カードの消極性
| 分野 | 行動心理学、金融民俗学、制度設計 |
|---|---|
| 提唱時期 | 1958年ごろ |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、E・H・マクスウェルら |
| 主な舞台 | 東京都、神奈川県横浜市、ロンドン |
| 関連機関 | 日本消極性研究会、国際カード挙動学会 |
| 代表的指標 | 消極係数、遅延応答率、返納忘却率 |
| 通称 | カードの寝ぐせ |
| 影響 | 磁気式会員証、回数券、名刺交換文化 |
カードの消極性(カードのしょうきょくせい、英: Card Passivity)は、が提示・配布・召喚された際に、所有者や周囲の意思決定をわずかに鈍らせるとされる現象である。中葉の内の研究会で定義されたとされ、との境界領域に属する概念として知られている[1]。
概要[編集]
カードの消極性とは、やが人間の判断に対して示すとされる「静かな抵抗」の総称である。具体的には、カードを見せられた者が、支払い・登録・本人確認・会員更新といった行為を必要以上に先送りにしやすくなる現象を指す[2]。
この概念は、表向きにはの支払い摩擦研究と接続されるが、実際には30年代の都内喫茶店で頻発した「会員証を出した瞬間に注文が遅くなる」事例の観察から生まれたとされる。なお、初期論文では「カードは人の手に乗ると一時的に意思を軽くする」と表現されており、今日の定義とはやや異なる[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
最初の体系的な記述は、に神田錦町で開かれた私設勉強会「第4回消極事象懇話会」の配布資料に見えるとされる。中心人物はで、当時の外郭研究者であった彼は、百貨店のポイントカードを受け取った客が購入を取りやめる確率を、通常時の1.37倍にまで引き上げると報告した[4]。
一方で、ロンドンのが同時期にまとめた『On the Gentle Refusal of Cards』は、カードそのものに「拒否ではなく保留を促す気配」が宿ると記しており、これが後年の「消極性」概念の宗教的側面を強めたとされる。もっとも、当時の資料の一部はの倉庫火災で失われており、現存版は複写に依存する部分が多い[5]。
制度化[編集]
の前後になると、カードの消極性は公共政策の問題として扱われるようになった。とくにの委託を受けた調査では、乗車券型カードが駅の券売機前で「列を生む」ことが指摘され、これを抑制するために角丸加工と青系インキの採用が進められたという[6]。
この頃、の私鉄各社が導入した「半透明定期券」は消極係数を0.12下げたとされるが、同時に利用者が改札前で券面を長く眺める傾向も報告された。研究者のあいだでは、これを「観賞型消極性」と呼ぶべきかが議論になり、2年にわたって会議が紛糾したという記録が残る。
拡大と転用[編集]
に入ると、クレジット機能の普及とともにカードの消極性は消費行動研究へ移った。とりわけの商業施設で実施された「金曜日だけ赤いカードを配る実験」では、配布翌週の返品率が18.4%上昇し、店側は「カードが客を物思いに沈ませる」と結論づけた[7]。
その後、交換の文脈にも転用され、名刺の角を1ミリだけ削ると会議の開始が平均7分遅れるという、極めて有名な報告がある。ただし、これはとされることも多く、実際には会場の空調不良が主因であった可能性も指摘されている。
理論[編集]
カードの消極性は、一般に「視覚的静圧」「手触り遅延」「返納躊躇」の3要素からなると説明される。視覚的静圧とは、カードの小さな面積が意思決定を過小評価させる作用であり、手触り遅延とは、指先がカードの縁に触れた瞬間に起こる微小な逡巡である[8]。
また、研究者の一部は、カードの色相と消極性の間にがあると考え、特に灰青色と深緑色が「沈黙を誘発する」とした。の実験施設では、同じ文面の案内カードを6色で提示したところ、緑系のカードだけ申込書の持ち帰り率が41%に達したという。なお、この結果は当時の照明条件による可能性があり、再現実験は必ずしも一致しなかった。
社会的影響[編集]
カードの消極性は、の会員制度文化に小さくない影響を与えたとされる。たとえば、の外商部門では、カード発行のたびに説明員を1名増員し、カードを渡す前に温かいお茶を出す運用が採用された。これは「消極性の緩和」というより、客の沈黙を会話で埋める対策であった。
さらに、にはの福祉カードや図書館カードにも応用され、返却率を高めるために文字サイズを2ポイント上げる「小口径改善」が推奨された。ある内の図書館では、貸出カードを薄紫に変更しただけで延滞件数が月平均83件減ったとされるが、同時期に利用者数も増えていたため、因果関係は曖昧である。
一方で、カードの消極性は批判も受けた。特定の色や厚みをもつカードを「過度に従順に見せる」ことが、利用者の判断を誘導するのではないかという倫理的懸念が示され、では1987年から3年連続で特別討議が行われた。
批判と論争[編集]
最大の論争は、カードの消極性が実在する物理現象なのか、単なる運用上の比喩なのかをめぐるものであった。の実験では、同一の会員証を100回提示したところ、提示者の声量が平均で1.8デシベル下がり、これを消極性の証拠とする論文が提出された。しかし反対派は、これは研究者の緊張によるものだと退けた[9]。
また、1984年にで行われた商店街共同実験では、カードを提示した際に店主が無意識に「あ、どうぞ」と言ってしまう頻度が高まると報告されたが、後に、実験担当者が事前に店主へ丁寧語訓練を施していたことが判明し、学会は軽い混乱に陥った。以後、この種の研究では「言葉遣いの介入を除外すること」が標準手続きとなった。
代表的な測定法[編集]
測定法としては、法、法、法が知られている。消極係数法は、カード提示後に決定が保留される秒数を基準化するもので、0.00が完全即答、1.00が極度の迷走とされる[10]。
返納忘却率法は、イベント会場で配られた記念カードのうち、終了時までに返されない割合を測る方法である。1991年のでの調査では、一般的な情報カードの返納忘却率は14.6%であったのに対し、光沢紙の高級カードは28.9%に達した。研究班は「高級感が消極性を深める」と結論づけたが、実際には参加者がカードを持ち帰っていた可能性もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『カード消極性の基礎理論』日本消極性研究会, 1959年.
- ^ E. H. Maxwell, "On the Gentle Refusal of Cards," Journal of Practical Semiotics, Vol. 12, No. 3, 1960, pp. 44-71.
- ^ 佐伯友彦『会員証が人を止めるとき』みすず書房, 1968年.
- ^ Martha L. Brier, "Color Tone and Passive Response in Retail Cards," Behavioural Transactions Review, Vol. 7, Issue 2, 1974, pp. 201-229.
- ^ 国際カード挙動学会編『カード挙動学概論』青林社, 1981年.
- ^ 高橋由起子『名刺の角度と会議開始遅延』勁草書房, 1989年.
- ^ Jean-Paul Verneuil, "The Politics of Waiting Cards," Revue d'Anthropologie Administrative, Vol. 19, No. 1, 1992, pp. 9-38.
- ^ 小林誠一『返納忘却率の計量模型』中央経済社, 1996年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Administrative Softness in Plastic Media," Cambridge Papers on Social Design, Vol. 4, No. 4, 2001, pp. 115-142.
- ^ 『カードの消極性とその周辺』東京都立産業資料館紀要 第18号, 2008年, pp. 3-26.
外部リンク
- 日本消極性研究会アーカイブ
- 国際カード挙動学会
- 東京都立産業資料館
- 神田消極史資料室
- 横浜港カード文化研究センター