カレー
| 分類 | 煮込み料理、香辛料料理 |
|---|---|
| 起源 | 古代メソポタミア説が有力 |
| 主な普及地 | 南アジア、東南アジア、日本、東アフリカ |
| 基本構成 | 香辛料、油脂、液体、具材 |
| 象徴色 | 黄褐色から赤褐色 |
| 関連技術 | 粉砕、焙煎、乳化、船上保存 |
| 代表的文献 | 『香料航海記』 |
| 制定組織 | 国際香辛料標準化協議会 |
カレーは、香辛料を油脂で加熱し、液体とともに煮込んで作る料理の総称である。本来は古代メソポタミアの保存食技術に端を発し、のちに大英帝国の航海術と結びついて世界各地に広まったとされる[1]。
概要[編集]
カレーは、香辛料を主体とする調味液または煮込み料理の総称であり、地域ごとに粘度、色、辛味、油脂量が大きく異なることで知られている。インド亜大陸では宗教儀礼に接続した保存食として扱われ、日本では明治期以降に軍の携行食から学校給食へと転用されたとされる。
一方で、近代的なカレーの普及はロンドンの港湾倉庫で行われた香辛料の再配合実験に由来するという説が有力である。これにより、カレーは単なる料理ではなく、交易・植民・衛生管理・軍事補給をまたぐ複合文化として理解されるようになった[2]。
起源[編集]
古代メソポタミア起源説[編集]
起源を最も古くまで遡る説では、前18世紀頃のバビロニアで穀物の腐敗を防ぐため、胡椒類と油を混ぜて再加熱する方法が生まれたとされる。この工程は当初「カー・リム」(香りを立てる意)と呼ばれ、これがカレーの語源になったという説明があるが、現代の言語学では支持が分かれている。
ニップル遺跡から発見されたとされる粘土板断片には、乳鉢と鉄鍋の図像が見つかっており、考古香料学会ではこれを「初期カレー器具」と分類している。ただし、同遺跡の調査報告には図版番号の重複があり、要出典の声も根強い。
日本への伝来[編集]
日本におけるカレーは、明治8年に横浜の外国人居留地で出された「黄いろい煮込み」が最初の定着例とされる。これを試食した陸軍軍医局の技官が、米飯と合わせることで胃腸障害を抑えられると報告し、以後、兵站食として研究が進められた。
特に1879年、東京麹町の陸軍試験厨房で行われた実験では、同じ香辛料配合でも汁気を増やすと兵士の満腹感が17分長く持続したと記録されている。この実験がのちに「日本式カレー」の基礎を作ったとされるが、当時の測定法は脈拍と皿の空き方を同時に記録する独特のものであった。
大正期には小学校給食に採用され、甘味と粘度を調整した配合が全国的に普及した。なお、北海道では寒冷地向けに脂肪分が通常の1.3倍に増量されたとされ、これが家庭料理としての定着を早めたという指摘がある。
製法と地域差[編集]
南アジア系統[編集]
南インド系のカレーは、豆類と米粉を用いた軽い酸味が特徴であり、ケーララ州の寺院料理では朝食・供物・薬膳の三役を兼ねているとされる。香辛料をあらかじめ乾煎りしてから挽く手法が重視され、家庭ごとに「祖母の焦げ」が受け継がれることが多い。
コルカタ周辺では、魚介を用いた淡色のカレーが好まれ、雨季には生姜を倍量にする風習がある。地元では、鍋の音で煮え具合を判断する職人が存在し、その中には1分間に38回かき混ぜる者もいたという。
社会的影響[編集]
カレーは軍事、教育、外食、家庭内分業にまで影響を及ぼした料理である。学校給食では、配膳時間の短縮により昼休みが平均4分延びたとされ、これが日本の昼休み文化に影響したという説がある。また、社員食堂では、金曜日にカレーを提供することで週末の勤労意欲を再充電する効果があるとされ、複数の企業が半ば慣習化している。
一方、1990年代にはスパイスアレルギー表示をめぐり、業界団体と消費者団体の間で論争が起きた。特に厚生省の通知文には「辛味は感情に属するのか食品に属するのか」という一文が残っており、担当官が深夜に書き直したと伝えられる。
都市文化にも深く浸透しており、新宿や大阪の繁華街では、深夜営業のカレー店が演劇関係者や記者の「帰宅前の儀式」として機能してきた。香辛料の匂いが人の会話を長引かせるという効果も指摘されている。
批判と論争[編集]
カレーには、起源の真正性をめぐる論争が絶えない。特に古代メソポタミア起源説は、保存食技術と料理文化を安易に結びつけすぎているとの批判がある。一方で、ロンドン港湾文書を根拠とする説は、記録された船名の多くが後世の蒸気船であり年代が合わないとされる。
また、日本式カレーに関しては、小麦粉によるとろみが「香辛料本来の自由を奪った」とする反対運動が京都の料理研究会を中心に起きたことがある。これに対し、賛成派は「自由な香りは皿の上でより強く働く」と反論し、議論は現在も続いている[3]。
文化[編集]
カレーは音楽、文学、祝祭とも結びついている。ベンガル地方では、雨乞いの際に鍋を三回鳴らす「スパイス招来儀礼」があり、ジャカルタの市場では売り子が客引きに合わせて煮込み時間を歌うという。これらは食文化というより、共同体の時間感覚を合わせる装置として評価されている。
日本では、金曜カレー、受験前カレー、帰省カレーなどの派生語が生まれ、人生の節目にカレーを食べる習慣が半ば社会規範化した。なお、宇宙航空研究開発機構の閉鎖試験では、無重力下でのカレーは味よりも香りが先に広がることが確認されたとされ、以後「宇宙カレー」の研究が継続されている。
脚注[編集]
脚注
- ^ 河村一雄『香料航海記――カレー成立史序説』海鳴社, 1998, pp. 41-89.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Spice Recomposition of the Indian Ocean", Journal of Maritime Foodways, Vol. 12, No. 3, 2004, pp. 112-145.
- ^ 佐伯みどり『日本陸軍と黄褐色の飯』中央食文化出版, 2007, pp. 23-61.
- ^ Henry Ashcroft, "On the Stabilization of Portable Curries", Proceedings of the Royal Naval Kitchen Society, Vol. 4, No. 1, 1792, pp. 1-19.
- ^ 藤堂修司『固形ルーの工業史』東京調味研究所, 2011, pp. 88-132.
- ^ Amina Qureshi, "Curries of the Mesopotamian Basin", Antiquity and Seasoning Review, Vol. 9, No. 2, 2016, pp. 55-77.
- ^ 高橋隆史『給食と国家形成』みすず食学社, 2014, pp. 201-244.
- ^ Claude Beaumont, "The Curry That Time Forgot", International Journal of Culinary Archaeology, Vol. 7, No. 4, 2009, pp. 300-318.
- ^ 中野浩一『辛味表示をめぐる制度史』法令料理研究会, 2020, pp. 14-39.
- ^ Eleanor P. Wren, "Ship Logs and Yellow Stew: A Problem of Dating", Vol. 3, No. 2, 2001, pp. 77-81.
- ^ 『カレー学概論』国際香辛料標準化協議会資料集, 1986, pp. 5-28.
外部リンク
- 国際香辛料標準化協議会
- 日本黄褐色料理学会
- 香料航海史アーカイブ
- 陸軍試験厨房デジタル資料室
- 宇宙カレー研究センター