった曖昧さと厳密さが同居している[15]。この手順は一部の店で“口伝”として残り、レシピサイトでは再現の難しさが語られている。
また、完成時の色味は「赤茶の光沢」が評価されるとされ、光沢には油分だけでなく、殻由来の微粒子が乳化した結果だと説明される[16]。そのため、脱脂をしすぎると“オマールらしさ”が消えるとされ、鍋の回し方にも癖があるとされる。
批判と論争[編集]
オマールカレーには、味の評価をめぐる論争が存在する。最大の争点は、「本当にオマールの旨味が核なのか、それとも香辛料の配合と見た目の演出が中心なのか」という点である[17]。
調理学の議論では、殻だし工程が過度に強調される一方、実際の客の満足は“後味の甘さ”に左右される可能性があるとされる[18]。ただしこの後味が、どの工程由来かについては、店ごとの微差が大きく、共通指標が定められていない。
さらに、名称の妥当性も争われる。すなわち、フランス式ソースとの類似性が強い場合でも「カレー」と呼ぶことで嗜好のハードルを下げているだけではないか、という指摘がある[19]。一部の食評論家は、オマールカレーは“カレーの皮をかぶったソース”であると断じ、逆に別の評論家は“カレーとして食べる幸福”が目的なのだから細部にこだわるべきではないと反論したとされる[20]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『船場洋食の分速レシピ』大阪船場調理史研究会, 1932年.
- ^ フランソワ・ルロワ『香りの時間差——ソースが語るカレー』Librairie de Goût, 1938年.
- ^ 中村和三『海産物旨味の抽出操作と乳化』食品調製学会誌, 第12巻第4号, pp. 51-66, 1959年.
- ^ Katarina V. Haldane『Aroma Staging in Curry Sauces: Two-Phase Models』Journal of Culinary Kinetics, Vol. 8, No. 2, pp. 101-129, 1974.
- ^ 【農林水産省】 動物性食品資源管理室『殻の再利用に関する行政指針(試案)』官報別冊, 第3号, pp. 12-19, 昭和53年.
- ^ 山口順平『赤茶光沢の科学と再現性』日本香味計測学会, 第7巻第1号, pp. 3-18, 1981年.
- ^ Catherine L. Moreau『Shell Roasting and Flavor Persistence』International Journal of Seafood Cooking, Vol. 22, No. 3, pp. 220-245, 1999.
- ^ 佐藤めぐり『喫茶文化における高級メニューの受容』関西飲食社会学研究, 第5巻第2号, pp. 77-93, 2008年.
- ^ オマールカレー協会『オマール・ソースカレー規格書(草案)』食品規格資料集, 2012年.
- ^ 山本大地『分速注入は本当に必要か:実測と再解釈』調理史研究, 第18巻第6号, pp. 300-318, 2020年.
外部リンク
- 船場カレーアーカイブ
- 時間差注入資料館
- 赤茶光沢研究会
- 殻だしレシピ実験室
- オマール・ソースカレー愛好会