クロックフリーク2001
| 作品名 | クロックフリーク2001 |
|---|---|
| 原題 | Clock Freak 2001 |
| 画像 | ClockFreak2001_poster.jpg |
| 画像サイズ | 240px |
| 監督 | 鴇田ムラサキ |
| 脚本 | 小松原カズミ |
| 制作会社 | スタジオ・キネティクス東京 |
| 配給 | 北辰映像配給 |
| 公開 | 2001年 |
| 興行収入 | 42億3,700万円 |
『クロックフリーク2001』(くろっくふりーくにせんいち)は、[[2001年]]に公開された[[日本映画|日本]]の[[SF映画|SF]][[サスペンス映画]]。監督は[[鴇田ムラサキ]]、主演は[[篠嶺ユウ]]。デジタル撮影とフィルム風彩色を併用し、134分の上映時間である[1]。
概要[編集]
『クロックフリーク2001』は、二十一世紀直前の日本を舞台に、街の時刻が「微妙にズレる」現象を追うSFサスペンス映画として制作された作品である。タイトルに含まれる「クロックフリーク」は、時計職人の集会で使われる隠語として設定され、観客の時刻感覚を揺さぶる演出に直結しているとされる。
企画は、当時のデジタル家電ブームに対する反動として立ち上がったが、最終的には都市インフラと個人の生活リズムが噛み合わなくなる恐怖を描く方向へと拡張された。完成後、スタジオ側は「2001年7月14日、午後2時17分に試写室の時計が一斉に止まった」との逸話を広報に転用し、これが不思議な都市伝説として定着したという指摘もある[2]。
なお、映画史研究の分野では、本作が「時計装置の誤差」を物語装置として扱う点で評価され、単なるミステリーにとどまらない叙事的な語り口を持つ作品として位置づけられている。ただし、一部では「ズレ」の説明が作中の用語に依存しすぎているとも批判されている。
あらすじ[編集]
主人公の篠嶺ユウは、の小さな修理店で「カチカチ音の残響」を聴き分ける技術を持つ青年である。彼のもとに、同じ型番の目覚まし時計が三百二十一台分、毎晩まったく同じ秒数だけ遅れるという奇妙な依頼が届く。ユウは、店の壁に貼られた鉄道時刻表と、腕時計の秒針のズレを重ね、世界のどこかで「基準」が書き換えられているのではないかと推定する[3]。
調査を進めるうち、ユウはの時計塔が改修された年(作中では1998年とされる)に、原因となる「同期遮断処理」が導入されたと知る。だが、処理を実施したのは企業名を伏せた官製プロジェクトであり、ユウはの資料室から「クロックフリーク2001計画」の断片だけを掴むことになる。そこには“誤差は病ではない、差分は意志である”といった文言が残されていたとされる[4]。
やがて、ユウは時計のズレが個々の家庭の生活動線にまで浸食し、人々の行動予測が外れていくことを目の当たりにする。クライマックスでは、ではなく、架空の観測塔「暁光塔(ぎょうこうとう)」の保守室で、時刻配信サーバーに“誤差を楽しむためのフィルタ”が組み込まれていたことが判明する。最後にユウが秒針を止めると、世界は一瞬だけ「正しいはずの時刻」に戻り、しかしその瞬間の静けさが新たな恐怖として描かれ、物語は余韻を残して終わる。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
篠嶺ユウ(しのみね ゆう)は主人公であり、時計の「癖」を聴覚的に分類する職能を持つ青年として描かれている。作中では、ユウが遅延を見抜くのに要する平均時間が「6秒±0.2秒」と細かく記述され、のちの研究で“映画的リアリティ”の根拠として引用された[5]。
鴇田ムラサキ(ときた むらさき)は、ユウが偶然拾う音声テープの語り手として登場する。彼女は実在の人物を思わせる名だが、映画内では「時刻に関する民間助言員」とされ、テープの末尾にだけ暗号化された住所が残る設定である。なお、制作側のインタビューでは「彼女は監督の変名」という噂が出たが、公式資料では否定されている。
加納サチ(かのう さち)は、ユウの調査を支える記録係である。彼女は風の取材風装いで現場へ入り、家庭の家電ログを“平常範囲”として読み替える手腕を持つ。物語の後半でサチが「正しい時刻」を恐れていることが示され、単なるサポーターを越えた陰影を与えるとされる。
その他[編集]
大門宗一郎(だいもん そういちろう)は、暁光塔の保守員として登場し、遅延の原因を“遊び心”と呼ぶ人物である。彼の台詞にはやけに具体的な配線番号(例:「J3-44の銅線」)が含まれており、当時の技術者層に一部好評だったという。
工藤タマエ(くどう たまえ)は、時計修理店の常連で、毎朝同じカップのコーヒーを淹れることでズレを検知する。作中では彼女が「第七回 家庭内同期確認会」に出席していたとされ、奇妙な社会制度として描写される[6]。
また、闇の組織「同期契約同盟」は直接は姿を見せない。代わりに、映画館の案内音声や電子掲示板のテロップが、わずかに同じタイミングで改変される演出で示される。
声の出演またはキャスト[編集]
篠嶺ユウ役には[[篠嶺ユウ]]が起用されたとされる。鴇田ムラサキ役は[[若瀬サラ]]が演じたとされ、加納サチ役は[[高槻マユリ]]、大門宗一郎役は[[堀井カズノブ]]が担当したと記録されている[7]。
その他の役として、工藤タマエ役に[[岸田ヨリコ]]、暁光塔の司令受付に[[梶原テン]]、クロックフリーク2001計画の元担当技師として[[安孫子レオ]]が出演したとされる。音響設計では、登場人物の会話が同じサンプリングで収録されているように聞こえる点がこだわりとして語られており、視聴者の違和感を増幅する狙いがあったとされる。
スタッフ[編集]
監督の[[鴇田ムラサキ]]は、映像の“時差”を演出として扱うことに強い関心を示した人物として知られている。脚本は[[小松原カズミ]]が担当し、時計用語を説明しすぎない方針でまとめたとされるが、一部では「説明不足がミステリーを支えた」という好意的な見方もあった[8]。
撮影は[[谷口レン]]が担当し、デジタル撮影とフィルム風彩色を組み合わせる「二層遅延ルック」が採用された。編集は[[市川シオン]]が担い、カット割りの平均間隔が「0.83秒」と資料に記されている。音楽は[[遠藤リョウジ]]が作曲し、主題歌は[[THE CLOCK BREAKERS]]による「午前三時の基準(あさまえさんじのきじゅん)」が起用された。
製作はスタジオ・キネティクス東京、製作委員会には、、などが参加したとされる。
製作[編集]
企画・制作過程[編集]
企画は2000年の秋、で行われた「家庭内自動同期」展示の副企画として持ち込まれた。制作陣は“家電が勝手に時刻を直す”ことへの違和感を起点にし、やがて「直される側が気づかない恐怖」を描く方向へと進んだとされる。
制作スタッフは撮影前に、時刻ズレを再現するための装置を試作した。具体的には「基準音 440Hz」を5分間鳴らし、録音データのタイムスタンプを三回ずつ微調整することで“自然な狂い”を生成するという方法が取られた。さらに、誤差の分布が正規分布に近づくよう、スタッフが交代で「観測者のまばたき回数」を数えたという記述があり、後年その真偽が問われた(要出典[9])。
美術・CG・彩色・着想の源[編集]
美術は内の小規模倉庫で実施され、壁面の時計類は実在の工業規格を参考にして作り分けられたとされる。暁光塔の内装は、建築雑誌『月刊アーチライト』を模した“安全標識の体系”を再現したとされ、色はR系で統一された(ただし出典は明示されていない)。
CGは最小限に抑えられ、代わりに実写に近い「紙の反射」表現が導入された。遠藤リョウジの音楽は、機械音のリズムを人間の呼吸に寄せることを目標に作られたとされ、特にエンディングで鳴る低周波が観客の体感に影響するかどうか検討されたという[10]。
着想の源として、スタッフは「時計塔の沈黙」という短編都市詩を挙げたとされる。もっとも、その詩の所在は確認されておらず、制作中に参照されたのは“似たタイトルの別物”だったのではないかという憶測も存在する。
興行[編集]
宣伝では、公開前の街頭に「午前2時17分の案内ボイス」を流すテスト放送が実施された。これはの一部でのみ行われ、気づいた視聴者が掲示板に「今日だけ耳がずれる」と書き込んだことで話題となったという。映画のキャッチコピーは「正しい時刻は、誰が決める。」であり、ポスターでは時計の針が12時の手前で止まっているように描かれている[11]。
封切りは全国一斉ではなく、まずのシネマコンプレックスで先行上映が行われた。初日動員は「7,842人」、そのうち25%が“リバイバル要望”をアンケートに記入したとされる。のちに本作は毎年の時報イベントと連動して再上映され、特に2003年の“誤差の記念週”では動員が上積みされたと報じられた。
テレビ放送は2002年の年末に実施され、視聴率は“0.0%ではない”という注釈付きで報告されたとされる(この数字の根拠は脚注であるとされる)。ホームメディアでは、DVD再生時に色調が変わる問題が話題になったが、公式は「時刻同期の演算差によるもの」と説明したという[12]。
反響[編集]
批評では、映像の“遅延の質感”が高く評価された一方で、時計用語の比喩が難解すぎるとの指摘もあった。受賞面では、架空の授賞団体ではなく実在のように振る舞う「日本時間映画祭(にほんじかんえいがさい)」での最優秀技術賞を受賞したとされる。さらに、作品の音楽が評価され、遠藤リョウジは作曲部門でノミネートされたと報告されている[13]。
売上記録については、興行収入が42億3,700万円、配給収入が27億1,900万円とされ、配給側資料では“劇場の時計が一度も止まらなかった”ことが配分判断に影響したとされる。とはいえ、当時の劇場設備の仕様書と映画館ごとの計測結果が一致しない点があり、後年に検証が必要だとする声も出た[14]。
一方で、ファンの間では「クロックフリーク2001計画」という用語が現実の行政文書に見えるように拡散し、時刻に関する都市伝説が増殖したとされる。結果として、映画公開後に時計修理店の問い合わせ件数が増えたという調査報告が参照されることもある。
テレビ放送[編集]
テレビ放送では、地上波向けに“ズレを見せるための字幕速度”を変更した特別版が編成された。具体的には、字幕の表示開始をフレーム単位で一定量遅らせ、観客が時刻の違和感を言語で補強されないよう配慮したとされる[15]。
また、関東地区では系列の番組内で舞台裏が紹介され、暁光塔のセットがどのように組まれたかが特集された。制作側は「映画は答えを出さない代わりに、誤差の存在を認めさせる」とコメントしたとされるが、放送後に誤差への恐怖が増したという苦情が一部で出た。
関連商品[編集]
関連商品としては、サウンドトラックCD『午前三時の基準(完全同期盤)』、書籍『クロックフリーク2001 解題――見えない秒針を読む』が発売された。書籍は宮崎監督による解題とされる体裁になっているが、実名の検証は行われていない[16]。
さらに、時計型キーホルダー「Freak Key-00」が販売され、裏面には“ズレの楽しみ方”と題した説明文が刻印された。映像ソフト化ではDVDが発売され、再生環境により黒の階調が変化する「DVD色調問題」が発生した。公式は回収ではなく注意喚起で対応したとされるが、ユーザー掲示板では“直さずに味として楽しめ”という書き込みも多かった。
また、劇中の架空計画の資料を模した「同期契約同盟の仮面手帳」などのグッズも存在したとされ、2001年当時の文具店で限定配布されたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 鴇田ムラサキ「『クロックフリーク2001』における時差演出の設計思想」『映像時間学会誌』第12巻第3号、2001年、pp. 41-58。
- ^ 小松原カズミ「時計比喩が観客の予測を裏切るメカニズム」『メディア・サスペンス研究』Vol.7 No.2、2002年、pp. 19-27。
- ^ 遠藤リョウジ「低周波による“静けさの同期”」『音響工房論集』第5巻第1号、2001年、pp. 77-93。
- ^ 『北辰映像配給年報(2001-2003)』北辰映像配給、2004年。
- ^ 谷口レン「二層遅延ルック:デジタル撮影とフィルム風彩色の統合」『撮影技術紀要』Vol.21、2001年、pp. 112-131。
- ^ 市川シオン「カット割り平均間隔0.83秒の意図」『編集アーカイブ』第9巻第4号、2002年、pp. 5-12。
- ^ 篠嶺ユウ「時計修理現場における聴覚分類の再現性」『精密生活工学』第3巻第2号、2000年、pp. 201-216。
- ^ “試写室の時計が一斉に止まった”取材メモ(当時記録)『都市放送研究所通信』No.48、2001年、pp. 1-6。
- ^ 若瀬サラ「暗号住所の演技:読めないほど近い現実」『演技と言語』第1巻第1号、2003年、pp. 33-45。
- ^ 宮崎監督による解題『クロックフリーク2001 解題――見えない秒針を読む』角川クロノス、2001年。
外部リンク
- ClockFreak2001公式アーカイブ
- 北辰映像配給 クロックフリーク特設ページ
- 都市放送研究所 メディア検証室
- 家電同期技研 技術資料倉庫
- 日本時間映画祭 歴代受賞記録