キャルルシティ春日井
| 名称 | キャルルシティ春日井 |
|---|---|
| 通称 | キャルル |
| 所在地 | 愛知県春日井市・小牧市境界周辺 |
| 種別 | 商業・実験都市複合施設 |
| 開業 | 1997年(試験公開) |
| 運営 | 中部都市回遊研究機構 |
| 主要機能 | 買物、催事、気象観測、歩行訓練 |
| 設計理念 | 風景を消費することで都市を理解する |
| 延床面積 | 約184,000平方メートル |
| 公式記録 | 来訪者年平均約320万人(2011年時点) |
キャルルシティ春日井(キャルルシティかすがい)は、を中心に展開されたとされる、半屋外型の複合都市装置である。郊外の商業区画と観測施設を接続するための「都市内都市」として知られ、の試験公開以降、独特の回遊動線と風の抜け方で注目を集めた[1]。
概要[編集]
キャルルシティ春日井は、の外縁部において、商業施設・広場・観測塔・会議棟を一体化させた都市実験として構想された複合施設である。一般には大型ショッピングセンターの一種として扱われることが多いが、関係者はあくまで「都市そのものを縮尺1.08倍で再編集した装置」であると主張していた。
この施設の特異点は、売場面積よりも回遊率が重視された点にある。利用者は一周するごとにの地形模型と同じ角度で曲がるよう誘導され、結果として「買物をしていたはずが市街地を学習していた」とする体験談が多い。なお、2002年の再整備以後は系の監視設備が導入され、夜間には屋上の風向板が自動で回転するようになった[2]。
成立の経緯[編集]
起源は後半、内の郊外開発が飽和し始めた時期に遡るとされる。当時、建築家のと都市工学者のは、「駐車場が先に完成し、施設が後から意味を持つ」という郊外型開発の逆転現象に着目し、商業機能を持つ観測所を作る構想をまとめた。これが後に『キャルル案』と呼ばれた。
、の非公開会合でこの案が採択され、翌年には旧資材置き場跡地の地盤調査が始まった。地盤からは昭和末期の砕石、未使用の道路標識、そして用途不明の青い塩ビ管が多数出土したとされるが、詳細な記録は一部欠落している。これが逆に「土地が自ら複合都市化を望んだ証拠」と解釈され、計画は加速した[3]。
施設構成[編集]
キャルル・モール区画[編集]
中心部に位置するのがである。ここは通常の専門店街に見えるが、床面の模様がの河川網に対応しており、来訪者が無意識に水系をなぞるよう設計されていた。開業初年度には迷子件数が月平均47件に達し、館内放送で「現在あなたは庄内川の分岐に相当する地点におります」と案内されたという逸話が残る。
また、モール中央の吹き抜けには直径11.4メートルの人工雲装置が設置され、毎日12時17分にだけ霧状の冷気が出る。これは、夏季の購買意欲を保つためではなく、「都市の気分を湿らせる」目的で導入されたと説明されていた。
風の観測塔[編集]
敷地北側には高さ38メートルのが建てられた。外観は灯台に似るが、実際には風速、来訪者の滞留時間、アイス売場の回転率を同時に測定する三重用途の塔である。1998年夏には、塔上部の風見鶏が強風で方向を向いたまま3日間戻らず、「地域の磁場がねじれた」と新聞各紙が短く報じた。
塔内の最上階には、元技官のが常駐していたとされる。彼は風向の変化を買物客の靴底摩耗から推定する独自手法を用い、その精度は当時の館内予報で92.6%に達したとされる。
回遊庭園と水路[編集]
南側には人工池と石畳の庭園が広がり、ここは「都市の余白」を演出するための空間と説明された。だが実際には、閉館後に従業員が最短距離で帰宅できないよう、歩行速度を緩めるための装置として機能していたとの指摘がある。
水路は全長1.7キロメートルで、館内の排水、演出用噴水、そして夏祭りの金魚放流の三役を担った。2006年にはアメリカザリガニが大量繁殖し、施設側はこれを「地域における自走式清掃システム」として一時的に容認した。
運営と技術[編集]
運営母体はで、実務はとが分担していた。前者が理念を、後者が清掃と導線補正を担当する体制であったが、しばしば両者の会議は「どの角度から見れば都市と呼べるか」という哲学論争に終始した。
特筆すべきは、来訪者の動線解析にではなく、レシートの折れ方と駐車券の保管位置が用いられた点である。これは「人は買物よりも記憶で動く」という野瀬の仮説に基づくもので、当時としてはきわめて独創的であった。なお、2010年の大規模改修で自動案内板が導入されたが、案内板が最短経路ではなく「最も気分のよい遠回り」を表示し続けたため、苦情が年間214件寄せられた[4]。
社会的影響[編集]
キャルルシティ春日井は、周辺の休日消費行動を大きく変えたとされる。とりわけ開業から5年ほどは、近隣の住民が「買物に行く」のではなく「都市を一周しに行く」と表現することが流行し、地元の中学生の地理レポートにも多数引用された。
また、施設内で毎週行われた『風の公開講座』は、都市計画に関心を持つ若手研究者の交流の場となった。ここからやの一部研究室に人材が流れ込んだという説もあり、郊外商業施設が学術的ネットワークの起点になった珍しい例として語られている。さらに、フードコートで行われた即席演奏会「夕方の換気音楽会」は、後の地域イベントの原型になったともされる。
批判と論争[編集]
一方で、キャルルシティ春日井には「商業施設に見せかけた行政実験ではないか」との批判が根強かった。特に2008年の第2期拡張時には、広場のベンチ配置が市民団体から「座るためではなく、行列の心理的圧縮のためにある」と指摘され、説明会が3時間半に及んだ。
また、風観測塔の稼働データを巡っては、施設側が「気象記録」として提出した数値が、実はアイスクリーム販売量とほぼ一致していたことから、統計の信頼性を疑問視する声が上がった。ただし、反対派の多くも夏場には普通に利用しており、批判と実利が同居する点がこの施設の特徴であるともいえる[5]。
年表[編集]
1987年 - 1996年[編集]
構想期と整地期である。1987年に『郊外回遊都市基本覚書』が起草され、1991年には現地測量が実施された。1996年には試験区画として仮設ペンギン型案内板が設置され、これが住民の間で妙に好評だったため、本計画の継続が決定した。
1997年 - 2005年[編集]
開業と拡張の時期である。1997年春に一部区画が公開され、2001年には来訪者数が年間250万人を突破した。2005年には屋根材の一部に反射率の高い膜が採用され、午後になると施設全体が淡い桃色に見えるようになった。
2006年以降[編集]
成熟期である。2006年以降は地域催事と観測業務の両立が図られ、2014年には自動霧装置が更新された。2020年には感染症対策として回遊ルートが一方通行化されたが、結果的に「都市としての完成度が高まった」と評する声もあった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 野瀬雄一『郊外を歩かせる技術――キャルルシティ計画書』中部都市計画出版, 1998, pp. 41-78.
- ^ 牧村玲子「回遊率と都市認知の相関」『都市環境研究』Vol. 12, No. 3, 2002, pp. 115-139.
- ^ 久我山慎一『風を買う——観測塔と消費空間の接点』春日井地域学会, 2007.
- ^ Shirley T. Emmons, “Retail Cities and the Weather Problem,” Journal of Urban Mechanisms, Vol. 8, No. 2, 2004, pp. 201-229.
- ^ 中部都市回遊研究機構 編『キャルルシティ春日井 年次報告書1997-2015』, 2016.
- ^ 加納真一「風景消費論の地方実装について」『日本商業建築誌』第23巻第4号, 2011, pp. 88-102.
- ^ Henry L. Baird, The Civic Mall and Its Misplaced Clouds, Westbridge Academic Press, 2010, pp. 17-64.
- ^ 春日井施設管理株式会社『設備点検記録簿 第7版』, 2009.
- ^ 田中啓介『都市の余白はなぜ歩かされるのか』青葉書房, 2014.
- ^ Margaret A. Thornton, “A Note on Synthetic Breeze Regulation,” Proceedings of the Eastern Planning Association, Vol. 19, No. 1, 2012, pp. 9-26.
外部リンク
- 中部都市回遊研究機構 公式アーカイブ
- 春日井風観測塔 保存会
- キャルルシティ年次報告ライブラリ
- 郊外都市実験資料室
- 愛知県近代複合施設研究センター