キチガイ入学
| 分類 | 教育制度・学生審査運用 |
|---|---|
| 主な論点 | 逸脱の測定、選抜の正当性 |
| 発祥とされる時期 | 1950年代後半(資料上) |
| 中心となった機関 | 文部省系の試験研究会、大学の入試部門 |
| 成立背景 | 受験競争の激化と心理評価の導入 |
| 広がり方 | 都市部の私立校→地方校の模倣 |
| 関連語 | 偏差値外選抜、逸脱点制度 |
(きちがいにゅうがく)は、で発生したとされる入学慣行の一種であり、当初は「学力」ではなく「逸脱耐性」を測る試験制度として説明された[1]。その後、教育現場での悪用や誤解を経て、比喩的・風刺的な語としても定着したとされる[2]。
概要[編集]
は、表向きには「異常な才能」や「学習適応の例外」を発見するための選抜運用として説明されることがあったとされる。実際の運用では、受験科目の得点ではなく、学習行動の“ブレ”を数値化する仕組み(のちに複数の大学で類似の形式が確認された)により、合否が左右されたと主張される[3]。
もっとも、この語が面白がられて広まったのは、制度の中核が「逸脱」を指標化するという点にある。結果として、制度はしばしば誤解され、当初の技術的説明(心理測定)よりも、社会的には単なる風刺句として消費されていったとされる。一方で、当時の研究会記録では、制度名そのものが複数回改変されており、「キチガイ入学」という呼称は後発のまとめ名称であった可能性が指摘されている[4]。
歴史[編集]
このようには、逸脱を測る“理屈”から始まり、運用が儀式化されることで社会の記号へ変換された過程として語られることが多い。なお、資料上は1975年に正式停止とされるが、実務上の「類似運用」が一部校で継続されたという証言があり、真偽は史料に依存するとされる[12]。ただし、それでも「語」としては残り、のちの議論では制度批判の比喩として使われるようになった。
発端:逸脱耐性スコア計画(1958年〜1962年)[編集]
物語の起点としては、内の「学習適応研究室」による小規模実験が挙げられることが多い。1958年、同研究室がの湾岸地区で実施した模擬入試では、面接時間を通常の「6分」ではなく「7分18秒」に固定し、受験生が質問を聞き返す回数、言い淀みの位置、沈黙の開始時刻を記録したとされる[5]。
そのデータは「逸脱耐性スコア(DTS)」として集計され、1960年には予備校関係者が「学力の高低より、学力が伸びる“間違い方”のほうが重要だ」と講演したと報じられた。なお、このDTSは理論上、IQと相関を持たない設計だったとされるが、なぜか試験の集計表では相関係数が「-0.07」で丸められており、研究者が“わざと”弱く見せたのではないかという疑義が後年に出たとされる[6]。
1962年、の一部私立校が追随した際、選抜の名目は「特別学習枠」だった。しかし入試広報資料にはなぜか「逸脱は才能の芽である」という文言が大きく印字され、これが翌年、雑誌記事で「逸脱耐性=キチガイ」と短絡的に翻訳されたことが、現在の呼称に繋がったという筋書きが語られている[7]。
拡散:試験運用の“儀式化”(1963年〜1973年)[編集]
1963年頃から、選抜手続きは技術から儀式へと変質したとされる。たとえばの私立校では、筆記試験の最後に「想像上の規則を3つ書け」という課題が導入されたが、点数化の基準が“採点者が納得したかどうか”に依存していたと記録されている[8]。この採点基準は、採点者ごとの「納得率」を入れ替え日で補正するはずだったものの、補正係数が毎年「1.00」で固定されたため、結果として制度が属人的になったという[9]。
さらに、1970年にはの教育委員会が「逸脱点委員会」を作り、DTSの運用を監査するとした。しかし実際の監査では、審査資料がホチキス留めの位置まで規定され、留めが「左上1箇所」に揃わないと審査不可とするルールがあったとされる。この“些末さ”が当時の学生の間で拡散し、「あれは入学というより書類の宗教儀礼だ」と評された[10]。
1973年、制度の悪用が顕在化した。入試事務がDTSの点数を“静かさ”と誤読し、声量が低い受験生が不利になるなど、設計者が想定しない方向へ波及したとされる。その反省会で、委員の一人が「制度名を変えれば誤解も変わる」と提案し、別名として「自由逸脱適性(FRA)」が使われたが、結局それも短命に終わり、あだ名だけが残ったとされる[11]。
制度の仕組み(とされたもの)[編集]
制度は「二段選抜」と説明されることがあった。第一段では筆記点を一定範囲に丸め(例:合格候補帯を“200点満点中120点〜130点”とするなど)、その外側の者を一旦“仮保留”に回すとされる[13]。第二段ではDTSを用い、面接の沈黙や言い淀みのタイミングを“逸脱の波形”として評価したという。
波形の計算方法は、やけに具体的に語られることが多い。たとえばは「沈黙開始までの平均秒数×言い淀みの回数×質問の反復回数」で求め、分母に「面接官の語尾の頻度(〜です/〜ます)」を入れるとされた時期があったとされる[14]。ただし実務では、語尾頻度のカウントを録音できない面接会場も多く、結果として紙の採点用紙に手作業で“概算”欄が設けられたという逸話が残っている。
また、合否判定の会議では「逸脱点の中央値」を重視するとされながら、中央値の計算が年ごとに変更された。ある年は「中央値=第5四分位」と説明されたのに、別の資料では「中央値=第3五分位」と矛盾する記述があるとされ、これが制度への不信感を強めたと指摘される[15]。なお、この種の矛盾は編集の差による可能性もあるが、制度名が“伝聞で増殖”したことを示す証拠として扱われることがある。
社会的影響[編集]
は、教育における「測定できない価値」を測ろうとする欲望の象徴として語られ、のちの政策議論にも影響したとされる。たとえば1970年代の学校評価の議論で「数値化しにくい要素」を扱う際、DTSと同種の比喩が引用されたという。引用された際の文脈は皮肉であることが多く、「才能を測れないなら、せめて測るふりをするな」という論法が広がったとされる[16]。
一方で、当時の制度運用が一部の受験生に“救い”をもたらした可能性も議論されている。筆記で点が届かない受験生が、面接で思わぬ発想を示し、その後の学習で急伸した例が回想録に現れるとされる。ただし、その成功例の多くは「本人の努力」が強調され、制度の寄与は控えめに書かれる傾向があると指摘される[17]。
さらに、社会の側ではこの語がメディアで消費されることで、当事者に対する偏見を強めたとも言われる。教育関係者の間では「逸脱」ではなく「支援」を前面に出すべきだという反省が共有され、のちの福祉的アプローチへ接続したという“善意の転換”が語られたが、同時に「結局はラベルだ」という批判も併存したとされる[18]。
批判と論争[編集]
最大の批判は、が“逸脱”を測るとしながら、実際には文化・話法・場の慣れの差を拾っていたのではないかという点に向けられたとされる。たとえば面接会場がの私学会館で固定され、同じ受験生グループが有利になる“慣れ効果”が起きたという証言がある[19]。
また、制度の運用記録が後年に整理される際、採点用紙の保管期間が「3年」なのに「7年残っていた」という食い違いが報告されている。記録をめぐる不整合は、制度の真偽以前に「何を証明したいのか」という目的の恣意性を疑わせたとされる[20]。
論争の最後に残ったのは、制度を巡る語りが「笑い」に寄りすぎた点である。ある編集者が、風刺としてのを前面に出しすぎた結果、制度批判が“ただの罵倒”に見えると指摘された。要するに、逸脱耐性という学術用語のはずが、社会では誤ったラベルとして流通し、教育現場に緊張を残したという問題である[21]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤慧『逸脱耐性の計量化:DTS試案の実務報告』文理教育出版, 1964.
- ^ 中村光雄「自由逸脱適性(FRA)の採点手順に関する考察」『教育統計研究』第12巻第3号, pp.12-29, 1971.
- ^ M. A. Thornton「Deviance Waveforms in Admission Interviews: A Quantified Anecdote」『Journal of Educational Measurement』Vol.18 No.2, pp.101-134, 1976.
- ^ 田辺礼司『入試面接は何を見ているか:沈黙の秒数と配点』筑波書房, 1978.
- ^ B. Heinrich「On Misreading Scales: The DTS Myth in Postwar Japan」『Comparative Studies in Education』Vol.9 No.1, pp.44-63, 1982.
- ^ 文部省試験研究会『学習適応研究室年報(湾岸地区調査・非公開資料)』文部省, 1961.
- ^ 高橋真琴『中央値の作り方:逸脱点委員会の議事録分析』学文社, 1974.
- ^ 岡村隆「書類儀礼と監査機能:ホチキス位置規定の教育史」『教育行政と社会』第5巻第1号, pp.77-95, 1990.
- ^ 『教育制度の比喩語辞典』第2版, 明日香出版社, 2003.
- ^ Kishimoto, Y. & Park, S.「Laughing at Selection: Satire and Risk in School Admissions Discourse」『Sociology of Education Review』Vol.27 No.4, pp.220-251, 2012.
外部リンク
- 逸脱点アーカイブセンター
- DTS面接採点テンプレ集
- 教育史資料館(湾岸地区)
- 図説:ホチキス監査の奇譚
- 比喩語の系譜研究所