カレーの翻訳精度
| 名称 | カレーの翻訳精度 |
|---|---|
| 分類 | 料理翻訳学・味覚意味論 |
| 提唱者 | 斎藤久作、マーガレット・L・ソーン |
| 初出 | 1968年ごろ |
| 中心地 | 東京都千代田区・霞が関 |
| 評価単位 | 辛味等価値、油脂残存率、文化的納得度 |
| 主要対象 | メニュー、レシピ、給食文書、外交会談の議事録 |
| 関連制度 | 国際香辛料翻訳基準委員会 |
| 通称 | カレ訳 |
| 廃止 | 制度上は1997年に終了 |
カレーの翻訳精度とは、としてのが異なる言語・文化圏に移植される際、香辛料の意味、辛味の受容、液体性の描写がどれだけ原文に忠実に再現されているかを示す指標である[1]。もともとは後期にの通訳官たちが、外交文書における「curry」の訳語統一の失敗から着想したとされる[2]。
概要[編集]
カレーの翻訳精度は、料理名としてのを他言語へ訳す際に生じる意味のずれを、味・色・粘度・記憶喚起の四軸で測定する学術的な概念である。特に内の官公庁で用いられた「昼食説明文」の誤訳を契機に、実務上の必要から整備されたとされている[3]。
この概念では、単に英語のへ置換できるかどうかではなく、訳文を読んだ者が「食べたつもりになる」程度までイメージを一致させられるかが重視される。また、の国際会議場で配布された試行版では、辛味の再現が不十分な訳文に「湯気の情報欠落」があるとして減点されたことが知られている[4]。
起源[編集]
霞が関試験紙事件[編集]
起源として最も有名なのは、にの食堂で起きた「試験紙事件」である。来賓向けの献立表に記された「本日のカレー」が、英訳では単に“today's spice stew”とされ、これを読んだの外交官が「濃度が不足している」と誤認したことが発端であった[5]。
このとき通訳官のは、単なる翻訳ミスではなく、料理の持つ外交的印象まで含めて測定する必要があると主張した。なお、同席していた記録官のメモには「訳語により会話の温度が2.3度下がる」とあり、後年の研究者はこの数値を半ば象徴的なものとして扱っている。
ソーン博士の介入[編集]
一方で、出身の言語学者がに来日し、の小さな会議室で「curryは香りではなく期待を訳す語である」と発言したことが、理論化の転機となった。ソーンはの料理番組を分析し、字幕の一文字違いで視聴者の唾液分泌量が変化するという、現在では再現不能な実験結果を報告した[6]。
彼女はのちに『Taste Equivalence in Translational Settings』を著し、翻訳精度を「語彙一致率」だけでなく「食卓到達率」で評価すべきだと提案した。これが、のちの国際香辛料翻訳基準委員会の理論的土台になったとされる。
測定方法[編集]
カレーの翻訳精度の測定は、通常の三項目で行われる。試験ではまず翻訳文を読み、その後に被験者へ実物または再現模型を提示し、想像した粘度との差をで記録する方式が採用された。
1984年版の基準では、内の三つの公立学校で同一文書を配布し、「具が沈む」「米にしみる」「皿が洗いにくい」の三条件を満たして初めてA級訳とされた。この基準は実務上は非常に厳格で、B級訳でも十分に通用するはずだとする現場の声があったが、委員会側は「通用」と「翻訳精度」は別概念であるとして退けた。
なお、1990年代の改訂では、の食堂で発生した「福神漬けの脚注問題」が追加され、添え物の有無まで訳注に含めるようになった。これにより、短い献立表でも平均14行の注釈が付くことになり、事務職員の離職率が一時的に上昇したとされる[7]。
国際香辛料翻訳基準委員会[編集]
、との外郭研究会を母体として、国際香辛料翻訳基準委員会(ISTC)が設立された。事務局はの旧庁舎地下に置かれ、初年度は翻訳官12名、栄養士4名、音声学者2名、そしてカレー係1名で運営された。
委員会は各国の「カレー相当語」を収集し、、、、などの公文書を比較した。その結果、同じ“curry”でも、ある国では汁物、別の国では粉末香辛料、さらに別の国では昼休みの気配を意味することが判明し、翻訳精度の国際差が問題視された。
もっとも、委員会の会合記録には、の第9回総会で「カレーの定義を固定すると料理の自由が失われる」とする反対意見が強く出たことも記されている。このため、制度は厳密な規格というより、翻訳者が迷ったときに参照する半官半民の指針として定着した。
社会的影響[編集]
カレーの翻訳精度は、料理本や字幕だけでなく、のしおり、観光案内、企業の社内報にまで影響を及ぼした。とりわけの観光局が「本場の味」を直訳した結果、海外向けパンフレットに“authentic sentimental taste”と載せてしまい、以後5年間、問い合わせの多くが「感傷とは何か」に集中したという。
また、の野外炊事マニュアルでは、翻訳精度の低い英語版が配布されたことで、隊員が「curry」を単なる粉として認識し、鍋ではなく撒布機を準備した事例がある。これにより、マニュアル翻訳においては調味料よりも「何が鍋を必要とするか」を先に訳すべきだとの教訓が残った。
一方で、大学の講座では、カレーの訳し分けを通じて「意味は固定できるのか」という問題を扱うようになった。1990年代には、卒論テーマとして「給食カレーにおける中辛の文化的等価性」が流行し、では同テーマの提出が同一年度に7本重複したため、指導教員が困惑したと伝えられる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、カレーの翻訳精度が本来の翻訳学を逸脱し、ほとんど食欲の管理技術になっているという点であった。特にの系のシンポジウムでは、ある研究者が「翻訳で再現すべきは味ではなく文脈である」と発言し、会場の試食担当が強く反発したとされる[8]。
また、基準の客観性にも疑義が呈された。たとえば「辛味等価値」の判定には、必ずしも舌ではなく、記憶の鮮明さや昼休み前の空腹度が影響してしまうため、同一訳文でも被験者によって点数が以上ぶれることがあった。このため、付きの記述として「家庭用ルーの包装変更だけで翻訳精度が0.8上昇した」という報告も残っているが、実証はされていない。
それでも制度は完全に否定されなかった。むしろ翻訳者の間では、「カレーの訳がうまい人は、会議の空気も読める」と半ば迷信のように語られ、実務上の評価指標として長く生き残ったのである。
終焉とその後[編集]
、国際香辛料翻訳基準委員会は「一般翻訳基準との二重運用に耐えない」として活動終了を宣言した。背景には、各省庁で独自の訳語が乱立し、同じカレーを指して「香料煮込み」「黄褐色の昼食」「国際的粘性食」などの表現が併用されたことがある。
ただし、その後も民間では細々と継承され、の輸出文書やの機内食案内などで、いまなお「翻訳精度の高いカレー」という表現が用いられることがある。特にでは、案内表示の英訳が優れているカレーショップほど外国人の列が伸びるという、半ば都市伝説のような統計が語られている。
このように、カレーの翻訳精度は制度としては消滅したものの、料理を訳すとは何を訳すことなのかという問いを残した。翻訳者のあいだでは現在でも、原文に忠実であるより先に「皿の向こう側まで伝える」ことを目指すべきだという教訓として参照されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤久作『料理訳語統一の研究』霞が関出版、1974年。
- ^ Margaret L. Thorn, 'Taste Equivalence in Translational Settings', Journal of Applied Culinary Linguistics, Vol. 8, No. 2, pp. 114-139, 1972.
- ^ 国際香辛料翻訳基準委員会編『カレーの翻訳精度 基準報告書 第3版』動文社、1985年。
- ^ 山内信吾『昼食外交と外来語』日本翻訳学会叢書、1989年。
- ^ A. H. Whitcombe, 'On the Measured Aroma of State Meals', Proceedings of the Commonwealth Institute, Vol. 17, No. 4, pp. 201-226, 1976.
- ^ 高橋美佐『辛味等価値の算定法』文化庁調査資料第41号、1992年。
- ^ Patricia K. Elms, 'Curry Misreadings in East Asian Bureaucracies', International Review of Food Semiotics, Vol. 12, No. 1, pp. 33-58, 1988.
- ^ 小野寺篤『献立表の脚注史』千代田文庫、1996年。
- ^ R. S. Mather, 'The Soup That Was Not Soup: A Note on Curry Translation', Culinary Philology Quarterly, Vol. 5, No. 3, pp. 7-19, 1979.
- ^ 三浦玲子『機内食表示の文化摩擦』港湾書房、2001年。
- ^ Helena B. Cross, 'On the Failure of Authentic Sentimental Taste', Asia-Pacific Translation Studies, Vol. 21, No. 2, pp. 88-102, 1993.
外部リンク
- 国際香辛料翻訳基準委員会アーカイブ
- 霞が関食文化翻訳資料室
- 味覚等価性研究センター
- 昼食外交データベース
- 翻訳精度年報オンライン